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第9話 って、言ってほしいんだよな?

第8話はこちら!


 ちら、と背後を一瞥する。よかった、今度は来てくれないと困るのだ。
 律儀に着いてくる後輩を視界にとらえ、息切れの合間に安堵を滑り込ませた。文化部の体力を舐めないでほしい。ちょっと早歩きしただけで息切れなんて日常茶飯事だ。

「響斗、『IMO』って何だと思う?」

 先ほどの問いを繰り返すと、彼は「えぇ?」とやや面倒くさそうに語尾を上げた。表情こそ見えないが、あのシュッとした眉毛がクイっと角度をつける様子は簡単に想像できる。

「先輩が言ってるのは、『アイエムオー』のほうですよね」
「そうだ」
「国際何とかか、数学オリンピックか……カグメの飲料水?」
「そう、普通は『イモ』以外にピンとこない。あれが本当に『アイエムオー』なら」

 廊下には、上履きが床を磨く音が二人分響いている。
 今までの荒々しい歩調に反して、僕は慎重に階段を降りた。断じて体力が尽きたからではない。断じて。

「うちの……イトコーの文化部はいくつある?」
「え? 美術部だけですよ。先輩も知ってるでしょ」
「部活は英語でなんて言う?」
「こ、今度は英語の授業ですか? それともなぞなぞ?」
「いいから答えてくれ」

 階段を降り切って、再び廊下を進む。脚を動かすスピードが戻ることはなかったが、心音は激しさを増す一方だ。ひどくゆっくり歩く僕の少し後ろから、響斗の声が追いかけてくる。

「『club』ですよね。なぞなぞじゃないなら。『シーエルユービー』」
「じゃあ、同好会は?」
「同好会? ええ……何だろ、『fan club』?」
「なんでそこは変にひねるんだ。同好会も『club』だよ」
「ボクのクラス、英語の授業ないんですよね」
「小学生の頃からか? 教育を受ける権利をもっとちゃんと主張してくれよ」
「そんなことはいいんですって! で、同好会が何なんですか?」

 明かりの落ちた廊下、一つの教室の前で立ち止まる。すべての窓、ドアのガラスにも目隠しの黒い画用紙が貼られているが、案の定、その隙間からは細い光が漏れていた。

「部活と掛け持ちできるから、イベントでは部活を優先する人ばっかりで同好会の影は薄い。だから、文化祭でも美術部くらいしか話題に上がらない。でも、同好会は文化的な活動をするところばっかりだ。例えばここ、マジック同好会……『Itoko Magic Club』とか」
「イトコー、マジック……『IMC』?」
「そう。あれは『O』じゃなくて『C』だったんだ。手書きだから読み間違えたんだよ」
「おお、なるほど。ビビッときてますね、先輩!」

 興奮気味にドアと僕を見比べる響斗だったが、すぐに「え、だとしたら」と首を傾げた。「すべてが『IMO』……もとい、『IMC』になるって、どういうことですか?」

「お前が言ったんじゃないか」
「え?」
「メッセージだよ。美術部への。すべて、いや、『美術部全員をマジック同好会のメンバーにしてやる』って」
「え、ええ? それ、宣戦布告? マジで美術部存続の危機じゃないですか!?」
「部長はマジック同好会に誘拐された。慌てていたからスマホも鞄も忘れていったんだ」
「じゃあ、あのメッセージも?」

 僕は自分のスマホを取り出して、LINEを開いた。適当なトーク画面を表示し、右下のマイクマークを指差して、響斗に見せる。

「たぶん、音声メッセージを送ろうとしたんじゃないかな。LINEの右下は、音声メッセージを送るボタンが付いてる。これを押しそこなって、意味のない句読点や多量の改行が入ってたんだよ。キーボードモードになったら、右下の部分は『、』とか『。』とかの記号や改行だから」

 暗がりで隣に並んだ彼は、わざとらしく顎に手を当て、ふんふんとしきりに頷いている。「先輩とボク、結構いいコンビじゃないですか? ついに真相にたどり着いたってわけですね!」と嬉しそうに振り返った後輩に言いたいことは山ほどあった。が、努めて穏やかに笑いながら、二人ぼっちの廊下を音で揺らす。

「──って、言ってほしいんだよな? 響斗」

続く

担当:前条透

次回更新は11月15日(月)予定です。
お楽しみに!

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