(小説)猫ちゃんレンタルします

第一話(レンタル)

「あの! これください!」
「はい。この子ですね。1週間レンタルでよろしいでしょうか?」
「はい! お願いします」
「では、合計で3000円になります」
 私は財布からお金を出して会計を済ますと両手に三毛猫を抱いた。
 ここは最近できたお店で、CDやDVD以外に猫のレンタルもしている珍しい店だ。
 映画や音楽を借りれるのは某お店と同じだけど、レジ横のショーケースにたくさんの種類の猫ちゃんが並んでるのがこのお店の特徴なの。
 私の住んでる石川県は田舎だけど、最近新幹線が開通した。
 その影響か都会のお店がここにも出店するようになったんだ。
 そのお店の一つが、この“キャット&アイ”だ。
 事前にネットで調べたら、お店のオーナーが大の猫好きらしく、家に10匹もの猫ちゃんを飼ってるらしい。
 趣味が高じてできたのがこのお店みたい。
 私はキャットフードを学校指定のかばんに入れ、一目惚れしたミケと家路を急ぐことにした。
 あ、ミケっていうのはこの子の名前ね。
 お店がわも、さすがに“三毛猫”って名前じゃ可哀想だからってちゃんと名前をつけてるらしい。
 まあ、三毛猫だからミケっていうのも安直な気もするけど可愛いから許す。
 今日から1週間一緒に過ごそうね。ミケ。

第二話(猫って難しい)

「あら、今日は遅かったわね。学校忙しかったの?」
 私がドアを開けるとエプロン姿のお母さんが、台所から顔だけ出していた。
「うん。ちょっとレンタルショップに行ってきたの」
「レンタルってCDでも借りてきたの? 最近はサブスクで聞き放題なのに珍しいわね」
「レンタルはレンタルでも普通のレンタルじゃないよ」
 両手で抱っこしてたミケをそっと床に下ろすと、猛ダッシュでお母さんのいる台所に向かっていった。
「ちょっと! ミケ!」
 慌てて学校指定のローファーを脱いで追いかけると、
「え!? 猫!? なんでうちに!?」
「その子、ミケっていうの」
「ミ、ミケ!? もしかして捨て猫拾ってきたの?」
「違うよ! ほら、新しくレンタルショップできたでしょ? あそこで借りてきたの」
「ああ、あのキャット&アイってところね。お母さんも気になってたんだけど、どんなところなの?」
 菜箸を右手に持ちながら興味津々に聞いてくるお母さん。その隙にバットで油切りしている唐揚げを奪おうとジャンプし続けるミケ。
「それより、ミケお腹空いてるみたいだから先にご飯ね」
 慌てて唐揚げの方を向いたお母さんは、ミケにも負けないぐらい俊敏に唐揚げを取り上げた。
「愛美(まなみ)、猫に唐揚げはダメよ。味が濃すぎるから」
「それぐらい分かってるよ」
 私だってちゃんと下調べしてあるんだから。
 カバンから一緒に購入したミケの餌を取り出す。
「お母さんお皿無い?」
「ちょっと待っててね」
 そう言うと食器棚から底の浅いお皿を持ってきた。
「これでいい?」
「うん」
 買ってきたのは猫ちゃん用のドライフード。いわゆるカリカリだ。
 袋を傾けると、コロコロと餌がお皿に盛られていく。
「さ、お食べ」
 ミケの方にお皿を差し出すと、クンクンと匂いを嗅ぎ、一口食べた。
「食べたよ! ミケちゃんと食べたよ! もう、なんで猫ってこんなに可愛いの!」
「愛美、なんだか子の子あんまり食欲ないのかしら?」
「え?」
 ミケを見ると、食べたのは一口だけだった。
 あんなに唐揚げ欲しがってたのになんでだろう。
「もしかしてこの子病気なのかしら」
「えー、せっかくレンタルしたのに病気だなんて悲しいよ」
「どうする? 心配ならお母さんこの子病院についれて行くけど」
「うーん……。しょうがないよね」
 渋々同意すると、私はミケを両手に抱えた。
「じゃあ、お母さん出かける準備してくるからちょっとまっててね」
 そう言うとお母さんは2階にある自分の部屋へと駆けて行った。
「ミケ、あなた病気だったの? 大丈夫?」
 そっとミケの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
 ミケだって生きてるんだもんね。
 病気ならちゃんと診てもらわないといけないよね。
 その時だった。
「俺は病気じゃない」
 しゃがれた男の声が聞こえた。
「え?」
「だから、俺は病気なんかじゃない」
「え? 誰? 誰かいるの?」
 今この家には私とお母さんしかいないはず。
 もしかして空き巣?
 え、待って。すごい怖いんだけど。
 私が恐怖で震えてると、更に声が続いた。
「だーかーらー、俺は病気じゃ無いんだってば! だから病院に行かなくていい! 俺は病院が大嫌いなんだ! この前の去勢手術なんてマジで痛かったんだからな!」
 その声は腕の中から聞こえた気がする。
「もしかして、ミケ? いや、そんなはずないよね。猫が喋るだなんて」
「それは偏見だぞ愛美」
 声とミケの口の動きが合わさった。
「え!? ほんとにミケが喋ってる!?」
 驚いた私はとっさにミケを話してしまった。
 空中で一回転したミケは、俊敏な動きで体勢を整えて見事に着地。私の目をじっと見ていた。
「猫が人の言葉を喋れないなんて誰が決めた」
「え、え、だって猫って普通にゃーんでしょ?」
「それは野良猫だけだ。基本的に、人間と接している猫は言葉を話せるのだよ」
 まだ混乱してる。
 待って、猫って喋れるの!?
 そんなの誰も教えてくれなかったよ。
「お待たせー。じゃあ、病院いきましょうか」
 外出着に着替えたお母さんが階段を降りてきた。
「お母さん! ミケが喋った!」
「何言ってるの。猫が喋る訳ないでしょ。きっと空耳よ」
「嘘じゃないよ!」
「さ、早く病院に行きましょ。ちゃんと診てもらわないと」
 そう言って玄関のドアノブに手をかけた時だった。
「何度言ったら分かるんだ。俺は病気じゃないんだってば!」
 お母さんの動きが止まった。
「え? 何今の声。誰かいるの?」
「ミケが喋ってるの」
「そんなことあるわけ……」
 と、言い終わる前に、
「猫は喋るぞ」

