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未来の健康診断と、おじさんに呼び出されることについて

シルバーウィークですね~。
うれしいですね~。
名前は何でもいいから、とにかく休みがいつでもたくさんほしいですね~。

「休み」についてひと悶着あったので、記録しておきたいと思います。

簡単に言うと、「会社に行くように言われた健康診断は休みの日に行くべきなのか」問題なのですが、
早くも、書いていてもう嫌になってきた。

生意気って言われるかもしれないけど、
まだここ? とか、 まだそれ? とか、思ってしまう。
それはもう私のテーマじゃない……とか、
その問題と格闘する段階(時代)はもう過ぎ去った、と思っているのだと思う。
てか、自分の「お金」と「休み」を使って「健康診断」に行って来て、とか言うのって超古くて、人に言えないぐらいブラックで、恥ずかしいほどマッチョで、え? 昭和? 戦時中? って感じ! めっちゃ頭固っ!!!

……生意気だな!

と、オードリーの春日ならすかさずツッコむところです。
若林の「生意気って言われるかもしれないけど」から始まって、春日の「……生意気だな!」まででワンセットです~オードリーのお家芸。


ラジオを聴きすぎて、私は少し馬鹿になっているのです。
昔の分もあさって、毎晩、落語みたいに垂れ流している。

ともかく、もう飽きたのよ!
こんなことには。こんなところで停滞しているのは。揉めてるのも。すぐ怒られるのも!
(新しい所でも怒られてる。)

端的に情報だけ記しておくと、


・教頭に「健康診断に行ってきてください」と言われる。
・「通常は学校で無料でおこなっているが、今年はもう終わってしまったので、申し訳ないが(途中入社のあなたは)費用は自己負担でお願い」と言われ、用紙を渡される。
・私は腑に落ちない気持ち。
・「この日(勤務日)に休んで健康診断に行ってきます」と言ったら、「そんな前例はない」、「勤務時間に行くのは困る」、「そんなの聞いたことがない」、「認めるわけにはいかない」、「休みの日に行ってほしい」、「健康診断なんてどこの病院でもできるはず」と、おじさん2人に詰められる。

ということがあったのでした。
結局、私がいつまでも「この日(勤務日)に休んで健康診断に行く」という主張を譲らないでいたら、慌てたおじさんたちが「もしかしてもう予約したの?」「その病院じゃないとダメってこと?」「他の日じゃダメなの?」と、矢継ぎ早にYES‐NOクエスチョンを投げてきたので、私は「YES」を言い続けたら、そういうストーリーになり、無理矢理休みをゲットしたという顛末。

結果はともかくとして、私はずっと悲しかった。

別に、してやったり! とか、勝った! とかは全然思わなくて、つらいな~つらいな~とずっと思っていた。
まだ全然「未来」じゃないことや、ものすごく遅くて古いことに失望したのかもしれない。
悲しい、と思った。

「健康診断」は雇用者の側の「義務」ということも私はうっすら知っていたし、費用は一般的に雇用者が負担するものだということもなんとなくわかっていた。
後から厚生労働省のHPで調べたらそのように書いてあったことも、しかし法的規定はないということも、あまり私の悲しみに影響を与えなかった。

一ヶ月前にやって来たときは、教頭に「急に担当者が辞めて、本当に困っているんです!」と乞われたのだった。

私としても、「働きたかったし、それなら」という気分で、お互いにWin-Winで、悪くない関係だと思っていた。というか、当時から続いていた「助かります!来てくれて本当にありがとう!」という様子と違いすぎて混乱した。急に「規定」の顔になるやん。いままで「人間」だったのに、いったいどうしちゃったの~?

それに、学校【雇用者】も私【労働者】もそういう、互いの事情を汲み合いながら協力して在るということがいいのだと私は思っているみたいだった。
働き手を探している側(学校)と、働きたい人(私)は、点と点じゃなくて、譲ったり譲ってもらったりしながら、もしかしたら時にははみ出したりすることもあるかもしれないけど、お互いにとっての幸せを願いながら共に働くということなのではないの?
それって未来すぎるのカナ?
そんなに難しい事じゃないはずだよ~。

相場では5000円~8000円もする健康診断代を、たった一言の「申し訳ありませんが」だけで済まされて、【お金は自己負担してね】【休みは自分のを使ってね】【所定の紙に記入してもらってね】【ちゃんと提出してね】【なるべく早めにね】【契約は今年度いっぱいですけどね】…と暗に言われても、こちらは「それなら行きましょう!」とはならないのよ。奴隷じゃないんで。それが未来(いや、普通!)。
人(私)の「休み」を使って行けって、恥ずかしげもなくよー言うなあ! ないないない! あるわけない。

