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【子育て2.0】第3章(事例2)発達のんびりホンワカだいきくん

だいきくん

だいきくんは、おっとりしていて、優しくて、寛大で、いつもニコニコしていて、ストレスが少なく、平和を好む男の子でした。出会った時は4歳。運動はどちらかというと苦手。折り紙やハサミなど、手先を使うことも苦手でした。そして、物事を順序立てて覚えたり、指示を聞いてその通りにしたりすることにも苦労しました。どうも、単純な指示でもわからないことが多いようなのです。

例を出してみましょう。
みんなでくるみクッキーを作っていた時のことです。数人のグループに分かれて作業していました。くるみを金槌で割るグループ、割れたくるみの、殻と実の部分を分けるグループ、クッキーの生地を練るグループがありました。だいきくんは2番目の、「割れたくるみから実を取り出す作業」のグループに入っていました。同じような色のくるみの殻と実を手触りと形で判断して、食べられる部分だけを取り出す作業です。みんなは楽しそうに作業しています。けれども、だいきくんの手は止まったままです。だいきくんは、何をどうしていいのかわからないようでした。何度か見本を見せて説明してみましたが、ポカンと口を開けて首を傾げているので、あまり気にせず進みました。
作業は次の段階に入り、みんなでクッキーの生地を丸めます。先生がスプーン一杯くらいのクッキー生地にくるみの実を数個混ぜて、子どもの手にポンと乗せ、子どもがそれをくるくるひとまとめにし、オーブンシートの上に置いていくのです。いわば、ねん土のお団子作りのようなものです。
あぁ、よかった、今度はだいきくんも手を動かしています。と思った矢先に、私は思わず二度見してしまいました。よく見てみると、彼は「くるみ入りのクッキー生地」から、せっせとくるみを取り出していたのです。生地でベタベタになったくるみを、一生懸命取り出していたのです。
ん…、くるみを取り出すというひとつ前の活動内容が、今やっとわかったのかな?

そんな感じで、だいきくんにはできないことも多かったのですが、いろいろと様子を見る限り、発達を妨げる要因は特には見つかりませんでした。

発達が遅れ気味な子

このような子どもの場合、一般的には「理解力や手指の巧緻性の発達が遅れ気味」と判断され、「こんな練習をしましょう。」「こんな作業をさせましょう。」という指示が出ることが多いと思います。そのための楽しい教材などもたくさん出回っていますし、もし「始めるのは早ければ早いほどいい。」などと助言されれば、焦って「特訓」を始める人も多いことでしょう。

しかし、こんな時こそ、大事にしたいのが「金の箱」の存在です。
その子の「金の箱」に一体何が入っているのか、を知ろうとすること。そして、その子がちゃんと「金の箱」の中身を使って生きてくことができるよう、「重い思考」がのしかからないような育て方をすることが大切です。今ハサミを上手に使えるようになったとか、小さな円を描けるようになったとかいう 「表面上の能力」だけを見るのではなく、だいきくんが今後の人生で、いかに自分の特徴を活かして幸せな気持ちで生きることができるのか、ということに着目したいのです。

実は、この時期の子どもは何かをトレーニングすれば 、(発達を妨げる他の要因がある場合を除いて)ほとんどの場合ちゃんとできるようになります。達成までのスピードが早いか遅いかの個人差はありますが、 何かを練習をすれば、それなりにちゃんとできるようになるのです。もともと発達が遅めの子でも、練習をすればそれなりにできるようになるし、早期教育をして他の子よりも早めに何かを教え込めば、それなりに早めにできるようになるものなのです。

しかし、ここで問いたいのは、訓練すればできるようになるのだから、訓練させるべきなのかどうか、と言うことです。訓練することで、発達の遅れを「平均値」目指してがんばったり、「平均値」から突き出ることを目指したりするべきなのか、ということを考えたいのです。

実はとっても悔しかった、だいきくん

出会った当初のだいきくんは、自分の苦手なことをする時はいつも首を傾げたまま動きが止まりました。彼は、「自分は他の子よりも、うまくできない。」と、ちゃんとわかっていました。おっとりした顔の奥に、プライドがありました。だから、他の子と比べて自分だけができていない時には、おっとりニコニコしているように見えて、とても落胆し、悔しい思いをしました。

彼も、「4つの望み」をもって生まれてきているのです。みんなとつながりたい、成長したい、人の役に立ちたい、困難を乗り越えたい!と強く望んでいるのです。でも、同じ経験をしても他の子みたいにうまく成功できない自分。置いてけぼりの自分。人に助けてもらうばかりの自分…。
生まれもった体の特徴のため、同じ年齢の子よりもゆっくりしか成長できない自分のことが、悔しく無いわけは無いのです。もっと成長したいのです。みんなと一緒に進みたいのです。