第三話(ミケの要求)

 あれからお母さんにミケが喋れることを説明するのに1時間もかかったうえに、
「ちょっと疲れたから休ませて」
 と言って、寝室に行ってしまった。
「もう、ミケのせいなんだからね!」
「そう言われても俺だって喋らないとストレスが溜まるんだよ」
 リビングのソファーに仰向けに休んでる私を、ミケはお腹に乗って見下ろしていた。
「ミケが人の言葉を話せるのにはびっくりしたけど、なんで他の人は気が付かないの?」
「ああ、それか。それはな、敏感な人間と鈍感な人間がいるからだ」
「どう言うこと?」
「人間だって聞き取りやすい声と聞き取りにくい声があるだろ? 猫の言葉っていうのは聞き取りにくいんだ」
「でも、いくら聞き取りにくくても、ずっと一緒にいたら気がつかない? 全国の猫の飼い主さんは猫の言葉を聞いてることになるよ?」
「それは、その猫と人間の相性がよくないんだろうな。猫と人間の相性が合うっているのはな、大きな砂浜で落としたビーズ1粒を探すのと同じぐらい難しいんだよ」
「じゃあ、私たちはすごく相性がいいってこと?」
「そうなるな」
 なんだかミケに選ばれたみたいですごく嬉しいけど、そんな奇跡を起こしたミケとも1週間でお別れしないといけないと思うとなんだか悲しい。
「それより、俺は腹を空かせてる」
「餌ならあるじゃん」
 餌皿を指差すが、
「あれじゃない」
「じゃあ、何がいいの?」
「チュールが食べたい」
「チュールってCMとかでよくやってるあれ?」
「そうだ。あれが大好物なんだ。俺は1ヶ月ほどレンタルされてないから、最近うまい餌を食べてないんだ」
「それなら食べるんだね」
「もちろんだ」
 私は身体を起こすと、制服姿のままキャット&アイに行くことにした。

