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田中弘基の作曲とゆめいろさがしの世界(田中弘基インタビュー②)

【プロフィール】
田中弘基(たなかひろき)
1999年生まれ。兵庫県神戸市出身。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校作曲専攻を経て現在同大学作曲科4年に在籍。作曲を斉木由美、小鍛冶邦隆の各氏に師事。
2019年学内にて自作品のみによる「個展演奏会」を企画・開催。
2020年度公益財団法人青山音楽財団奨学生。

1. 「音そのもの」を見る

——ここからは作曲に関して教えてほしいのですが、田中さんが一番主軸としている作曲の活動で、どのように考えて制作していますか?
最近の作品から話を広げるのがたぶん一番わかりやすいと思うんだけど、この間モーニング・コンサートで、奏楽堂で演奏されたオーケストラの作品、『ループ/ソニックⅡ』が自分が主軸としてる作曲の中の一番新しい作品だし、自分の考えが一番反映されてるかな。

*モーニング・コンサートについて*
『東京藝術大学奏楽堂モーニング・コンサート』は1971年の初公演から50年以上続いてきた歴史ある学生たちの研鑽の場で、選抜される学生の質の高さやオーケストラとの充分な練習時間の設定など、非常に高度な水準を維持してきた世界的に類を見ない企画です。作曲、声楽、ピアノ、オルガン、弦楽、管打楽の各専攻科から選抜された優秀な学生が各回2名ずつソリストとして、あるいは作曲家として藝大フィルハーモニア管弦楽団と共演し充実した演奏を行うことで、音楽家としての成長や研究のさらなる向上に寄与してきました。(東京藝術大学HPより抜粋)

2021年度 モーニング・コンサート 第3回

よく言われる「音楽が何かの感情・情景の表現だ」っていう言説に対して、現代音楽の作曲をしてるときに僕はすごく懐疑的なのね。「音楽によって音楽以外の何かを表現する」ことにすごく疑問を持っていて、「音楽を音そのものの構築物として客観的に見る」ことが自分の作曲のテーマかな。周りの多くの人が「この音はこういう感情で、悲しみで喜びで」っていう言い方をするものだから、次第に自分が捻くれちゃってというか(笑)。「音楽が表現するものは音楽そのものでしかない」っていうのが僕の考え方なのね。音楽が感情によって普遍的なんじゃなくて、知によって普遍的だっていう風に自分は捉えたい。作り手個人の主観や情緒を剥ぎ取って、音そのものを客観的に見つめたときに見えてくるものが、実は人間同士音楽を通して共有できるものじゃないかって思う。

——何かを伝える手段ではなく、音そのものの構築物として音楽を見つめているんですね。このような考え方にはどのように辿り着きましたか?
高校時代に作曲の師匠から、西洋音楽を、それ自身と不可分に結びついている西洋の言語や文化の理解を通じて知的に、構造的に理解することを教わった。それが僕にとって当時はすごく新鮮だった。それまでは僕はどちらかというと音楽を情緒で理解しようとしてたから。そう思って音楽を聴いたり勉強したりしてると、曲がりなりにも分かった気がしてくるっていうか。「やっぱりそうなんじゃないか」って思って。

——共に制作していて、田中さんは理知的に考える人である一方で、とても感性や直感を大切にしている印象も受けます。
そういうところはあるんだろうなと自分でも思う。だからこそ音楽はそうじゃなくしたいっていうかね。すごく本音を言うと、理知的に固めていく過程で、そのうえでどうしても滲み出てきてしまう情緒、まあ僕の音楽にそういうものがあるかわかんないけど、そういうものにも僕は関心があるのね。抑制されるから出てくるものっていうかさ。そこを聴きたいのかもしれないね。だからこそ、できる限り情緒に流されることなく「音そのもの」についての探究をしていく、「音楽についての音楽」を作りたい。音楽について説明する、音楽を表現する音楽を作りたいっていう。

他には、「音楽的な時間」を考える。クライマックスがあって、そこに向かって一直線に進んでいくような音楽って一番聴いててわかりやすいと思うんだけど、そういう一方向にだけ決定的に進む時間じゃなくて、より多層的な時間、あるいは進んでいるようで止まっていて、同時に止まっているようで進んでいる時間。現実に体験される時間は不可逆的で、一方向にしか進まない。一方で人間の記憶はさ、時系列順には必ずしも進まない。そういうことに関心があって音楽で表現したい。

例えば音楽を聴いて、最初から最後までを順番に思い出す人ってそんなにいないと思う。途中から思い出す人もいるだろうし、クライマックスから思い出す人もいるだろうし。何かそういう「記憶」のシミュレーションだよね。人間が音楽を聴取した結果として生じるはずの記憶との関係を逆転させるっていうか。さらに話を突き詰めると、可変性を有する形式っていう話になってくるんだけど。例えば演奏にあたってセクションの順番を入れ替えることができるとかね。そういう形式への関心もある。物語ってしまう音楽というよりも、音楽がより「即物的なもの」として存在する状態を作ることに関心があるかな。

