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小説

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掌編、短編。
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青嵐の羽衣

青嵐の羽衣

 私は、右足を浸した。つま先から足首を覆われる感触がしたあと、身体を巡る血液と神経とを震わす、ひんやりとした感覚がやってくる。そのまま沖の方へ、ゆっくりと歩を進める。

 肉体は、私の魂から筋の一つも残らぬほどきれいに剥がれおち、それを私は水面から十メートルばかし浮き上がったところから眺めている。髪の毛や、目玉や、皮膚や、爪や、脂肪や、胃腸や、心臓や、筋肉や、血液。それらはやがて蒸発し、見えない粒

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愛しい人 Cara Mia

愛しい人 Cara Mia

ジョセフ・ウッドの葬式は、雨だった。
死んだジョセフというのは、僕の家から北西のほうに二マイルほど先のあたりに住んでいた男で、鍛冶屋のじいさんだったが、実のところ僕はこの男のことはよく知らない。
だから葬式なんてどうでもよかったけれど、誰かが死んだら、それがたとえ知らないやつであったとしても、その死顔を見に行くのはこの小さな村ではなにも珍しいことじゃなかった。
それに、僕は幼かったからあんまり覚え

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花とおおかみ

花とおおかみ

 

 くまは、ひとりぼっちでした。
 人付き合いは、きらいです。
 ひとりでいる方が、ずいぶんと気持ちが穏やかで、らくなのでした。
 人と酒を酌み交わす楽しさも知っています。
 けれども、くまは、ひとりで生きようと思ったのです。

 くまには、寂しいと思う夜があります。
 それは決まって、誰かのことを考えるときでした。
 おかあさん、おとうさん、おじいちゃん、おばあちゃん、兄弟、先生、友だち。

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