第四話(人生経験豊富)

「はい、買ってきたよ」
 再びソファーに腰掛けた私は、チュールの封を開ける。
 指で軽く押すと中身が軽く出てきた。私が買ってきたドライフードとは違って水分が多い。ちょっとゼリーに近いかも。
「待ってました!」
 ミケは私の膝の上に乗ると、出てきたチュールをペロペロと舐め始めた。
「うんまー! やっぱこれだよな」
 満足げのミケはあっという間にチュールをたいあげると、
「もう1本くれ」
「あんまり食べると太るよ?」
「別にいいだろ。どうせ1週間だけの仲なんだから水臭いこと言うなよ」
 チュールを食べてる時のミケのご満悦の顔を見てしまった私は、ついついもう1本あげてしまった。
「やっぱりこれだよなあ。今日からお前のこと愛美様って呼ぶわ」
「別にいいよ」
 なんだか私が想像していた猫ちゃんとの暮らしとはだいぶ違う。
 もっとこうなんていうか、私が頭を撫でたらにゃーって鳴いて癒されるはずだったのに、これじゃ逆だ。
 猫ちゃんを抱いて寝るのもしたかったけど、ミケはなんだか親父臭い。
 一緒に寝るのはちょっとやめとこうかなあ。
「ん? どうした。そんな難しい顔をして。なんか悩みでもあんのか? 俺が聞いてやるぞ」
「猫に人間の悩みなんてわからないでしょ」
「そんなことはないぞ。俺はこれでも6年も人間と一緒に暮らしてきたんだ。いろんな家にもレンタルされた。これでも人生経験は多い方だぞ」
「たった6年でそんなこと言われてもなあ。私はもう17だよ?」
「まだまだ若いな」
「ミケには負けるよ」
「何言ってるんだ。猫の6歳ってのは人間でいう40歳だぞ」
「え? そうなの?」
「さっきから言ってるだろ。こう見えて人生経験豊富なんだよ」
「それを言うなら猫経験でしょ」

第五話(お悩み相談)

「で、愛美様は好きな子とかいるのか?」
「その愛美様はやめてよ」
「なんでだよ。チュールをくれた偉大な人間だぞ」
「チュールくれたら誰でもいいわけ?」
「そんなことはないぞ。こうやって会話できるのは極めて稀なことだ。ここは愛美様の恋愛をお助けしてやろうじゃないか」
 なんだか鬱陶しくなってきた。
 猫ってこんなにめんどくさい生き物だったの?
「で、どうなんだ? 好きな男の1人や2人いるんだろ?」
「まあ、いるっちゃいるけどさー」
 彼は同じクラスの男の子で、高校2年だというのにもう大学受験の勉強をしてるほどの秀才だ。
 万年赤点ギリギリの私とはどうやっても釣り合わない。
「そいつ、俺にも紹介しろよ。猫が相手ならそいつも気が緩むだろ。その時が攻めどきだ」
「そんなこと急に言われても無理だよ。だってその人、受験勉強で大変だもん」
「くー、痺れるね! “2人一緒に同じ大学行こうね”ってやつだな」
 あ、うざい。ほんとにうざい。
「そもそもどうやって学校に行くつもり? ペットと一緒に登校するのはダメだよ?」
「俺にいい考えがある。まかせろ。愛美様の恋を一歩前に進めてやるよ」
「もうほっといてよ!」
 そう言うと私はミケをリビングに残して自分の部屋に逃げ込んだ。
 田中くんのことは好きだけど、釣り合わないんだってば……。