そこには大きなストレスがありました。

もし、そんなだいきくんを平均値と比較して「みんなに追いつくようにがんばろう。」と言ったり、競争社会の概念で「落ちこぼれないように救ってあげなくては。」と無理な練習をさせたりしたら、どうなるでしょう。
「成長したいけど、うまくいかない。」という彼のジレンマが、「自分は劣っているんだ。」という「重い思考」に変わるかも知れません。そして、その「重い思考」は、だいきくんの「金の箱」にのしかかり、彼は元気を失くしてしまうでしょう。やがて元気を失くしただいきくんは「どうせぼくは、何をやってもダメなんだ。」と思い始め、この先のあらゆる学びの場において、彼をあきらめさせてしまうことになってしまうでしょう。

「無理にさせるなら泣いちゃうぞ。」という作戦

実はだいきくん、もう少し専門的な見方をすると「自分が劣等感を感じそうな場面」を上手に避けて生きていました。

自分が苦手なことをする場面になると、かわいくおっとりとした赤ちゃんみたいな態度で首を傾げてぼーっとして、「ちっとも理解できないよ。」「僕には無理だよ。」「トレーニングは好きじゃないよ。」「無理にさせるなら泣いちゃうぞ。」という無言のメッセージを放っていたのです。
そうなのです。彼はやってもできないだろうことは、わざと経験しないでおく、という方法をとっていました。赤ちゃんみたいに振る舞うことは、彼の作戦でもあったのです。
やってみてから、「みんなはできるのに、やっぱり自分だけはできない。」と悔しくて惨めな思いをするよりも、できないキャラとしてみんなに助けてもらうことで、人とつながって生きていく方法を選び始めていたのです。
けれども、この作戦のままでは、ますます彼の成長を遅らせてしまいます。だっていくら〈成長するための経験の機会〉を準備しても、彼は自らそれを逃しているのですから!

そんな彼には、新しい作戦が必要です。
子ども時代のうちに、新しい思考、新しい行動パターンに作り変えるチャンスを与えることこそが、だいきくんがその後の人生を楽しむための、最高のプレゼントになることでしょう。

でも、他のみんなと同じ経験をしても成長がゆっくりなだいきくんが、「重い思考」をもたずして能力を最大限に伸ばすために、一体どんなことができるのでしょう?

「自分は劣っているんだ。」なんて、確認する必要はなかった

まずは、だいきくんが「成長するって楽しい」と思える体験を増やすことだけを考えました。そのために、「苦手なことを特別に練習する」ことは、一切しませんでした。彼が、5歳の時に3歳っぽいことをしていてもOK。常に「スモールステップ」を踏み、「少しだけがんばれば成功できる課題」を出し続けて、成功体験を積み重ねました。

常に「少し前のだいきくんよりも、今のだいきくんの方が確実に成長している。」ということだけを話題にしました。他の子とは比べずに、だいきくん自身の成長に目を向けました。「自分が他の子よりも劣っているんだ。」なんて、確認する必要はないのです。発達が早いか遅いかなんて、本人は気にしなくてもいいのです。気にするべきなのは、「ゆっくりでもいいけれども、確実に成長しているかどうか。」ということなのです。もし、順を追って成長していなかったり、ある特定の部分でつまづきがあるようならば、それを乗り越えるための適切な対策を練りながら、少しずつでも確実に進むことが大事なのです。

だいきくんは、4歳の頃はよく泣きました。すぐに「フェ〜ン」と泣きました。いじけることも多かったし、新しい体験を怖がることもありました。カルタなど、だいきくんにとってめんどくさいことは、こそ〜っと抜け出すくせもありました(笑)。

定期的に一斉活動をすることで、だいきくんが一斉学習の場でどんな風になるのかを知る機会もつくりました。その中で、だいきくんが4歳当初の「赤ちゃん作戦」のを止め、代わりに「みんなと一緒にやってみて、できないことはみんなに聞く。」という作戦に、徐々に切り替えていった事がわかりました。「人とのつながり」が楽しくなるにつれ、「みんながやっているから、ぼくもやりたい!」と思えるようになっていったのです。
この小さなメモ用紙いっぱいに書かれたたくさんの人物像を見ると、彼の心にどれだけたくさんの仲間が存在しているのかがわかります。これは、たった一年前までは「人の絵をかく」なんて一番苦手で、逃げたり泣いたりしいただいきくんが、ぐんぐん伸び始めた5歳の時期の絵です。

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だいきくんは、6歳半で卒園する時までの達成目標をつくり、そこに向かって小さな階段を確実に登っていきました。ペースが一般の子よりのんびりでも、劣等感を一切感じることなく、「自分はやればやった分だけ、ちゃんと成長できるんだ。」という信念が、徐々に固まっていったのです。

