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イエローカードのある高校

今の高校の状況を知らないので、うかつな事は言えない。

そう思うが、インターネットは便利なもので口コミサイトで母校の状況が分かる。

一番驚いたのは『イエローカード』というアイテムが出来ている事。
そんなシステムは私の頃にはなかったし、月一の服装検査なんてものも、なかった。なかなか、クソ……馬鹿げた時代逆行の高校になってるようだ。

ド田舎の高校。

という事に異論はない。
夏はエアコン必須の暑さなのに、『学校側が付けてくれない』というのを見かけたが、ここは『県立』なので県がやってくれないという事だ。なぜかと言えば『潰す予定の高校にエアコンを付けたくない』という思惑があるのではと疑っている。

少子化が進み、高校も廃校の流れになっている。私の通った母校もその候補に挙げられる側だという事は知っている。

まだ、議論は上がってないと教育委員会は言っているが、議論をしようとしている事は知っているし、今ある高校のほとんどが『合併(と言う名の廃校)候補に上げられたら、地域ごと消滅する危機』にさらされている。

候補に上げられない高校は、そもそも『人がいる』場所なので、地域消滅危機はない。
どの高校も『その地域の子供が通うために必須』なために、高校設置してある市町村は必死で高校を守ろうとしている。そのため高校減少議論は市町村長まで意見を出してきて進まない。

とまぁ。そんな状況なのに、イエローカードシステムやそれが三枚溜まってレッドカード(退学)にしてしまうのはどうなのだろうか。それも服装や髪形ごときで。

スマホもカードを貰うらしいが、高校生なのだし許可してしまえばいいのではと思う。ただし『授業・部活・行事中は使用禁止。スマホの破損やスマホ内でのトラブルは学校側の感知する事ではない』という通知付きで。それは保護者の監督範囲内。スマホ破損がいじめならば、いじめ対応をしたらいい。それだけの話。

子供のためではなくて、大人たちは『地域存続のため』に高校を必要としている。そして、『地域の企業で働いてくれるため』に『規則に疑問を持たない人間』を欲している。就業時間に朝礼やラジオ体操が含まれないなんておかしい……という人間を、企業は求めてない。黙って無給朝礼をしてくれる人を求めている。

教師たちもそれに疑問を持たない。なぜなら、教師たち自身もそういう働き方をしているから。


校則は『守らなければいけないもの』ではない。
『作り上げていくもの』という意識が、学校にも日本社会にも存在していない。
ルールは『守るために』あるのではなくて、『お互いに心地よく生きるために』ある。

高校となると『わかっていて、入学したんだろ』という自己責任論が飛び出してくるが、個人的には15歳の子供がそれを判断するには判断できる環境が必須だと思う。

ド田舎の子供だった私は、小学生の頃から制服で『私服で学校に行く』という事すらなかった。その状態で、制服のおかしさに気が付く事は出来ない。物語の中の『私服の小学生』は自分とは違う世界の子供であって、自分とは結び付きもしなかった。『わかっていて』ではなくて、『その世界しかない』と思いこまされていた状態だった。

必要なのは『様々な選択肢がある』という事を示す事。大人がそれに耳を傾ける事。
ただ『守らせるための校則』は『思考の拘束』になる。
『ルールを守る』か『守らない』かの二択は選択とは言わない。


他にもイエローカード導入の高校があるのだろうかと思ったら、こんな記事を見つけた。


やはり、いろいろ問題はあるようだ。
よくこんな管理方法をおもいついたな……刑務所か。



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