第六話(猫出没注意)

「おはよー愛美」
「玲香(れいか)おはよー」
「大丈夫? なんか顔疲れてない?」
「え、そうかな?」
 まさか言えないよね。レンタルしてきた猫が急に喋り出して、私と田中くんの仲をもとうとしてるだなんて。
 こんなこと言ったら変人確定だよ。
「なんかあったらいつでも私に言ってね」
「ありがとう」
「それにしても田中くん今日も朝勉してるね。顔はいいのにあんなに熱心に勉強してたら話しかける隙もないよ」
 彼は窓際の一番前の席で参考書と睨めっこをしていた。
「うん。東大目指してるからしかたないよね」
「せっかくのイケメンくんとも高校卒業したらさよならだなんてなんだか寂しいよね」
「うん」
「田中くんのこと好きな子絶対いると思うんだよね。そう思うとなんだか可哀想だよ」
「そうだね」
 そんな会話をしていると、なんだか廊下が騒がしくなってきた。
「愛美。なんか廊下うるさくない?」
「ちょっと見てこようか玲香」
「そうだね」
 2人で廊下に出ると、ものすごい人だかりができていた。
 はるか向こうでは担任の五十嵐が必死に何かを追いかけている。
「ねえねえ何かあったの?」
 玲香がクラスメイトの女の子に声をかけた。
「それがね、学校に猫が入ってきちゃったみたいで、今先生が捕まえようとしてるの」
 猫と聞いて私は嫌な予感がした。
 “俺にいい考えがある”
 もしかしてミケ?
「ちょっとどいてください!」
 私は必死に人だかりをかき分けて、なんとか五十嵐の所まで辿り着いた。
「ミケ!」
「なんだ? お前のところの猫か?」
「あ、はい」
「ダメだろ。学校に猫を連れてきちゃ」
「いや、私は連れてきてなんて」
「嘘言うな。こいつは俺が預かってるから放課後迎えに来いよ」
 ワイシャツの袖を捲って必死に追いかける五十嵐。
 それを難なく避けるミケ。
 誰がどう見てもミケが捕まる様子はない。
「先生どうしたんですか?」
 突然後ろから男の子の声が聞こえた。
「ああ、田中か。実は猫が学校内に入り込んでしまってな。朝勉の邪魔してすまんな」
「先生。猫の扱いはこうやるんですよ」
 そういうと田中くんはポケットから何かを取り出すとミケにあげた。
 それは封の開いたチュールだった。
 ミケはチュールにもう夢中で、あっという間に田中くんの腕の中へと収まった。
「この子、愛美さん家の猫?」
「う、うん。勝手に着いてきちゃったみたいで」
 初めて田中くんと会話しちゃった。
「そうとう愛美さんのこと好きなんだねこの子。名前は?」
「ミケっていうの」
「へえ。三毛猫だからミケか。ストレートでいい名前だね」
「それより、田中くんなんでチュールなんて持ってたの?」
「ん? ああ。俺ん家も猫飼ってるんだ。名前はアイ。家に帰ったらすぐにあげられるようにポケットに入れてあるんだ」
「アイちゃん。可愛い名前だね」
「うん。とっても可愛い。よかったら今度見にくる?」
「え!? いいの?」
「猫好きに悪いやつはいないからな。いつでもいいよ」
「できれば1週間以内でお願いします」
「いいよ。明日は塾があるから、明後日でもいい?」
「うん! もちろん!」
「じゃ、この子は一旦先生に預けるね」
 田中くんは抱き抱えたミケを五十嵐に渡すと、教室へと戻っていった。
「よかったな愛美様」
 そんな声が聞こえたような聞こえなかったような気がした。


後書き

ここまで読んでくれてありがとうございます。
この話は、今朝私が見た夢をもとに書いています。
夢の内容はこちら。


私は猫が大好きなんですけど、家の事情やお金の事情でなかなか飼えてないのが現状です。
いつか、猫ちゃんとモフモフしたいなあ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?