『秘密のお手紙交換』という企画

だいきくんにとって、「文字の読み書き」は簡単ではありませんでした。
けれども、「文字が使えると楽しい!」という感動を巻き起こす活動をどんどん企画し、その中で育てました。
一番ヒットしたのは、『秘密のお手紙交換』という企画。クラスに子ども全員分の個人の郵便箱を設置し、製作コーナーに便箋や封筒、自分の便箋を作れるセット、カード、あいうえお表、ひらがなスタンプなどを用意しておきました。
子どもは人とつながることが大好きです。朝一番に自分の郵便箱を開けて、誰かからのお手紙が入っているかな〜と、それはもうみんなでわくわくしました。わくわく感が増すように、「お手紙を誰かのポストに入れる時は、そっと内緒で入れる。」というルールだったので、『秘密のお手紙交換』という名前でした。

お手紙をくれた子にはお返事を書きます。なかなかお手紙をもらえない子には、お世話好きな子が入れておいてくれます。クラス全員にお手紙をあげたい子もいます。お手紙をもらえば、必ず返事を返します。お返事が欲しいから、自分も多くの子にがんばって書きます。文字が書けない子は、あいうえお表を見ながらひらがなスタンプを使います。読めなくても周りの子がちゃんと教えてくれるので大丈夫です。
切手みたいなシールを貼って、本物のお手紙のようにして出す子もいれば、A4の紙に書いて雑に折って、そのまま投函する子もいました。どの子もそれぞれに刺激を受け、この企画は結構長い間続きました。そして、最後にはクラス全員と何度も文通するまでに盛り上がりました。
私自身もやっぱり、自分のポストに何かが入っているとわくわくしました(笑)。私のお気に入りはある男の子の「う○ちシリーズ」で、お手紙のどこかに「う○ちマーク」が必ず隠れている、というものでした。

こうして、だいきくんも人とのつながりを楽しみながら、「文字の読み書き」にも親しんでいきました。
また、数字や数を数えることなども同じような感じで、『お店やさんごっこ』がかなりの盛り上がりを見せ、遊びながら楽しく習得していきました。その時は、クラス全体で「ニセ札づくり」が大流行りし、みんなでお金持ちになりました(笑)。

だいきくんは、創造力や「自分で遊ぶ力」がどんどん育っていたので、「おもちゃがなくても遊べる子」になりました。いつもおもしろいことを考えつくので、みんなもだいきくんが大好きでした。彼が最年長だった年には、3歳児のもめ事に「平和的な解決策を出してくれるお兄ちゃん」という存在として、みんなから頼られました。
いつも穏やかで、優しくて、明るくて、友好的な性格のだいきくん。彼が、自分の特徴を活かして、どんどん前向きに成長していき、「うん、これならもう学校に上がっても大丈夫だ。」と確信できてうれしかったのを今でも覚えています。

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こうして、だいきくんは卒園までに無事目標を達成しました。異年齢クラスだったわが園では、卒園する子どもが在園児とご両親宛てにお手紙を残します。「みんなへ」「お母さん、お父さんへ」と書かれただいきくんのメッセージには、自分のやさしい思いを表現した文章と、彼らしいふわふわとしたかわいい絵がかかれていました。それを卒園式でみんなの前で読み上げ、大きな拍手と涙をもらいました。
彼はこうして自信を失くさず、自分なりに成長する喜びを感じて、立派に小学校に上がってきました。

だいきくんの「金の箱」

その後何年か経ったある日のこと、私はだいきくんの話を聞く機会がありました。
当時彼は中学生になっていました。その話を聞いた私は、正直びっくりしました。なぜならば、
「だいきくん、毎日勉強ばかりしているよ。勉強が趣味なんだって! 」と教えてもらったからです。私は、
「え?あの、のんびりのだいきくんのことだよね?」と、思わず確認してしまいました。彼のご両親は、勉強を無理矢理させるような感じの方ではなかったので、なおさらびっくりでした。
話を詳しく聞くと、どうやらだいきくんは「勉強が楽しくて楽しくて仕方ない!」とのこと。学力もトップクラスで、自信に溢れているのだということでした。

このだいきくんの話は、「どんな思考をもつかによって、人生は大きく変わる。」ということを教えてくれました。
だいきくんの「金の箱」には、「安定した情緒」「コツコツできる根気良さ」「周りと楽しくやっていける明るさ」「周りの助言を素直に受け止める性格」といった〈性格的特徴〉が入っていました。彼が、「僕は、やればやった分だけ、できるようになるんだ。」という信念のもとにそれらの素晴らしい〈性格的特徴〉を活用し、今も元気な心でキラキラしている様子が目に浮かびます。

だいきくんが卒園する頃の『保育日誌』を見返してみると、こう書かれていました。
「だいきの根気の良さには、この3年間かなり感動した。もともとの、手先があまり動かないと言うハンディを、この根気で見事に見事に乗り越えた、努力の人」と。

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(第3章事例3につづく)

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