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本当に怖くない猫の話 part.15 前編

二月。

猫と人間の披露宴を実現するというのは、なかなかに困難な話だった。犬なら庭に繋いで置けば良いが、猫はそういうわけにはいかない。

どうにか理解を示してくれる式場を探すうちに、都内からはどんどんと場所が離れていった。

海辺のチャペルが熱心な相談所の所員たちに絆されて話を聞いてくれた時には、天の采配に一同感謝したものである。

ただし、真冬の海辺のチャペルというのが少々難点ではあった。

リンゴーン。

鳴り響く婚礼のベルの音。

本日の主役の2人はなんと、2人とも真っ白なタキシードを着ている。ベルサイユの薔薇という漫画に憧れた新婦の希望だ。ドレスのようにヒラヒラしていなければ、猫に引っかかれる心配もないだろうということだった。

猫が服に爪を引っ掛けることを考慮し、参列者の衣装は全て貸衣装である。新婦と同じく女性もドレスコードはパンツで。男性も女性に合わせて黒と白以外のカジュアルスーツにしてもらった。猫たちは一様に蝶ネクタイ。

式に参列した後は猫たちが逃げ出さないように、寒がりな猫たちはチャペルに併設されたホテルの待機場に引き上げた。参列者はも全員泊まりであるが、泊まる場所はチャペルからちょっと離れている。そんな不便さも非日常感があっていいと提案した時から新郎新婦はご満悦であった。

準備する所員たちの気苦労は人一倍であったが、感動に目を潤ませている参列者たちの表情を見れば少しは報われる。

寒空の下、真っ白な海辺のチャペルで新郎新婦が誓いを交わす。キスも指輪の交換もしない代わりに祝福のベルを二人で紐を取って鳴らすのだ。参列者にも玩具のような小さな金属製のベルが配られ主役二人が鳴らした一音を合図に続けて頭上に掲げてベルを振った。

リーン。リーン。

優しい鈴の音が、夕日の落ちかかるチャペルの丘の下の海の水平線に響いて行く。

その余韻に浸る中、ブーケトスの代わりに白いベンチの椅子に飾られた長いリボンのついた小さな花束を参列した男女で交換して渡す。

コンセプトは、この場に居合わせたすべての人と幸福を共有するというものだ。

「大成功ですね!ありがとうございます!」

何でも屋の運転する四輪駆動のジープが山道をでこぼこと走るのに合わせて、後ろから話しかける議員秘書の声が弾んだ。

「いえいえ、まだこれからですからね。とりあえず、日が暮れる前に目的地に付けそうで何よりです。お約束通り、新郎新婦のおもてなしをお願いしますよ」

「ええ、それはもちろんです。楽しみだわ!」

はしゃいだ声の猫作家に助手席の依頼人が振り返って応じた。

「これで、本番の結婚式も問題なくできそうですね」

「うーん、本番はもうなくて良いくらい満足しちゃいそうかも」

猫作家が苦笑すると、議員秘書がつられたように気まずそうな表情を浮かべた。そんな二人をフロントミラー越しに見ながら、やりすぎたかなと何でも屋と依頼人も目線を交わした。

その後は車内に沈黙が続いた。景色に見惚れている後部座席の二人からすれば気まずさは感じなかっただろう。後続のバンに乗った参列者たちが和気あいあいと持ち上がっていることも容易に想像できる。同車した所長はそういうことにおいて、抜かりはない。

何でも屋と依頼人は猫と人間の結婚相談所「ハッピープラス」の職員である。もちろん、結婚式の準備など専門外だ。

けれども、ハッピープラスが主催した婚活パーティーで結ばれた二人は、その後すぐに何でも屋たちに結婚式について相談してきた。

二人としては、志賀直哉の小説「流行感冒」のような状況にある現在、結婚式を挙げることをそれほど切望していなかった。けれども、男性の方は父が位大臣まで務めた名門の一族出身で、女性の方はブログでは名の知れた流行の文筆家でそれぞれの立場があり、周囲は結婚式するよう望む者が多いというのだ。

1回目のデートで結婚を決めたノリの良い二人としては、あれこれと式場の写真を見せられてすすめられると憧れも強まってくる。かといって、後のことを考えると大人数の結婚式もしたくないのに、結婚式場に相談に行くとどんどん話が膨れ上がってしまう。

そういうわけで、二人は出会いの場であるハッピープラスに泣きついてきたのだ。

そして、どこでどう間違って話が進んでしまったのだろう。

とりあえず今年は婚活パーティーを兼ねたプレ披露宴を実施することになったのだ。お互いの親兄弟すら呼ばなかったのは、それによって参列する親類縁者が膨らむことを恐れたからだ。それに全面的にハッピープラスに式の準備をお願いするとなったからには、お互いの家族からの余計な口出しも避けたいというのがあったのだろう。

新婦が今着替えている迷彩柄のカボチャズボンのドレスなど、確かに結婚式と言うものにある種の固定観念を持った人には理解しがたいかもしれない。新郎に至っては、自衛隊の格好のようにしか思えず、頭の固い何でも屋では二人のセンスがとても良いとは思えなかった。

