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最終話 すべてがIMOになる(前編)

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「来ましたね、先生」

  気怠げに立っている遠島先生の口角は上がっているものの、眼は静かに光なくこちらを捉えていた。
 僕らは息を殺しながら、扉を開けて入ってくる先生の前に立ちはだかる。

「遠島先生。なんでこの部屋に来たんですか?」
「なんでって、お前らいつも散々茶化してるじゃねぇかよ。戸締り先生って」

 そんなことを聞いてるんじゃないと、僕ら三人は同じことを思っていただろう。誰も笑ったりはしなかった。教室がやけに冷たく感じる。
 僕は響斗と部長の顔を順繰りに見た。響斗はニ瀬先輩のことで取り乱しているし、部長は首に輪を掛けられた疲労からか顔色が悪い。この場でおそらく1番冷静なのは僕だろう。

「まだ白を切るつもりですか」

 意を決して詰め寄る。
 同時に、荒い息づかいが隣から聞こえた。自分を奮い立たせているようにも思えたし、嫌な夢でも見ているようにも思えた。響斗は鼻を啜りながら、歯に力を入れる。その声はあまりにも沈んでいた。

「……遠島先生、あんたがニ瀬先輩を殺したのか?」
「あぁ、そうだ。俺がニ瀬妹子を殺した」

 乾風で落ち葉が吹き飛ぶようにあっさりと、遠島は答えた。
 横目で響斗の様子を伺う。彼は床を見つめたまま、重力のままに涙を落としていた。彼の作る握りこぶしが震えている。聞いたことそのものを後悔しているみたいだった。
 先生は犯行を認めた。ただ、それを素直に受け止めることができずにいた僕は、頭を巡らせていた。先生とニ瀬先輩がどのような関係だったのか、一年も同じ部にいてまったく気づけなかったのだ。だからこそ粗悪な思い付きばかりが浮かんでは消える。男女の関係にあったとか、いじめやハラスメントが起きていたとか。どちらにせよ、現実の彼ら二人のイメージとは大きくかけ離れていた。
「大丈夫?」と、部長が響斗の背中を撫でる。しばらくして、部長も同じことを考えていたのか、気まずそうに、「あの……」と絞り出す。

「わたし、先生がニ瀬先輩は殺したとはどうしても思えない」
「どういうことですか」と響斗が顔を上げる。
「なんでそう思ったのかはわからないの……。先生は確かに変わった人だけど、わたし、先生がわるいことをするようにはとても思えないの。うまく言葉にできないんだけど、先生がちゃんと先生でいるところを今まで見てたじゃない。あれは全部、嘘だったって言うの?」

 首を吊られた本人が言うものだから、僕たちは何も言い返すことができなかった。
 起きた事実だけをすくってみれば、自殺に見立てた他殺の説が濃厚だ。この教室に戻ってきたのも、死んでいるかどうかの確認をするため。
 しかし、部長が言うように、何かが引っかかった。別の可能性を探せと、本能が訴え続けている。まるで何者が、ドアをノックし続けているみたいに。ただ、何の確証もない話だった。そんな主観的な予感に委ねていいものなのか。何か手掛かりはないか。僕は辺りを見渡した。
 僕にとっての最悪は、よくわからないまま遠島先生が犯人だと認められ、流されるように解決していくことだ。この際、どちらでもいい。遠島先生を犯人だと確立させる証拠でも、犯人じゃないと覆す証拠でも。
 過去、マジック同好会として使われた一室。事故現場でもあるこの部屋は、不謹慎な上級生が肝試しに使う以外は誰も立ち入らない。ニ瀬先輩が使っていた手品道具がいくつか残されている。トランプやステッキといった小物から、謎の黒い大きな箱まで。
 今も静かに、白々しく、天井からロープが吊り下がっている。部長の首に掛かっていたものだ。これも元々はマジック道具の一つだった。
 無言の時間に痺れを切らし、響斗が一歩前へ出る。苛立ちを抑えていたのか、首の後ろが赤く腫れ上がっているのが見えた。

「もういいっすよ、こいつが犯人なんだろ。警察呼びましょうよ。部長も神城先輩も、何で黙ってるんですか!」
「……響斗、悪いが俺も何かが変だと思うんだ。自殺に見せかける必要があったなら、先生の態度はおかしい。変なこと言うかもしれないが、まるで自ら罪を被りたがっているみたいだ」
「人を殺したんだから当然じゃないっすか?」

 響斗が振り返る。潤んだ眼は一刻も早くけりをつけたいと訴えていた。
 僕はロープの下に置かれた丸椅子に足を掛けた。目線が高くなる。輪っかは緊張感を持ったまま、その場に在り続けている。何してんすか、と響斗が尋ねる。僕はロープを軽く引っ張り、感触を確かめた。

「――先生。このロープ、この部屋にあったものをそのまま・・・・使いましたか?」
「あぁ、そうだが、それがどうした」
「なら、安心しました」

 僕は釣り下がったロープに頭を通した。喉仏に繊維のざらりとした感触が当たり、血の気が引いていくのを感じる。もし僕の予想が違ったとしても、これだけの人に見られている。何とかなるはず――。
 僕はロープを力一杯握り締める。息を整え、血の巡りが一瞬、安らかになったその時、足元の丸椅子を勢いよく蹴った。

「いやぁ!」

 部長の声が耳を突く。青褪めた顔で駆け寄る響斗と、その背後に目を丸くして佇む先生の姿が見えた。僕は先生に向かって、悪い笑みを浮かべる。 
 喉とロープの間に強い摩擦が来る。一瞬にして首が締め上げられ、――気付いた時には床に膝が着いていた。
 体重が乗れば解ける手品用のロープ。ニ瀬先輩が新入生歓迎会で見せるはずだった手品だ。まったく、こんなの思いつくなんて馬鹿げてる。
 腫れた喉を押さえながら、僕は先生を睨みつけた。

「先生、このロープに仕掛けがあったこと分かってましたよね」

 先生は何も答えない。僕は咳き込みながらもまくしたてる。 

「だから今、止めようとしなかった。そして、先生がこの部屋に戻ってきたのは、部長の安否を確認するためですよね。本当に死んでいたら、困るから。違いますか?」

 先生が肩を落とす。細く息を吐くと、張り付いていた緊張が剥がれ落ちた。その顔は、生徒に茶化されてばかりいる、いつもの遠島先生だった。

「あの日、何があったか教えてください。仮にもあんた、教師だろ」



つづく

担当:飛由ユウヒ

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