見出し画像

理科室 9時PM

僕は水野ケン。5年生だ。
算数の宿題をやろうとしたら、ノートを忘れてきたことに気づいた。明日ノート提出なのに困ったな。算数の先生、こわいんだよ。

今は夜の9時。学校、まだ開いているかなあ。お母さんはテレビに夢中になってる。

よし、今のうちにこっそり学校まで行ってこよう。

お母さんに気づかれないようにそーっと玄関のドアをあけて外へ出た。自転車で行きたいけど、ガチャガチャ音をさせたらバレるから走っていく。走れば5分もかからない。

外から見ると、僕のクラスの教室は真っ暗だ。しまった、スマホを家に置いてきた。スマホがあればライトにできるのに。昇降口は鍵がかかっていて入れないだろうな。

やった、ラッキーだ!ゴミ捨てに使う裏口の鍵が開いてる。校舎の中は真っ暗だけど、窓から外の光が入るから廊下は思ったより明るい。無事に教室のロッカーの中からノートを取り出して、エコバッグにしまった。

…あれ、こんな時間なのに理科室の電気がついてる。
僕の学校はちょっと洒落たつくりで、一番端っこの特別教室のところだけガラス張りの六角形になっている。理科室は一番上の4階。理科室の様子をちょっとだけ見に行ってみよう。

理科室に近づくと、ガチャガチャ音がする。入口のガラス窓に近づいて、中からは見られないように斜め後ろから覗いてみる。

白衣を着た人が見えた、あれは「きゅうり」だ。「きゅうり」は理科の石川先生のことだ。ひょろっと背が高くて緑色のポロシャツをよく着ているからクラスの女子がそう呼び始めて、今では先生がいないところではみんな「きゅうり」って呼んでいる。

「おいっ、水野君。どうしてこんな時間に学校にいるんだ」

がらっと引き戸が開いて「きゅうり」が出てきた。…見つかっちゃった、どうしよう。

「あ、あの。ノートを学校に忘れて、取りに来ました」

言いながら理科室の中に目をやると、教卓の前に見たこともない大きな銀色の機械があって、それがブーンとうなるような音を出している。

「石川先生、あれは何・・」

何の機械か聞こうとすると、先生は僕を理科室に押し込んで引き戸を閉めた。
「いいか、水野君。今理科室で見たことは誰にも言ってはいけない」
石川先生は僕の目をまっすぐ見て言った。きゅうり、いや、石川先生は普段はたいてい理科準備室の奥に静かに座っていて、生徒とあまり話さない。でも今日の先生はどこかいつもと違うみたいだ。

「はい…」

機械の音がますます大きくなってきた。その機械にはいくつものメーターやスイッチが並んでいる。先生は僕のことなんて目に入らないみたいに機械の前へ走っていって、メーターを確認している。

なんだか、ここにいちゃいけない気がする。このまま帰った方がよさそうだ。引き戸を開けようとするけれど、びくともしない。
「開かないよ。」
足もとから声がする。びっくりして足もとをみると、理科室で飼っているハムスターのちょろ吉だ。
「まさか、ちょろ吉がしゃべってる…」
「ケン、僕はちょろ吉じゃないよ。本当はデビン・マクファーソンって言うんだ。それなのに君たちがちょろ吉なんてダサい名前をつけるからイヤになるよ」
「なんでハムスターなのに…」
「ハムスターじゃないよ。僕は宇宙から来たんだ。ハムスターに似てるけど僕らはすごく高度な知能を持っている生物なのさ」
「ちょろ…じゃなかった、えっと、デビン・マ?」
「マクファーソン。マックでいいよ」
「マック、あの機械は何?」
「水野君、私はマックに協力してもらって実験を進めているんだよ」
先生がマックより先に答えてくれた。マックは、すばしっこく先生のズボンを駆け上がって、白衣の胸ポケットに入って顔だけちょこんと出した。やっぱり、かわいいハムスターにしか見えない。本当にマックは宇宙から来たんだろうか。
「マックは太陽系の外から来たんだ。マックの星は小さいから、生物はみんな体が小さいそうだ。その星は地球よりずっと科学技術が進んでいるから、これからいろいろと教えてもらおうというわけなんだ」
「マックは、どうやって宇宙から来たの?」
「僕らは転送装置を持っているから、宇宙船がなくても星から星へ移動できるんだ。僕の星から地球へ一回では転送できないから、何回か転送を繰り返してきたのさ」
「へえ。じゃあ、その装置を使えば、僕たちも宇宙へ行けるの?」
「地球人の身体は転送に耐えられないから、今のままじゃあ無理だね」

…ブーッ、ブーッ、ブーッ

けたたましくブザーが鳴り始めて、機械の赤いランプがチカチカし始めた。

「3分前です。カウントダウン、開始します」
機械の音声で、カウントダウンが始まった。いったい、何のカウントダウンなんだ。
「水野君、こっち」
先生が壁に埋め込まれた白いボックスをあけて小さなスイッチを押すと、出窓の下の棚の戸が開いて中から歯医者さんのようなシートが飛び出してきた。理科の実験道具が入っていると思っていた棚にこんな仕掛けがあったなんて。だからいつも鍵がかかっていたのか。理科係の僕が知らないんだから、誰も気がついていないだろう。シートは3つ並んでいて、窓の方を向いている。
…なんで今日に限ってスマホを忘れたんだ。動画を撮ったらクラスで大ニュースになるはずなのに。
「座って」
先生は真ん中のシートに座りながら言った。僕は、先生の右のシートに座った。ノートが入ったエコバッグはシートと背中の間に挟んだ。マックは先生の胸ポケットに入ったままだ。
…ギュイーン…ガチャッ
シートの両肩のところからシートベルトがのびてきて、腰の横でがっちり留まった。

