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42話未使用シーン

42話書き終わっちゃったんですが、最初に書いてた冒頭シーンと二度目に書いてた冒頭シーンのどちらも入れられなかったので、ひとまず供養上げしておきます。

それなりに重要なやりとりもあるので、この先、うまいこと入りそうなタイミングがあれば本編に組み込むつもりです。


朝からのスタート


リルが空を見上げて動かなくなる。
手には摘みかけの大葉が握られたままだ。

久居が気付き、そのまま見守る。
遂に来てしまったか。と苦く思いながら。

リルは耳を二、三度ピクピクさせてから、久居を振り返った。
「来たのですね……」
「うんっ!」
苦しげな久居と違い、リルはとても嬉しそうに頷いた。

「クォォォォォォォン」

と、風に乗って鳴き声がわずかに聞こえて来て、レイが空を仰ぐ。
「いやいや、空竜このままこっちくる気か!?
 こんな人里に降りて来たら目立つだろ!」

レイが走り出すと同時に、腰から大きな翼が広がる。
十メーターほど助走をつけて、レイがズダンと地面を蹴った。
相変わらず騒々しい離陸だと思いながら、リルと久居は、空へ飛び出すレイを見送る。
レイは、家の屋根を越える前には、無詠唱で術を使い、光に溶け込み見えなくなった。

「じゃあボク、これ洗って干したらお出かけの用意するね!」

リルが大葉をもう数枚採ってから、うきうきと、家に向かう。

旅の支度をしなければならない。
それは分かっていたが、久居は一人、その場に立ちすくんでいた。


ガララッ! ガラララッドパン!
と家が揺れるような勢いで引き戸が閉められ、中にいた菰野がギョッとする。
うきうきのリルがちょっと力加減を誤ったらしい。
「リル君ご機嫌だね、どうかしたの?」
「えへへ、くーちゃんが来たんだー。ボク達お出かけするね!」
嬉しそうなリルの頭を撫でて、少しだけ寂しそうに菰野が笑う。
「そうか、よかったね」


菰野が外に出た時、久居はまだその場に立ち尽くしていた。
俯いて微動だにしない久居へ、菰野が数歩近づいた時、大きな羽音が聞こえ空を見上げる。

何もなかったはずの空に、突如ミニサイズの空竜を小脇に抱えたレイが現れた。

ああ、消えてたんだな。と菰野が思う。
最近は菰野もすっかり、それぞれが使う術を不思議がらなくなってきた。

自分も使えれば良いのにと思うのだが、あいにく菰野には素質が無いらしく、どれひとつ出来そうにはなかった。

レイが、相変わらず着地から数歩、勢い余って向こうへ行くのを眺めてから、菰野は久居に向き直った。

さて、どうしたものか。
俯いたまま、ひたすらに立ち尽くしている久居を前に、菰野がわずかに肩を竦める。

「菰野、すまないが俺達は行く事になりそうだ」
背中からかけられたレイの言葉に、菰野が振り返る。
「そうだね。何か必要なものがあれば声をかけて」
「ああ、助かる」
レイの腕からするりと抜け出した空竜が「きゅい」と鳴いて久居に一通の手紙を差し出す。

「……空竜さん、ありがとうございます」

久居が静かにそれを受け取った。

「空竜、なんでわざわざ久居に渡すんだ……?」
俺の方が先に会ったのに、とレイが何やらぶつぶつ言いながらしょんぼりと家に入って行く。
空竜も、リルを探してかそれに続いた。

