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表と裏 外向型HSP気質の自分(前編)

自分の中で「そうしよう」と思ったのはいつだろう。
今ではハッキリと思い出せないぐらい幼い日のこと。

目立って注目を浴びるのが恥ずかしかった。
初対面でも上手く話せる人が羨ましかった。
面白いことが言えずに場の雰囲気を壊すのが怖かった。
そんな自分の「内向的な」性格が嫌だった。

「この性格を変えよう」
そう思った。

初めは勇気を振り絞った。
誰もなりたがらない小学校の学級委員に立候補してみた。
教室の前に出てクラスメイトの顔を見ながら話すのは緊張した。

でもその一方で、クラスのリーダー的な扱いを受けることに優越感を感じたのも確かだった。
クラスメイトや先生から一目置かれる。
いま考えると甘い誘惑だったのかも知れない。
「勉強が出来てスポーツもそこそこ、真面目でクラスを引っ張るリーダー」
そんなイメージが定着した。

ただ同時に疎外感もあった。
「リーダーは公平で中立、時には損な役回りもする」
クラスメイトとの間に見えない薄い膜が出来たような気もした。

そんな疎外感から目を逸らしたくて、一層外向的に振る舞った。
通学班の班長も生徒会長も立候補した。
周囲から注目を集める事で疎外感を意識しないようにしていた。

勉強も真面目に取り組んだ。
積極的に授業で発言をした。
宿題や自由研究にも力を入れた。
いわゆる「良い子」になる事が外向的でいる手段だった。

中学校受験をした。
理由は特になかった。
しいて言うなら「それが良い子の選択肢」だと思ったから。
成績が良くて、学習塾に通っていて、周りの子が受験する。
だから自分もする。
周りがそれを期待していると思ったから。
それを投げ出す内向的な自分にはなりたくなかった。

受験の末に進学した中学。
それまでの実績も肩書きも無い所からのスタートだった。
自分より勉強の出来る人、スポーツの出来る人、リーダーシップのある人、
そんな人がいっぱい居た。
自分は「普通」になった。

注目されない、話題に入れない、一目置かれない。
焦った。
また内向的な自分に戻ってしまうのが怖かった。

それでますます外向的に振る舞った。
クラスのどのグループにも属さず、クラスを超えて交流し、どこにでも顔が利く。
そんな存在になった。

そのままエスカレーター式に高校へ進学した。
自分のスタイルは変えなかった。いや、変わらなかった。
勉強も運動も目立つ存在では無かった。
クラスの中でグループに属さない事は、クラスの中で居場所が無いと言う結果に傾いていた。

ただ高校から始めた写真部の活動は真面目にやった。
幸いにも顧問が部活に熱心だったから、真面目にやっていれば評価される写真が撮れた。
コンクールで賞も取れた。
一人で入り、自分のペースで作業する暗室は、疎外感とは無縁だった。
落ち着いて安心できる場所だった。
ただ、それが「本来の自分に戻れている場所」と言う自覚は無かった。

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