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シャイな神様

願いを叶える方法で一番いいのは、
神様に直接お願いをすること。
なぜなら、神様は必ず私たちの願いを叶えてくれるから。
ということを前回は書いてみました。

こんにちは ファーティマ松本です。

『我に祈りなさい。我はあなた方の祈りに答えるであろう。』
(クルアーン 40:60)

と、神様はこのようにクルアーンの中でおっしゃっています。

そして預言者ムハンマドさん(彼の上に平安あれ)は、
そんな神様について、このようにおっしゃいました。
「本当に、あなた方の主はshyで太っ腹であられる。」

shy?
恥ずかしがり屋さんという意味ですよねー?
神様が恥ずかしがり屋さん、なんてちょっとびっくりではありませんか?
これ、どういう意味かと言うと
預言者さん(平安あれ)はこう続けています。
「私たちが手を上げて願うとき、(アッラーは)その手が空っぽのまま元に戻ることについて恥ずかしがる。」
ということらしいです。

そういえば、、、、、
昔、昔、私が小さかった頃
近所にいつもお菓子をくれるおばさんがいました。
会うと必ず「あっ、ちょっと待ってて」と何かしらのお菓子をくれたものです。(懐かしい!)
私が相当可愛かったのか、または相当腹をすかしているように見えたのか、
それは分かりませんが、、、(多分前者)
私はとにかくこのおばさんは”必ずお菓子をくれるんだ”と信じていました。

ある日のこと。
友達と一緒に遊んでいた私は、小腹がすいてきたのでその友達と一緒におばさんの家に行くことにしました。
そして「なんかお菓子ちょうだい」と恥ずかしげもなく言ったのであります!!
おばさんはもちろん「ちょっと待っててね」といつものようにお菓子をたくさんくれました。
(迷惑なヤツ!)
この時おばさんは、わざわざ(!?)家まで来た私に、もしお菓子を与えなかったとしたら
「アーア、可哀想なことをしちゃった」って、きっと思うでしょうねえ。
(勝手に来た私がただ図々しいだけなんだけどさ)

神様もこのように、思われるのかもしれませんね。
私たちがたっくさんのお願いをしているのに、
「それを叶えないなんて、恥ずかしい」と。
何しろ神様は、私たちのどんな願いも叶えることが出来るお方ですから。
出来るのにやらない、与えないのは優しい神様の意に沿わないことなのでしょう。

どれだけ神様が私たちの願いを叶えることができるか、、、ご存知でしょうか?
それは
「最初の人間から最後の人間まで、
 最初のジンから最後のジンまで
 全ての者が一同にそして同時に
 思い浮かぶ全ての願いを願ったとしても
 (神様は)そのもの達全員の願いをぜーんぶ一つ残らず叶えることが出来る。
 そしてそれを行うことにより、減るものなど少しもない。」
そうです。

”神様はなんでも出来る”
”神様は太っ腹(寛大)である。”
”願いを叶えてあげたい(慈悲深い)”
ということを頭において、
さて、
次に行きたいと思います。

神様に直接お願いをすることをドゥアーと言います。
このドゥアーというのは、単にお願い事をする、といったものではなく
非常に重要な意味がそこに含まれています。

預言者さん(平安あれ)はこうおっしゃいました。
「ドゥアーは崇拝の本質(または本髄)である。」

随分と前になりますが、
「どうして神様は人間を創ったのか、人間創造の目的とは何か」と
いったことを書きました。(壮大なスケールの記事だったなあ)

その時の答えは確か
「神様を崇拝するために、人間は創られた。」と書いたと思います。

その崇拝の本質(本髄)に当たるのが、このドゥアーというわけです。

では、
どうしてドゥアーってそんなにすごいんだ?
なんで本髄とまで言われるんだ?
ということについては
次回に続かせていただきます。

今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。
みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!

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レビューが、少しづつ増えてきています。
レビューを書いてくださった方々、本当にありがとうございました。

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