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続・本当に怖くない猫の話  part.3

これまでのあらすじ

失業した男が何でも屋をはじめたところ、とある猫好きの女性から依頼がきた。なんでも飼っている猫とお似合いの猫を探してほしいというのだ。猫の見合いを依頼された何でも屋は様々な猫を紹介しようとしたが、別に飼い主が見つかったり、依頼人の考えに合わなかったりしてなかなか依頼は成就しなかった。しかし、そんな風にやり取りを続けているうちに依頼人が他に猫のトラブルを抱えている人の相談を他所から持ってくるようになった。依頼人の猫の見合いはそっちのけ。
そして、何でも屋と依頼人も猫と独身生活。
そのうちに依頼人の父親が口を出して来た。謎の豪邸で一人暮らしをする依頼人は実は時の首相の隠し子だった。娘のために、結婚相談所をつくることを提案される。その結婚相談所で娘に似合いの人物を探してほしいというのだった。

猫が口実

何でも屋には依頼人しか友達がいないかもしれない。さらに、同僚も依頼人しかいなくなった。所長は同僚とは言えないだろう。
結婚相談所の職員の1人が、出産を機にパート勤務を申し出て、それから、2ヶ月の間に2人の正社員もパート勤務を申し出た。
なんでも、子育てや副業に忙しいらしい。

何でも屋は、一応結婚相談所の正社員と言うことになっている。しかし、何でも屋の仕事が自分の本業のつもりである。せめて、他人からは複業として見られたい。持てる仕事は、1つとは決まっていない時代だ。家庭 を持っていないのだから、仕事くらい自分が持ちたいものを持っていたいと、およそ結婚相談所の職員らしくないことを考えていた。

「初めて猫を飼うのに、買い物に付き合ってくれないか」

「あなたが初めて猫を飼うとは知りませんでした。釣書に偽りありと言う事ですね」

昼食休憩の時間に気楽に突撃してきた客を何でも屋は、冷たくあしらった。年の半分以上日本にいない世界を飛び回っている医療技官で、結婚するために必要なものは全て備わっているのに、わざわざこの結婚相談所に登録して更新し続けている幽霊会員だ。

一応担当である何でも屋には、何でも屋としての依頼を持ち込むばかりで、せっかくセッティングした見合いの感想など聞いたこともない。高い会費を払って、日本に帰るたびにここに茶を飲みに来ているのかと。庶民派の何でも屋は、高給取りの技官の金銭感覚に呆れていた。

「あれでしょう。初めて猫を飼うお知り合いの方がいるんですね。その人のために、猫を飼うのに、必要なものを教えてあげてほしいということでしょう」

依頼人が、技官の足りない言葉を補った。

「そんなものは自分が教えてあげればいいでしょう。こっちは猫の専門家でも何でもないんですからね」

「何言ってるんだよ。ここは猫の結婚相談所じゃないか」

技官はズバリと言って、何でも屋のそれ以上の反論を封じ込めた。そして図々しく、休憩室に依頼人が持ち込んだ手作りの饅頭に許可も得ずに手を出して美味しそうに頬張った。

この『ハッピープラス』は確かに猫の結婚相談所と銘打っている。猫好きの縁結びを信条としているからだ。何でも屋や所長や会員が飼っている猫を連れてきて、遊ばせるスペースがあるので、猫カフェを併設しているような形になっている。動物嫌いが会員になれないのがここの特殊性だ。

しかしながら、技官は世界中に親しい女性とともに、港港に愛猫がいる。日本のように、動物病院が充実していない国もあるから、ちょっとした猫の不調に対する対処法には、詳しく、人間の医者だけでなく、猫の医者にもなれそうな人物だった。その技官に相談されるほど、何でも屋は猫に詳しくないつもりだ。大方相手はデートのつもりで、猫の飼育グッズを一緒に見繕ってほしいと相談したのだろう。それに、付き合うのがめんどくさいから、何でも屋に代わりに行ってくれと言っているのか。
一体目の前にいつでも結婚に興味がないのに、技官はなぜ結婚相談所に居座り続けるのか。何でも屋は理解に苦しむ。

