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『五香宮の猫』を試写鑑賞しました

東風さんの試写で鑑賞させていただきました。
想田監督の観察映画の第10弾。

これまでの想田監督の映画には猫が頻出する。
ナレーションやテロップといった説明的なギミックとなるものを一切廃するということを徹底したドキュメンタリー映画作品たち。想田監督はフレデリック・ワイズマンに心酔しながらも想田監督のスタイルは撮影クルーすらもいない、もっともっと小規模なもの。必然的にそれらの映画群は景観のショットなどがより重要な要素になる。

街中、流れる海、行き交う人。そうしたショットの数々が観客に想像の余白を与えつつ、没入感を与えながらスクリーンに提示されていく。

その中で想田監督は過去作において街を歩く猫のショットを頻繁に差し込んでいる。

カメラは人間の業を追いかけ人間の行動の濃淡を活写する中で猫の存在は映画の中で一種の清涼剤のようだ。

焼肉を食べた後のガムのように、コッテリとした人間たちの人間模様を感じるシーケンスから「ひとまずミントのガムでも食べようか」と言わんばかりに猫のショットが挟まれると作品のトーンはほんわかと和らいでくる。

そもそも”猫が歩く道”というショットにはその道が猫が歩けるどこか牧歌的な匂いのする道だということも鑑賞者が想像が出来る範囲で示されているかのようだ。文字やナレーションでの説明を廃するからこそ、猫がそこにいるショットは何よりも多弁に物語ってくる。

それら想田監督の作品の中で猫は人間が行き交う生活圏の中で豊かさの象徴のように助演俳優として映画の中に現れ続けていた。

本作は遂にそんな猫たちが主役になった。ポスタービジュアルも見事。デカデカと印象的な猫を中心に据えて、そのの周りに人がいる。猫が中心軸でその周りに色んな人たちがいるという世界観だ。

舞台は監督が移住した岡山県牛窓。ここを舞台に監督はもう既に数本のドキュメンタリー映画を制作している。
この街を覗くことが、また日本であり、人間の何かを見つめることになるのだろう。

そうしたカメラアイはよりミクロな視点になり、五香宮という野良猫が沢山住み着いている小さな神社が舞台になっている。
そこに猫がやってくるということは、神社にやってくる人が餌をあげたりしているということになる。
人間と猫の交流がそこにはある。

しかし問題は猫が増え過ぎていることや、糞尿などの処理などの問題も発生しており、地域住民は猫との向き合い方について、話し合ったりしている。その顛末は是非映画を観てもらいたいと思うのだが、そこには人間が他の動物たちと「どう共存していくか」という問いが明確化されていっているような印象を受けた。ペットを飼うということは飼育という点で飼育者が意識をすべきことだが、こちらは野良猫だ。誰かが飼育をするわけでもなくそこに住み着いている。餌を与える人もいる。だが、人間はそこの猫たちとどう社会的な整備をして双方が豊かに暮らせるかを考えなくてはならなくなる。たかだか田舎街の人間と猫の風景だが、それは国や、民族といった全ての単位に置き換えることが可能で、この五香宮の猫から世界を捉え直す機会を与えてくれる。

映画はそうした猫と地域住民との交流だけではなく、なんてことのない監督の私生活が挿入される。これが抜群に面白い。
地元の学生が研究レポートか何かで、監督に取材をする。「なんで映画監督になったんですか?」「うーん、成り行きだね」と答える監督。

学生の目線ならばもっともっともらしくかっこいいことを答えて欲しかったようにも思えるが、監督の答えもまた想田監督らしさが詰まっているし、その成り行きがなければこうした映画はそれこそ成り行きで作られなかったようにも思える。成り行きで進めていくことが、成り行きでしか捉えられなかった瞬間を、その成り行きで遭遇出来た場面を積み重ねて人間と猫の豊かな時間を紡いでいるようにも思える。このシーンはそんな計算されていない映画だからこそ捉えた芳醇さがあったように思える。

「猫を題材にしていたからこそ、なんてことのない、だけどもかけがえのない日常も撮れてしまった」というシーンだ。
今回、映画には三脚が映り込んでいることがよくある。おそらく景観のショットを撮るためや、猫を狙いすますために三脚を置いて撮ろうとしていたであろう監督が思わず手持ちにカメラを切り替えて撮影をしようと思ったのだろう。そうした野生的なカメラの存在がとても面白い。事実、ガンマイクについている風防を猫に食べられそうになるというシーンもある。カメラがより有機的な存在として感じられるのが面白い。

私はこの映画を観て、サザエさんの主題歌を思い出した

お魚くわえたドラ猫 追っかけて♪

そんな映像が沢山出てくる。
どこかそれが日本の田舎町の原風景だと言わんばかりに、微笑ましい映像群として提示される。
猫たちと共存する人間たち。ゆったりと流れる時間に考える隙間と豊かさを感じる。
サザエさんのような世界観の断片がそこにはあるように思えました。

10/19(土)より[東京]シアター・イメージフォーラム、[大阪]第七藝術劇場、10/25(金)より[岡山]シネマ・クレールほか全国順次公開
https://gokogu-cats.jp/

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