親類を呼ばないだけで、猫好きの知り合い(独身限定)があつまるのだから、本当の結婚式と変わりは無い。ハッピープラスで出会えた幸せを他に婚活をしている人々に共有してほしいというのが二人の願いだったが、それは今日の結婚式でほとんど叶えられたと言える。猫の参列する結婚式なんて前代未聞だ。

ラストには愛猫を抱えた参列者たちと夕日をバックに集合写真まで撮った。

この後は、グランピングで後半の婚活パーティーが始まる。ここからが、何でも屋たちの本業だ。

いや、本業といっても、ほんの半年ほど前まで、無職のフリーターで買い物代行や猫探しを生業にし、猫の見合いの依頼人として現れた依頼人と結婚相談所を営むことになるなど何でも屋は想像もしていなかった。

助手席から降りた依頼人は、すぐに新郎を敷地内の二人専用のロッジに案内した。騒ぐ猫たちにもたもたとリードをつけて、車の後部ドアから降ろす何でも屋の不慣れさとは雲泥の差だ。

「あら、猫たちをキャリーから出しちゃったんですか?このままコテージの中に連れていくんですよ」

依頼人に言われて、すでに猫2匹を露に濡れた腐葉土の上におろしてしまった何でも屋は後悔した。

「どうしたら、良いですかね?足を拭いて、コテージにつれていきましょうか」

外観が丸太小屋のようになっているコテージは広い山奥の敷地にいくつも経ってさながら山里のような風情を醸している。風呂トイレや暖房器具が完備され、テントに泊まるような不自由さはない。外には常設の共有トイレやシャワーもあるが、真冬の寒空の中、それらを使う人はほぼいないだろう。

「営業担当二匹はいったん車に戻して、後で外で営業をしてもらいましょう。お二人の猫は渡してきますから」

三毛のセミ猫と黒猫のネコクロはそれぞれ何でも屋と依頼人の飼い猫で普段から結婚相談所に出入りして人馴れしている。もう一匹長毛の老猫を連れてきているが、身体が丈夫でないので、すぐにコテージの中へ連れていった。

新郎新婦は念願かなって、仮住まいの新居に引っ越した先月から猫を飼い始めた。二人が忙しい時には何でも屋が預かったりしているので、人馴れしているが、まだ子猫なので寒空の下に出すわけにはいかない。好奇心でどこかに迷い込んだりしたら、大ごとだ。

新婚用というべきか、一番広いバンガローには、大きな暖炉があり準備万端に熾火が燃えて、暖かく二人を迎え入れていた。新婚の二人は満足げにソファに二人で寄り添っており、何でも屋が子猫を連れていくと、嬉しそうに二人でソファに連れてきて、撫でまわした。

主役以外の参列者にも、一人一室のコテージが与えられているからそれぞれに持て余すくらいに広いだろう。テレビやネットだってあるのだ。

それでなくても、今回の参加費用はそこそこする。新郎新婦はご祝儀代で足りない分は自分たちで費用を出したいと言ったが、趣旨を理解したうえできちんとそれぞれに代価を払ってもらうべきだと所長が譲らなかったのだ。参加者は良家の子女令息ばかりだが、全員がポンと出せる金額でもない。ただ、年に一度のソロ活一人旅行のようだと自分へのご褒美として喜んでいる者もいるようだ。親に言われて嫌々参加というわけでないなら、何よりだ。

結婚式前に開催した参加者のウェディングドレスとタキシードの試着は、自分には似合わないと渋っていた人も、記念の写真をもらうと参加者同士で見せ合って盛り上がっていた。

コテージの管理人に頼んでいた鳥の丸焼きが焼きあがる頃には、遅れていた最後の参加者も到着した。

「いやあ、場所が分かるか心配したよ」

前半の式にも間に合わないのに参加できたのは、新郎のたっての希望があったからだ。親友に近い間柄らしい。

「今のナビは優秀だから、電波が届かなくても見られるのさ。あと、俺はこんな山の運転には意外に慣れているんだ」

そう言って見せた笑顔が眩しい。身の丈は6尺3寸。頭脳は明晰で、家は代々続く総合病院の令息で自らも医師で、国家に使える医療技官だ。

『俺よりもずっと優秀なやつですが、あまりにも欲がなくて寂しいやつだから、何かきっかけを与えて変えてやりたいんですよね。俺なんかが、あいつにそう考えてやるのも、おこがましいかもしれないんですが』

議員秘書は今回の婚活パーティーの相談をしながら、その男性のことを憂いて半分は何でも屋にその話ばかりをしていた。

そんな彼の話の通りの見た目上は完璧そうな男が、何でも屋に向かってお辞儀した。

『あなたが気遣ってくれれば安心だ』

そんな風に事前の打ち合わせで言われていたが、果たして出迎えに出たスタッフの何でも屋にも屈託のない笑みを見せて、友の結婚を喜ぶような男性に何か気遣いなど必要だろうか。

『あなたとはあいつの方が気が合う気がしますね』

議員秘書はそんな風にも言っていたが、今回が終わればもう二度と会うこともない人種だろうと降るような星空の下で、何でも屋は白い息をそうっと吐き出した。

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