コア_テキスト_組織学習

組織学習とは何か:組織の成長を支える学習のメカニズム

一般的に「学習」というと、個人が学習することを思い浮かべることが多いと思いますが、近年「組織学習」という考え方への関心・注目が集まっています。

「組織学習」という言葉への馴染みがない方でも、「学習する組織」や「U理論」といった言葉については耳にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。これらの概念は、組織学習に関連したキーワードです。こういったキーワードは実務家の間で認知が高まっているものの、「組織学習」という概念について包括的に説明されている書籍はこれまでほとんどなかったと思います。

しかし、2019年の末、組織学習を体系的に扱った待望の書籍が出版されました。

本書では、組織学習論の定義や基本的な考え方をさらったあと、「鳥の目、虫の目、魚の目」で見るというアプローチで組織学習の整理を試みています。
※鳥の目とは物事を俯瞰的に(マクロな目で)捉えること、虫の目とはミクロな視点で物事を捉えること、魚の目とは、潮の流れ、つまり時代や市場の流れを時間軸で捉えることを指します。

組織学習の定義・考え方

本書では組織学習を「組織と個人を内包するシステム全体における組織ルーティンの変化」と定義しています。

この定義が採用されるにあたり、組織学習に関する先行研究が体系的にまとめられており、私自身、組織学習の理解に役立ったので、こちらでも一部ピックアップして紹介していこうと思います。

まず、この定義を理解するにあたっては、以下の3つの視点を理解しておく必要があります。

1)学ぶのは、誰か
2)組織学習の成立とは、どのような状態か
3)研究の目的は、問題解決(処方箋的)か事実把握(記述的)か

なかでも、「組織学習」についてイメージを膨らませやすかったのは「2)組織学習の成立とは、どのような状態か」という部分。

本書では、研究のレビューに基づき、組織学習成立の要件を以下4つの立場で整理を行っています。

1)知識の変化
2)行動の変化
3)認知の変化
4)ルーティンの変化

1)知識の変化
「知識の変化が組織学習の成立である」とする立場は、知識の量が増えること、知識の種類が増えること、知識のレベルが変わることなど、様々な変化を組織学習の成立とみなします。

2)行動の変化
一方で、知識が増えても行動の変化と結びつかなければ学習とはみなせないというのが「行動の変化を組織学習の成立」とする立場です。逆に、明示的に観察可能な行動変化があれば、それに伴い、知識も変化している可能性が高いと考えられます。知識の変化は行動の変化があってこそ、というスタンスです。

3)認知の変化
「知識や行動の変化では組織の学習成果は測れない」とするのが「認識の変化を組織学習の成立」とする立場です。人や組織は真に学習していなくても、表面的かつ一時的に行動が変わることもあるというスタンスです。
この場合の「認知の変化」とは、組織としての物の見方や世界観、組織行動の拠り所となる価値観やロジック、物事の因果関係の捉え方などに変化が生じることを指しています。

4)ルーティンの変化
最後に取り上げられているのが「ルーティンの変化を組織学習の成立」とする立場です。組織学習のレビューを行い、論文にまとめたフーバー(G.P. Huber, 1991)の「情報処理を通じて、学習主体の潜在的な行動の範囲が変化したとき、その主体は学習したとみなせる」という主張を引きながら、この立場の解説を行っています。
この立場は、「学習の結果が行動の変化という形で表面化するまではタイムラグがあるのが一般的だが、行動の変化が現れるまで学習が生じていないかといえば、認知面の変化が潜在的に行っている可能性があり、いずれ表面的な変化として顕在化する」という考え方です。

潜在的な行動変化に該当するものとして「存在に関する捉え方、認知する対象の広がり、認知の仕方の入念さ・精密さ、認知の徹底さ」に関する4つを取り上げ、いずれか1つでも該当すれば組織学習が成立したことになるとみなされます。
(なお、この立場では、認知的な変化に基づく顕在的な行動変化も組織学習とみなしています)

