【短編】冬のマフラー売り
雪のちらつく真冬のことだった。
私は、マフラーを買えば良かったと少しだけ後悔していた。
去年まで使っていたマフラーがぼろぼろになっていて、今年こそ買い換えようと思っていたのだった。それなのに、億劫がってマフラーを買いに行く機会もなく、結局、雪が降るほどに寒くなってしまったのだ。
さてどうしようと考える。
コートがあるからなんとかなっているが、このまま寒さが一直線に突破すればさすがに要るだろう。
マフラーなんてその気になればショッピングセンターで適当に買えるのだが、こうなるとちょっと良いものもみたくなる。
どんな服にも合いそうな色のマフラーがいい。先はフリンジになっていて、少し大きめがいいかな。
もうこれはウィンドウショッピングとしゃれ込むか、と雪の降る街を歩いていたときだった。
ちょっとよそ見をしていたその時に、もっふりとした何かにぶつかった。
「わっ」
妙に暖かくで、でっかくて、もふもふしたものだった。
慌てて離れると、めえ、と声がした。声のしたあたりに見えたのは、ぐるりと回った角だった。
三メートルはありそうな巨大な羊の側面につっこんでしまったのだ。
なんだこりゃ、と思っていると、羊の裏側にいた女の子が顔を出した。
「ごめんなさい。この子、でっかくて」
「ああ、うん。それはいいんだけど」
いったいどうしてこんなところに。
女の子のいるほうへと回ると、小さなワゴンがあった。屋根のつけられたワゴンの中には、マフラーが置いてある。
「私、魔女でして。冬の間だけ、マフラー屋さんをしてるんです」
「マフラー屋さん」
思わず反芻してしまった。
「マフラー、お探しではないですか」
なるほど。
必要とした人間の前に出てくるのは、いかにも魔女らしい。それが魔女たちの性質ではあるのだけど。
「これは、この子の毛皮で作ったマフラー?」
ワゴンに並べられたマフラーを一枚手に取る。
羊毛から作られているのだから当然毛糸を編んで作られているのだろうが、それにしてはふわふわだ。柔らかくて、毛糸というよりはさっきぶつかったクリーム色の毛皮に似ている。よく洗われていて、もこもことした触り心地だ。
「はい。スヌードにしてあるのもありますよ」
なるほど、屋根を支えている板にかけられているのはみんな繋がったスヌードだ。
白や黒、そして青と赤のチェック柄から、途中で色変わりするものまで様々。
デザインも、先がフリンジになっていたり、そのまま編み込まれているものまで種類豊富だ。
「それと、ここに無いのもいま作れます」
「どうやって?」
「ええと、それはですね。お姉さん、好きな色あります?」
「うーん。これといったのは無いけど。この子と同じ色だといろんな服と合わせられて良いよね」
「わかりました!」
そう言うと、魔女は迷うことなく羊の毛皮の中に手を突っ込んだ。
なにかを探すように毛皮の中の手を動かすと、やがてもこもこと羊毛が増え始めた。目の錯覚などではなく、本当に羊毛が増えている。もこもこ。もこもこ。魔女の手に吸い上げられるように増えた羊毛は、次第に形が整って、端がきっちりと留まり、フリンジになって、クリーム色のマフラーになった。大きめの毛糸で作られたようなマフラーだった。
どんな服にでも合いそうな、私がいままさに求めていたマフラーだ。
「どうですか。お気に召しましたか?」
「すごいな。これ、魔女の編み方?」
受け取って首に巻いてみる。長さもぴったり、理想通りだ!
「はい。自分で編む事もあるんですけど、そういうのってたいてい売り物にならないんですよ。色が独特になっちゃって」
「そういうの、ネットで売ってみなよ。意外と好事家がいるもんだよ」
「そうですかね? 考えてみようかな」
私は代金を払う事にした。
ありがとうございます、と彼女は言ってから、密やかに続ける。
「それと、実はですね。百円、マフラー代とは別に払っていただけると……」
「払うと?」
「なんと、この子に餌も与えられます!」
思わず笑ってしまった。
商売上手だ。
私は百円よぶんに払って羊を喜ばせ、マフラーを巻いて帰った。
魔女の羊のマフラーはもこもこしていて、ずいぶん暖かかった。しばらくは楽しめそうだ。
きっとこれが駄目になった頃に、また彼女と出会えるだろう。
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