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誕生日

今日は37回目の誕生日でした。

お祝いの言葉を頂いたりするのはいくつになっても嬉しいものです。40歳ももう目の前に迫っていていい歳こいたおっさんですが。このあとか、明日には誕生日の模様をSNSにアップする予定です。おっさんのSNSです 笑

誕生日は嬉しいです。

妻から頂いたバッグとTシャツのプレゼント大事にします。切り分けたケーキを持ってくるお手伝いをしてくれた息子。ありがとう。

ちなみに僕は吉田美和、武井壮、ジョージクルーニー、ジークムントフロイトと同じ誕生日。

5/6のゴムの日。
初夏の爽やかな風通しの良い季節だ。
青葉が茂る頃僕は生まれた。

同じ誕生日の人がいるとシンプルに嬉しい。
有名人や著名人なら尚更だ。何よりフロイトと同じ誕生日というのがなんか面白いし自慢もできる。僕はフロイトが好きだ。

誰もが一年に一回必ずある誕生日。その日付に生まれたことに大きな理由や意味があると僕は思っている。スピリチュアルなことは少し置いておいて。

気づきも感受性も気質も性質もその日に生まれたから、生まれつきデフォルトでプリセットされている才能だと思う。僕たちは特別だとすら思える。
5月生まれは五感に優れているし、自分の心地よい空間を魂レベルで知っている。

ある種、センスのようなものを持ち合わせているという印象だ。

かなりの偏見だけどそんな風に感じる。

あと5月生まれは爽やかな印象だ。占いでは苦悩や悩みが人一倍多い星の下らしい。僕も悩み考え苦悩する。誰にも言えないような胸の内をnoteに毎日込めている。

まぁ、でも、とはいえ今日は僕の誕生日である。

1番の主役はだれか。当然、当事者である僕だ。しかし改めて考えて欲しい。

この記事を書いているということは自分がこの世に存在しているということだ。自分が存在しなかった場合、このようなテーマでnoteは書いていないだろう。いやnoteすらやっていない。

魂も肉体も存在しない。
存在しないということはつまり無だ。

例えるなら独裁スイッチが発動されてしまったようなことだ。

話が逸れてしまったが、家族に誕生日を祝ってもらえるということは、他ならぬ母がいるからだ。つまり、僕の誕生日は母の誕生日でもあり、母にありがとうを伝える特別な日だ。父と母がいなければ僕はこの世には存在しない。

命は繋げられ、僕はこの世に生まれ今日のこの日をまさに生きている。

父や母、祖父や祖母。さらに遡る。

出会って恋をして、みんなが今まで命のバトンを繋いできてくれたからだ。僕1人の命ではない。僕がこの世に存在しているのは家族のストーリーやヒストリーがあるからだ。

君たちがいて僕がいる

往年のコメディアン、笑いのレジェンドであるチャーリー浜師匠のギャグだ。この言葉はかなり深い。僕のnoteにもよく登場している言葉だ。人生で大事にしたい言葉です。


最後に。

父ちゃん母ちゃんありがとう。

最後まで読んでくださりありがとうございました。また更新します。

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