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2. ゆめいろさがしの音楽

——田中さんの創作と比較して、ゆめいろさがしの作品には物語があり、田中さんの関心のど真ん中にある団体ではないと思います。その中でゆめいろさがしをやっていることをどう捉えていますか?
自分が主軸にしてる現代音楽の創作とは切り離して考えていて、あまり連続性はないかなと思う。自分が主軸にしてる創作だけで息苦しくならないように、別の世界を見るような感じでやってるところがある。

一方で共通している意識は「職業としての作曲家」っていう考えで。本当の意味でのプロフェッショナルな作曲家って、提示された条件の中で過不足ない仕事をすることだと思うのね。こう聞くとすごく味気ない感じがするかもしれないんだけど。自分の主観的なことではなくて、仕事としてやる、求められたものを書くということ。それもプロの作曲家として必要な技術だから、そういう意識の面では、自分が主軸としてる創作と近いかな。

——去年の公演を終えて、田中さんの中で何か変化はありましたか?
これまでは自分の純粋な音楽的なインプットから出発して作品を作ってたけど、別の分野、文章とか絵画とか、そういうものをインプットした自分の音楽ってこういう風になるんだっていう発見はあった。それは全然自分でも知らなかった自分の一面だったかな。仕上がった自分の音楽を聴いて、音楽が作品全体にどう溶け込んでるかっていうのを目の当たりにして、「ああこういう音楽的な一面も自分にはあるんだ」って、普段自分の作品を本番で聴いたりとかするのとはまた全然違った世界が見えた。「他のジャンルのインプットでこうなるんだ!」っていう発見だよね。それは普段自分が主軸にしてる現代音楽の作曲からだけでは見られなかったものだなって思う。

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3. ゆめいろさがしで共有できる価値観

——田中さんにとって、ゆめいろさがしはどんな団体ですか?
自分と価値観を共有できる人が揃ってるなと思う。前の作品のテーマがそうだったけど、弱者への眼差しとかね。そういう社会的なこと、社会に対する問題意識みたいなものを共有できる人たちだなって思う。そういうことを共有できる人って自分の経験上、だいたい他の価値観も共有できると思ってるのね。その点ですごく居心地が良い場所だなって思う。

——ゆめいろさがしはご自身の社会に対する問題意識を共有できる場所なんですね。田中さんの中でそのような問題意識はどのように形成されたものですか?
小学校3年生から4年生まで1年間父の仕事の関係でイギリスにいて、そこで体験したことが一番大きいかな。やっぱり外国にいる自分っていうのはマイノリティなんだよね。あっちはどうやったって悪意はないにせよ白人中心の社会だし、小学校はわりとみんな他の人種にも好意的だったんだけど、その中にもけっこう人種差別主義者みたいな教師もいたりして。すごく冷遇されたりした経験があったの。同じ学校のクラスに韓国人とかインド人の友達もいたけど、その先生は明らかにその子たちにも「そういう感じ」で接してるのね。そういうのを目の当たりにしたりとか、自分が差別的な扱いを受けたりとか、それが自分が初めて受けた人種差別で。けっこうショックだったし、初めて自分が明確に社会的に弱者の立場になるっていうことを身を持って学んだわけね。それが如何に理不尽で正義がないことかっていうことを、理屈じゃなくて実感として感じたっていうのがすごく大きい。そういう異文化にいた経験を通して、今の自分の価値観は形成されてるなって思う。

——ご自身のマイノリティとしての経験からそのような価値観は形成されていたのですね。最後になりますが、そのような価値観を共有できるゆめいろさがしはどんな人に届いて欲しい活動だと思いますか?
僕はあまり「こういう人たちに」っていうのじゃなくて、できるだけ多くの人に届いてほしいって思うのね。前作でも今作でも、社会から疎外されてるキャラクターが中心なわけじゃない? そういう作品だからこそ、社会に対して疎外感を感じてる人とかに届いてほしい。一方で、社会から疎外されてる人がいるっていうことを問題提起するのであれば、弱者に対してだけじゃなくて、より広い構造の中にいる人たちにも見てもらわなきゃいけないなって思うのね。そういう人たちも何かのきっかけで弱者になる可能性があるわけじゃない? 実は弱者の視点で描いてるようで、普遍的な問題を含んでると思うから。そういう意味でできるだけ多くの人に届いてほしい、考えてほしいっていう風に思うかな。

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ゆめいろさがしとは

朗読音楽絵本を制作し、上演する団体です。東京藝術大学の学生が集まり、現代の諸問題を暗示させる動物世界の物語を描いています。

▼ゆめいろさがし公式サイト
https://yumeirosagashi.studio.site
▼ゆめいろさがし公式ショップ
https://yumeirosagashi.booth.pm

インタビュアー・加藤理沙
運営・ゆめいろさがし

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