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プレミアムモルツにみる、キラキラ広告と孤高の天才クリエイターの終焉

7月19日に公開されたプレミアムモルツの広告動画を見て衝撃を受けている。

この動画を見つけた発端は、大好きな2コマ漫画作家である犬犬さん(@inu_eat_inu)のTwitterでした。子育ての面白さや大変さをコミカルな2コマ漫画で配信してくれる犬犬さんが、この動画の企画に関与しているというツイート。最初はクスリと笑いながら軽い気持ちで見た動画でしたが、だんだんと重大なことに気づき始めました。

広告戦略とクリエイターの役割が、遂に大きく転換している。

既に色々な研究者やマーケッターの皆さんが提案し、提唱してきたことなので今更感はありますが、日本の広告の始祖であり牽引者たるサントリーがこの動画を公開したことで、遅ればせながら私もガツンと気付かさました。このnoteでは私なりの気づきをまとめてみます。


偉大な広告企業サントリーとキラキラ広告

サントリーといえば日本の広告の歴史を作ってきた企業であり、広告によって日本の食文化を開拓し、日本人を啓発してきた会社であることはご存知の方も多いと思います。もう20年前ですが、私が大学学部生時代、初めて宣伝広告論の授業を教えてくださったのもサントリー宣伝部OBの先生でした。

そんなサントリーのプレミアムモルツ、発売当初から長らく矢沢永吉さんをアイコンにして「かっこいい、憧れの、プレミアムな」「ちょっと背伸びして飲む特別な」ビールというイメージを押し出していましたね。CMは矢沢さんのカッコ良さとビールの美味しさ、泡の美しさを全面に押し出したクリエイティブでした。まさに、王道のキラキラ広告。

*残念ながらサントリー公式からは削除されてしまっているため、YouTube動画を拝借しています。

キラキラ広告を生む孤高の天才クリエイター

この時代のクリエイターに求められていたのは、商品を魅力的に見せるための、多くの人を惹きつけるクリエイティブを生み出すための表現力や知力、芸術性だったはずです。私も某企業の販促部の下っ端として働いていた頃、広告代理店のクリエイター達に出会う機会がありました。トップのクリエイティブディレクターともなると広告代理店の中でも格段の扱いで、何人ものスタッフが付き従っていました。クリエイティブディレクターの”作品”は絶対的で、営業はおいそれと意見が言えず、さらにはお金を出し商品に責任を持つはずのクライアントでさえ意見が言いづらいような、絶大な威厳と権力を持っていました。当時下っ端の私など口をきくこともできないような、それはそれは雲の上の存在だったのです。

広告にタレントを起用する場合、タレントの魅力を最大限に引き出す事で、一緒に登場する商品の魅力度も伝えるというのが王道の戦略です。いわゆるキラキラ広告。タレントと商品を並べて、その魅力を引き出すのがクリエイティブディレクターの腕の見せ所でした。トップのクリエイティブディレクターの仕事は、例えるならプロの演奏家のようなものです。目の間の譜面と楽器を使って、人々を魅了する最高の演奏を奏でる、そんな仕事がクリエイターには求められていました。

ところが。

SNSが普及し、人々がテレビを見なくなり、価値観が多様化した今、このような「多くの人を惹きつける」クリエイティブを生み出すことは容易な事ではありません。「スープストック離乳食事件」のように、一部の人々に共感を生んでも、対岸の人々には炎上する事例は、年々増えているように感じます。

価値観が多様化した時代の広告戦略とクリエイターは、きっと、一人の天才の表現力、知力、芸術性に基づいて創られた、キラキラ広告ではないのではないか。それを気付かされたのが「無言の父たち」の動画でした。

くどいですがとても好きなのでもう一回動画貼っちゃう。

「無言の父たち」が今の時代っぽいワケ

この「無言の父たち」を見て感じたのは、とても今っぽいなということ。

第一に、この動画の制作には色々な人が参加しています。まずは前述の子育て2コマ漫画の犬犬さん。「ネタ提供させていただきました」とご本人はツイートしていますが、もともと2コマ漫画の方なので、絵コンテ制作に関与されています。

続いて、子育てインフルエンサーの木下ゆーきさん(@kinoshitas0309)。「意識高い系赤ちゃん」で子育て界隈では絶大な知名度を誇っている木下さんは、パパ役で出演されています。

そして主役はお笑い芸人のあばれる君。あばれる君自身も2021年8月に奥様が第二子を出産し、絶賛二人の子どもの子育て中。動画の内容にぐっとリアリティが増してきます。

漫画家、YouTuber、芸人さんをアイコンとして「使う」のではなく、彼らとコラボレーションして作品を仕上げて行った様子が、動画からも伺えます。前述のような、孤高の天才クリエイターの表現力、知力、芸術性に基づいて創られた作品、とは正反対です。