私を大きな声で呼び出して、職員室のまん中で詰め寄ってきたおじさんたちは、2人とも「正社員」だ(一人は管理職)。
自分の意志で行く「人間ドック」以外、自腹で「健康診断」に行くなんて想像したこともないのだろう。
あるいは、このことを、「入社」にともない提出する「健康診断」だ、ととらえているのかもしれない。
いやいや、百歩譲ってそれ、「正社員」のやつだから。
おじさんには、「パートタイム」の世界なんてわからないのだろうな。
私に詰め寄っている間中、二人とも、「5000円~8000円の自己負担」のことは一切その頭には無いみたいだった。
私には、自分の「休み」と「5000円~8000円」を捧げてまで「健康診断」に行く意志はない。
100万歩譲って、「5000円~8000円の自己負担」を許容してあげたとしても、譲れるのはそこまでだった。
いや、譲れないよほんとは。でも、「法律」で規定されていない以上、「仕方がないのかもしれない」と思ってみただけだ。譲らなくてもいいのかもしれない。わからない。

少なくとも、自腹で健康診断に行く以上、「私が好きな時に行く」ということでないと変だ。
「どうぞ、休んで行ってきてください。費用を払わなくて申し訳ないです……」というのが、私が学校に対してぎりぎり認められるラインだ。

おじさん達は、私が急に自分たちの管理下からはみ出した言動をし始めたのにとまどい、怒っているという感じだった。「労働者」なんだから決められた規律の中に居てもらわなければ困る、と思っているようだった。
口々に何回も浴びせられた「健康診断で休むなんて聞いたことがない」という言葉には、そういう本音が透けて見えた。

私には、怒りというよりも悲しさが生まれていた。
まだ、そしてまたこんな揉め方をしている……と自分に対して思ったのかもしれない。
「教頭に怒られがち」とか、「呼び出されがち」と、自分のことを自虐して、笑いに変えてみようとした。
でも、そういうのにももう飽きたのだった。
「若めの女」に「反抗」された場合の「おじさん」の顔ってみんな同じだなーということを、2年前と重ねて思ったりした。顔が違っても、マスクをしていてもまるで同じだった。
でも、そうだとしたら、その前で「歯向かって」立っている私も、同じ顔をしているのかもしれない。
……いやいやいや!!
やめてくれよ。そんなんじゃないよ。もういいのよそれは。だいたい飽きているのよ。

それで、私は悲しいのだなと思った。そう思うことにしたのかもしれない。
まだ点と点で争っていることに。
どっちが正しいとか、論理がとか、まだそんな時代であることとか。
そうして、「論理」の面で攻めれば、やっぱり相手は「学校」なのであり、学校っていつまでも古くて全然変わっていないのだった。

私にはすでに、自分がこの先何度でもこの「古さ」に直面し、悲しむのだろうということがわかった。
私が今泣いているのは自分のためじゃなくて人類のためだ。これは人類のための涙なのだ。

私がこういう揉め方をして無理やり休んだから、次に来る人は、教頭の、「健康診断に行って来てください。申し訳ないが自己負担で」に、「それからもちろん休みの日にお願い」が追加されるかもしれないということまで考えて、未来の人に対して申し訳ないと思った。
……私ってやさしすぎない?

この話を友達にしたら、「働くって、雇用者も労働者も『決まり』にのっとるだけじゃなくて、『余白』みたいなものがあるべきだよなーって思う」と言われてメカラウロコだな~と思った。
そうだそれそれ~「余白」だ。
相手の背景を知りながら、譲り合ったり、時によっては範囲を拡大したり、目をつぶったり、はみ出したりしながらやっていくこと。
「規定」じゃなくて「相手」を見ること。
私はそういうことがしたいんだな。
そういうふうに働きたいのだ。

話を聴いたり、想像したり、協力したりするようなこと。
それがきっと未来なのだと思う。

そういうことを考えていたら、「敵」のように見えていたおじさん達も、別に意地悪で「自腹でお願い」って言ってきたわけではないのだろうし、そのことに触れずに「健康診断は休みに行って来て」と言ったわけではないのだろうとわかった。おじさん達はただ気が付かないだけだ。知らないだけ。鈍いだけ。見えていないだけ。わざとじゃないし、悪気があるわけではないのだ。
……悪気がなけりゃいいってわけじゃねえぞ!!!!!

というわけで、もぎ取った「休み」を合わせて9連休をすっかり楽しもうと、さくっと帰省してきましたよー💛

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