つよつよに見られる苦しさと、そこから進む方法

11月初めは、毎年何故か体調を崩す。今年は大丈夫だ~と思ったのもつかの間、昨日になり、のどや身体のふしぶしの痛みと微熱が発生してきてダウンした。幸いだったのはコロナでもインフルでもないとわかったことだ。

体調不良になると、どうもメンタルも沈みがちになる。心と身体はつながっているので当然かもしれないけど、そんな中では、アウトプットして、自分を客観視した方がかえってスッキリしそうなので、ぼやーっとしながらもnoteを書いてみている。この場があってよかった・・・!

こんな時には、自分の考えグセとかにも気づきやすい。ちなみに今日テーマにしている「つよつよ」とは、今週初めに会食した、ある会社の人事室長さんとも意気投合した話題なのだけど、「強気な人」「できる人」「いつもきちんとしてる人」と見られる、そんなことを指している。

私は昔から、つよつよに見られることが多い。家族や、親友や恋人など、関係性が近くなるとそうは思われてないと思うが、普通に接している関係性の人には「強気な人」「問題なくできている人」そんな風に思われやすい。これは、例えば仕事をいただくとか、そういう点ではもちろん悪いことではないと思うし、期待をいただき、それを受ける際には、必ず応えようとはするので、ある意味よいエンジンにもなっているのかもしれない。

でも、実際の私は、いつもつよつよなわけではないので、例えば、「いやいやそんなポジションでの仕事はさすがに自分にはできないのでは」ということを任されそうになったり、恋愛のシーンでも、明らかに本来の私に対して、よいイメージを持ちすぎてるなこの人、と思うと、相手のことを好きであっても、なんだか本当の自分を見せるのが怖くなって、少し遠ざけてしまうということがある。つよつよなイメージもあるから、相手にはおそらくこの葛藤は伝わらない。何なら、どこかでつよつよでありたくて、そう振る舞っている自分すらいるのかもしれない。自分の不器用さに滅入る。苦笑

前述の人事室長さんは、人生の先輩なのもあって「昔からできる人と思われる人生で、しばらくはいえいえと否定してたけど、今はもう、そう見えるならそれでいいやと割り切っている。その後、任されたことがうまくいかなくなったとしても、こちらだけが悪いわけじゃない。半分は頼んだ人の責任でもあるし。笑」と解脱(げだつ)していた。確かにそうかもしれない。でも私にはおそらくもう1ステップ必要で、それは、「そう感じてしまう、たった今の自分を認める」ということなんだろうと思う。

「相手がいいと言ってくれてるんだから、やればいいじゃん」多くの人はそう言う。チャンスとはそうやってつかむものなのもよくわかる。そこをエイっと飛び込むのも実際、とても重要だったりする。でも、頭でいくらわかっていても、人間、そうできない時というのもあるんだよね。

こうした「できない自分」を認めようと思えるようになったのは、いろんな本読んだりとかもあるけど、キャリアコンサルタントの勉強をしたことも大きい。クライアントさんが、こうしたことで悩んでいる時に、「思い切りやればいいじゃん」というアドバイスを急にすることはキャリアコンサルティングでは絶対にない。そんなことをしたら、クライアントさんをかえって追い詰める可能性もあるからだ。そして実際に「そう思っちゃうんだね」と、何も評価せずに自分の気持ちに寄り添ってみると、「理想のふるまいができない自分」を責めるということはなくなり、気持ちがすーっと軽くなる。結果、このプロセスを経た方が、自分に合った進み方を組んでいくことができる。

そんなわけで、今日明日は休み休み、今自分が感じている様々なことを振り返って、現在地を正確に確認しながら、どこに向かいたいかを改めてぼんやり描いてみようと思う。何せ、元気な時だと人と会う予定を入れてしまいがちで、この時間を持つことがなかなかできないから。

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