第二に「無言の父たち」はSNSを主戦場にしています。実はプレミアムモルツは、同時期に、全く異なるクリエイティブ、全く異なる戦略の広告展開をしているのです。

そう!広瀬すず様バージョンです。(可愛い…可愛すぎる!)どことなく、前掲の矢沢永吉さんバージョンを踏襲し今風に進化させたクリエイティブになっていますね。すず様バージョンの広告は、プレスイベントからのCM、店頭販促、SNSキャンペーンまで、幅広い展開を行なっています。いわゆるIMC(統合型マーケティングコミュニケーション)というやつです。

王道のキラキラ広告はすず様バージョンで展開しながら、同時並行で、多様な価値観とライフスタイルを持つ層に対して、SNSを主戦場として「無言の父たち」バージョンを展開しているのです。もちろん販促費が潤沢だからてきることなのですが、「無言の父たち」はインフルエンサーを巻き込んで、SNSを主戦場とし、SNSでの拡散に全振りしていることが分かります。

更に、実は木下ゆーきさんとあばれる君が養成所同期だったり、実は動画のナレーションがあばれる君の奥様のゆかちゃんだったり、実は最後のシーンで犬犬さんのお子さんのキャラクターぬいぐるみがちら写りしたり・・・細かく「実は」という口コミネタが仕込まれていて、SNSの拡散の仕掛けが上手いなと感じます。

第三に、認知より共感を本気で重視している点です。これまでの多くの広告の考え方は「認知を獲得するために共感を喚起する」というものでした。共感は認知の手段であり、広告宣伝の第一目標は認知だったのです。その前提には、「認知」が獲得できれば販売につながると言う暗黙の了解がありました。そして何より、認知は計測しやすいのです。

一方「共感」は、例え広告に共感しても販売に繋がるかどうか曖昧だし、何より計測しずらいのです。だからこそ多くのマーケッターもクリエイターも、共感を認知獲得の手段にしてきました。

しかし「無言の父たち」は、認知より共感を重視していることが、キャンペーンの設計で一目瞭然です。すずバージョンも「無言の父たち」バージョンも同様にTwitterでリツイートキャンペーンをしています。設計はほとんど同じですが、一箇所だけ違いがあります。お分かり、いただけただろうか…?

そう、「無言の父たち」は「コメントをつけて」リツイートする必要があるのです。コメントをつける手間は意外とハードルが大きく、そのままリツイートに比べて引用リツイートの件数は大きく減少します。件数を増やし、認知を獲得するならコメントはつけない方がいいのです。

ここからは推測ですが、「無言の父たち」のキャンペーンは、一人一人のユーザーのコメントから更なる共感を生もうとしているのではないでしょうか。「めっちゃわかるわー」「こういうパパいるよねー」など、自分のフォローしている人がコメント付きでキャンペーンをリツイートしたら思わず見てしまうし、共感もしやすくなりますよね。件数(=認知)よりも、本気で共感を獲得しに行った設計になっています。(どのようなKPIを設定し、どう測定しているのか、個人的にはとても気になります…)

王道のキラキラ広告がある前提ですが、「無言の父たち」はこれまでの広告の作り方からは大きく異なる戦略で作られていることがお分かりいただけるかと思います。

今っぽい広告とクリエイターの役割

こうして大型タレントをアイコンに起用し、テレビCMから店頭販促までIMCで大々的に展開する王道の広告と、多数のクリエイターとコラボしてSNSを主戦場にする広告では、クリエイターの役割も大きく異なることが想像できます。

前者では「偉大なる天才クリエイターの表現力、知力、芸術性」が重要ですが、後者では様々なメディアやツールを使いこなし、インフルエンサーとなりうる人を発見し、味方につけ、複数の人と協力しながら一つのクリエイティブを創り上げる力が重要となります。前者が孤高の演奏家なら、後者はオーケストラの指揮者です。指揮者に求められるのは個人の演奏力ではなく、全体に目を配り統率し個性の強い演奏者をまとめ上げて一つの作品に仕上げる能力です。

孤高であることも天才であることも、新しい広告にとってはマイナスにすらなるでしょう。次々と新しいメディアが生まれる今、そのメディアの特性と、その場で活躍する新たなクリエイターに学び、教えを乞い、参画を促し、共に創り上げることが必要となります。

新しい時代のクリエイターはそんな指揮者のような人なんだと、この動画を見て気付かされました。「無言の父たち」は、それだけ今っぽい、共感を感じる、素敵なCMだと思いました。新しい時代の広告はきっと、めちゃくちゃ面倒で大変で、めちゃくちゃ心を揺さぶるものになるでしょうね。それってすてき。

そんなことを、今日大きな仕事を一つ終えてプレミアムモルツを飲む夫の横で書いています。


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