「知識の変化」「行動の変化」「認知の変化」それぞれの弱点を補う考え方として現在ではこの「ルーティンの変化」が最も有効な考え方として評価を受けているとのこと。

「ルーティンの変化」を組織学習成立の要件とするのは理にかなっていると感じる一方で、組織学習を推進していこうとする場合、学習が成立したかどうかを判断する評価基準の作成がやや困難だなと感じました。

「存在に関する捉え方、認知する対象の広がり、認知の仕方の入念さ・精密さ、認知の徹底さ」を定量的に判断するのは難しく、どうしても定性的な調査(入念な観察やインタビューなど)が必要になると思います。とはいえ、人数の大きな組織で一人一人に定性的なインタビューをしていくことは現実的ではありません。これらを加味した上で、適切な評価方法をつくっていくことが今後求められていくだろうと思います。

組織学習メカニズムの全体像を把握する

鳥の目で組織学習を捉えるパートでは、組織学習の効果の高め方について、いくつか実践的に有用な示唆がされています。

例えば
- キーパーソンの離職や移動は、その組織の未来の学習効率だけでなく、これまで蓄積してきたはずの組織の記憶も損なうこと
- 学習率が高いチームとそうでないチームを分けていたのは、手順や役割、職能を超えてチームとしての価値観を共有しようとする姿勢にあったという研究
- 学習率向上にとって重要なのは、その組織において「誰が何を知っているか」という情報を組織メンバー同士が十分に共有し、理解しあっていることなど。

一方で、既存のルーティンで成功した組織が、過去の成功に囚われて環境の変化についていけない場合や、組織同士の過度な競争により業界全体が疲弊し、共倒れする場合など、様々な学習のジレンマを引き起こす要因として、低次学習*と高次学習**のバランスが指摘されています。

*低次学習:既に形成された関係性の中で、組織行動を部分的、表面的、短期的に調整する焦点かされたルーティン・ベースの学習
**高次学習:組織の核となる規範や参照枠組みの変革を通じて、物事の因果関係や新たな行動についての新たな理解を構築する学習であり、組織全体に影響を及ぼすもの

この2種類の組織学習を両立しようとするマネジメントのことを「組織的な両利き」、または「両利きの経営」と呼び、近年注目が集まっているとのこと。(「両利きの経営」については先日、日本語訳された書籍もでており、CULTIBASE Labでも解説動画を配信しています。)

「両利きの経営」という概念も、CINIIなどの論文検索サイトで探してもほぼでてこない状況で、この分野の研究は日本で発展途上(だが研究する価値が十分にある)ということをしみじみ感じます。

組織学習のフェーズ別のマネジメント

ここでは、組織学習サイクルを構成するサブプロセスを「知識の獲得」「知識の移転」「情報の解釈」「組織の記憶」の4つに分け、各プロセスにおける特徴、論点が紹介されています。

細かな内容は割愛し、個人的に示唆的だった内容を一部取り上げると
- 知識の移転を考える際には、知識の複雑さや知識の種類・性質といった観点に加え、送り手/受け手の状態や組織構造が影響すること。
- 情報の解釈において、解釈の傾向を変換するにあたっては、組織の内部事情に精通し、組織に対する影響力のある、外部者の視点をもつ人物による組織への介入が効果的であること。
などがありました。

組織学習論のこれから

組織学習論は今後、研究対象の拡大と深化が進んでいくと予想されます。なかでも、その組織における当事者のみで問題解決を図る「部分最適」ではなく、その組織が埋め込まれている社会経済システムを捉え、一見当事者ではない組織や人々も包含した「全体最適」を目指す必要がある、と本書の最後に締め括られていました。

組織学習に関する研究が広範囲にわたってレビューされており、(実践的な具体例などは少ないものの)実務的にも示唆に富んだ内容でした。組織づくりに関わっている方、組織の中で事業を推進されている方におすすめの一冊です。

なお、組織ファシリテーションの知を耕すWEBメディア『CULTIBASE』でも、組織学習や組織開発や組織デザインといった、"組織"をファシリテートする方法について、日々アップデートした知見を紹介しています。よろしければぜひあわせてご覧ください。


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