それを見送ってから、菰野は口を開いた。

「久居、どうして行きたくないんだ?」

受け取った封筒を、開けないまま握っていた久居がびくりと揺れる。

「……そのような、ことは……」
「俺が、頼りないからか」
「いえ、決して!」
「じゃあどうし……」
「菰野様は、十分に成長なさいました。私が居らずとも、立派に身を立ててゆけるのは分かっています。
 ですが、世の中には予測しきれないような危険も沢山あります。突然盗賊に襲われるやも知れませんし、急な病に侵されるやも知れませんし、地震や火事があるやも知れません。
 そんな時に、菰野様のお側にいられないとしたら、私は……私は…………」
菰野の言葉を遮って、堰を切るように話し始めた久居は、言葉の終わりにやっと顔を上げて菰野を見た。
涙目の久居を見て、菰野は愛しそうに苦笑すると、自分より背の高い黒髪に手を伸ばして、久居の頭を自分の肩に抱き寄せた。
「久居は本当に心配性だなぁ……」
結われた長い髪を撫でて、菰野がクスクスと笑う。
「お前は俺の事を心配してばかりだが、俺だってお前が心配でならないんだと、分かってるのか?
 お前達はこれから実戦があるんだと、分からないほど馬鹿じゃないぞ。
 普通は戦地に赴く者を見送る方が、心配するものだと思わないか?」
「……申し訳、ありません」
しゅんと謝る久居のしおらしさに、菰野がまた笑う。
「じゃあこうしよう。久居が帰ってくるまで、俺は師範のところか、山の小屋で暮らそう。それなら、たとえ風邪をひいたって一人にはならないだろう?」
菰野の提案に、久居が戸惑いながら顔を上げる。
「久居はどちらが良いと思う?」
久居の目を見て、菰野が意見を求めた。
「そう……ですね。小屋の方が、他の人間が寄ることもないので安心ですが、他に助けを呼びにくいという難点も……」
顎に指を当て真剣に考え込む久居。その目尻に少しだけ残った涙を、菰野が指先で拭うと、久居は驚いた顔をしてから、恥ずかしそうに微笑んだ。

「落ち着いたか?」
「はい……ありがとうございます」

「じゃあひとつ。これは命令だ」
菰野が、急に真剣な顔になる。
「俺の手の届かないところで、勝手に死ぬ事は許さない。お前は必ず、俺のところに帰って来るんだ。いいな?」
真っ直ぐに久居を見るその瞳には、まるで祈る様な切実さがある。
「はい。必ず戻ります」
久居は、どんな事があろうと、菰野の元へ戻ろうと、強く強く心に誓った。

[newpage]

菰野達は、午前中のうちに師範へ、しばらく留守にする旨の挨拶を済ませ、小屋へ向かう事になった。

リルがクリスの心配をするので、時間短縮のために空竜をレイの術で不可視にして移動する。

風を切って飛ぶ空竜の上で、流れる景色に目を奪われていた菰野が、リル達を振り返る。

リル達は三人で、敵が鬼だった場合にリルの炎を使うための相談をしていた。
菰野の様に、空竜の速さに驚くこともなく、景色に目新しさを感じる様子もなく。




移動先からのスタート


「見えてきたよ!」
リルの声に、レイが空竜の背から顔を出しかけ、その風圧に引っ込んだ。

空竜はまだ高速飛行モードだ。
リルは自分の炎で身を守っていたが、素のままのレイには厳しかったらしい。

久居はそんなレイの様をやれやれという風に横目で見ながら、割れない様に布で包んだ水晶玉を袋に詰め込んだ。

「……久居は気にならないのか?」
照れ隠しなのか、ちょっと不機嫌そうにレイが久居に声をかける。
「リルの目でやっと見えるようなものは、まだ私には見えませんよ」
「俺なら多分、見えるぞ」
それなら障壁の一つでも出してから顔を出せば良いようなものを。と思いながらも「そうですか」とだけ久居は答えた。

「なあ久居、お前、あれから闇の力の方は大丈夫なのか?」
少しだけ遠慮がちに、どことなく心配そうに、レイが問いかけて来る。
「そうですね。時々リルに焼いてもらっていますから、今のところ制御できていますよ」
「ここから先は菰野もいない。
 ……もし、今度がお前暴走したら、俺は……」
レイが、思い悩むように、ぐっと握った拳を見つめて眉を寄せる。
「その心配は不要です。私はもう、あんな失態は犯しません」
久居がさらりと答える。
「い、いやいやいや、何を根拠にそうもキッパリ言い切れるんだ?」
レイが肩透かしを喰らったように、がくりと姿勢を崩し、そのまま空竜の背に座り込んだ。

「菰野様に、生きて戻れとの命をいただきましたから」
着陸のために荷物を纏める久居は、まだレイに背を向けていたが、久居が笑ったのをレイは感じた。
「私を粛せばレイは天界に戻れるところでしたのに、残念でしたね」
久居が楽しそうに言う。
その余裕には恐れ入ったが、その言い様には苛立ちを感じる。
「はぁ……。まったく。お前の冗談は、いつも笑えないんだよ!」
この苛立ちを自分で解消するのも悔しく思えて、レイは久居の頭を後ろからぐいと押す。
久居は、敢えて避けなかった。

「くーちゃん、ゆっくりにして!」

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