「そういえば、初めての猫の飼育に必要なものについては、保護活動の団体の方に手伝ってもらって、パンフレットを作りましたよね。それを差し上げたらいかがですか?」

「そうですね。どこだったかな倉庫を探してみないといけないので、明日以降なら渡せるかな?」

「それなら、終業してから取りに来るよ。ちょうどカンボジア土産を忘れてきたところだったんだ。いやー、日本の味が恋しいよ」

日本の饅頭を3つも平らげて、技官は空々しくそんなことを言った。

「うちでよければ、夕食を召し上がられますか。久しぶりにお二人ではなしたいこともあるでしょう。旅の土産話を聞かせて下さい」

ちょうど土産を忘れてくるとはどういうことか。結婚の相談もないのに、土産も忘れて、なぜわざわざ来たのか。初めから依頼人の家で夜ご相伴に預かるつもりだったのだろう。

依頼人は勘違いしている。なんでも屋と技官が友達だと。海外に行ったこともないのに、海外の話などされても、多少の興味は相手も理解なんてできるわけがない。生き方がまるで違うのだ。それなのに、依頼人は技官と何でも屋が馬が合うと思っているようだ。

「俺は、家の中に動物が閉じ込められて暮らすのは、不自由でかわいそうな部分もあると思うな。もちろん、衛生的にはそれがいいんだけどさ」

「なら、建物から建物を移動して、せっかく自分たちが作り上げた風景をゆっくり見ることもしないで、閉じこもって家の中で過ごしている人間はかわいそうの極みだな」

全く技官とは気が合わないなと思いながら、何でも屋はそう反論した。そのような環境に生まれついてきたのだから、そういうことを不幸とか幸せとか考えたってしょうがないじゃないか。何をしても、自分に飼われている猫は不幸だなんて思いながら、生活するのは不毛である。

「わー、痛いとこつくなぁ。人間だって、建物の中に住みたいって思って生きてるわけじゃなくて、生まれた時から、そういう環境だっただけだもんな。日本にいて、頑丈な建物で生活できる事はありがたいことだって思うんだから、それを日本人て閉じこもっていて不幸だねって言われたくないもんな。自由がいいって言いながら、おもちゃを買い与えて、人間の娯楽に付き合わせてるんだもん。外にいようと家の中にいようと、人間は猫を構うんだもんな」

「まぁ別におもちゃなんて絶対必要なわけじゃないんですよ。でも人間のエゴってだけじゃないだろ。人間だって娯楽があるんだから。娯楽に命かけてる人もいますよ。人間と遊んで、楽しい猫もいる。楽しくない猫もいますけどね」

何でも屋はそう言って、依頼人の膝の上でくつろいでいる三毛のセミ猫を見た。セミ猫は興が乗るとしつこいくらいに、いつまでも遊びたがるのだが、気分が乗らないと何とか気を惹こうとする人間が滑稽なくらいに相手にしてくれない。

「誰かと一緒に買い物に行きたいっていうのが、荷物持ち程度のことならいいんですよ。女性でしょう?車を出して、まぁついてきてもらって、あれこれ選ぶのはいいですよ。でも後でこれいらなかったなと思うものは絶対出てくると思うんですよ。その猫が気に入らないものもあるでしょうしね」

「まぁ向こうがついてきて欲しいって言うだから、そんなに深く考えなくてもいいんじゃないか。それにしれっと俺を外したけど、明日は休日だよ。俺もお休みだよ。仲間外れにするなよ」

「だったら、自分だけで、荷物持ちをすればいいじゃないですか?」

「それはなんか嫌なんだって。明日天気がいいらしいんだ。俺が車出すからちょっと遠出しようよ。俺、パンケーキが食べたいんだ」

猫グッズを買うのは口実なのか。留守番して、猫たちの面倒を見るとなんでも屋は言ったが、依頼人と2人して一緒に行こうと言って聞かなかった。

ホットケーキとパンケーキの何が違うのか。ホットケーキなら休日に家で1人で焼いて十分に楽しめる。猫がいるんだから、休日は家で猫とまったりしていればいい。

何でも屋の言っていることの方が正論だと2人は認めたが、「でもたまには・・・」と粘られて、半日ぐらいならいいかと出かけることになった。

パンケーキは、何でも屋が想像していたよりも美味しくて、留守番していた猫たちも、たまのおやつで機嫌は直った。

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