「…2分前です」

「水野君、このサングラスをかけて」
渡されたサングラスをかけると、先生が身を乗り出してきて僕の胸に光るバッジをつけた。そして先生もサングラスをかけて、シートに深く座った。
「絶対にサングラスを外すなよ」

「60秒前。59、58、…」

「水野君、シールドが閉まるけど、お互いの声は聞こえるし話せるからな。非常事態には胸のバッジを押すんだ」
非常事態って?何が始まるの?アタマの中は疑問で一杯だったけど、質問するのはあきらめた。だって、もうカウントダウンはあと30秒だ。

…ウィーン…

シートをすっぽり覆うように透明なシールドが閉まった。カプセルに閉じ込められたみたいだ。
「ケン、怖がらなくても大丈夫だ。肩の力を抜いて座っているんだ」
マックの声がした。
「うん」

「10秒前。10、9,8,7,6,5,4,3,2、」
ドドド…ドッカ―ン!

バリバリという音と一緒に、お尻にビリビリと衝撃が伝わってくる。体が浮かび上がりそうだ。僕は、思わずギュッと目をつぶった。

それから、何分たったんだろう。すっかり静かになっている。眠ってしまっていたのかな。僕は目をあけた。

「わぁーっ!すごい!」
僕の目の前には真っ青な地球が見えていたのだ。
「ここは、宇宙?」
「やっと気がついたようだな。君は気絶してしまっていたんだ」
マックの声だ。
「水野君、理科室は宇宙船なんだ。これは、政府も知らない秘密プロジェクトで、私は日本のチーム・リーダーなんだよ」
石川先生は学校ではちっとも目立たないのに、そんなにすごい人だったんだ。

「あれ、マック。いつの間にこっちに来たの?」
いつの間にかマックが僕のひざの上にちょこんと座っている。
「転送だよ。僕はこの程度の移動なら簡単なんだ。だけど、転送ばっかりしてると足が弱っちゃうだろ。だからいつもあのオモチャみたいな輪っかで走っているんだ」
そういえば、ちょろ吉のケージには回し車が入れてあって、よく走っていたっけ。
「ケン、君は理科係だろ。僕のエサ、あのまずい緑色のエサはやめてくれないか。君の家からちょっと野菜とか豆腐とかを持ってきてくれるだけでいいからさ、あの緑のはやめてくれよ」
「わかった」
「僕は小さいから、ほんの少しでいいんだ。頼んだよ」

目の前に広がる真っ青な地球は本当にきれいだった。でも、少しだけ赤茶色になっているところがある。
「水野君。あの茶色いところは汚染されているところだ。あれが広がらないようにしなきゃいけない。そのためにマックたちに協力してもらうんだ」
「僕たちの技術を使えば月で野菜を作ることなんかもできるから、食料不足解消にも役に立つはずだよ」
「理科室のメダカやプランターの野菜は、宇宙でも育つか見るためにあるんだ。水野君はこの秘密を知ってしまったからには、このプロジェクトの一員になってもらう」
「えっ。僕が?」

理科室…というか宇宙船が旋回すると、今度は白い月が大きく見える。
「今回はテスト飛行だからもう帰るよ。水野君の当面の仕事はマックの食料確保だ。理科室の生物の世話も気にしておいてくれると助かるよ」
「わかりました」
「君は、この状況でも泣いたり騒いだりしなかった。プロジェクトの一員になっても大丈夫だ」
…僕が宇宙プロジェクトの一員?すごい!

キキィーン…ドッカーン!!

爆発音が聞こえて、そこでまた僕は気絶してしまった。

次に気がついた時には、僕は真っ暗な理科室の前の廊下の壁にもたれて座っていた。

…全部、夢だったの?

腕時計を見ると、9時45分。家を出てから1時間もたってない。やっぱり、夢だったのか?胸を触ると、あった!銀色のバッジがついている。

…やっぱり、夢じゃなかったんだ。

とにかく、お母さんが心配して探しに来ないうちに家に帰ろう。

翌日、僕は早起きして、ちょろ吉、というかマックのために学校へ野菜を持って行った。学校のハムスターのためだと言ったら、お母さんは喜んで野菜を分けてくれた。野菜を持って理科室へ行くと、マックは回し車で走っていたが、僕を見るとちょっと止まってうなづくみたいにこっちを見た。

石川先生はいつも通り緑色のポロシャツを着て理科準備室の奥に座っていた。

だけど、夜にあったことは夢なんかじゃない。だって、家に帰ってから算数のノートを開いたら宿題が全部終わっていたんだ。そして、きゅうりのイラストがついたメモ用紙が挟まっていて、こう書いてあった。

ー最初のミッションお疲れ様。次のミッションはまた連絡するー

この記事が参加している募集

いただいたサポートは、素敵なnoteのサポートや記事購入に充てさせていただきます✨