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続・本当に怖くない猫の話 part.2

【長毛の三毛】
「冬は結婚相談所の閑散期なんだけど、こうもお客様が多いのは異常気象のせいかしらね」

かの国には正月明けから零下62度の冬将軍が襲ってきているというのに、日本は気象庁が春のような気候と発表している。
なるほど、小春日和というより確かに春である。
ブラインドの隙間から差し込む日差しを目当てに数匹の猫たちが窓辺で横になっている。
気温は初夏の手前といって差し支えない。
日中の都内の気温は、1月の第3週にして20度に達したこともあった。

「よそは暖房費の節約が出来ていいんでしょうね」

答える所員の声にも春のぬくもりを感じる。膝のあたりが特に暖かそうだ。

「うちはお猫さまたちがいるから無理ね」

「うちの重役出勤がすみません」

「もれなくあなたもね」

「すみません」

深々と頭を下げて、溜まっている仕事に向き合うべくパソコンに向き直る。季節柄当然とはいえ、黒い冬用スーツに身を包んだ人物の膝にも天然の湯たんぽが乗っている。しかも2匹。三毛のセミ猫と黒猫のネコクロはそろってどちらも人様からの依頼を受けての預かりものだ。そして、その依頼人は副業何でも屋の同僚だった。
いや、何でも屋が本業で結婚相談所が副業のつもりだ。独り身にとって金など生活できて税金滞納しなくてすむようにわずかばかりの貯金さえあればいい。働きすぎず、悠々自適で過ごしたいという願望は増すばかりなのに、それに反して、本業も副業も多忙を極めていた。

「すみません。何か手伝いましょうか」

「いえいえ、何も謝ることはありませんよ。相談所が盛況で結構じゃないですか。世の中に幸せが増えますよ」

「猫目当てでしょ。幸せを探している不幸な人が多いんじゃないですか」

依頼人ににこやかに返した何でも屋の隣で、余計な口を利く新人が隙をついて膝から一匹猫をかすめ取ろうとしたので、何でも屋は片手で素早くそれを制した。

「けち」

彼が入ってきてから1か月続いているやり取りなので、慣れたものだ。新人はやせ型筋肉質で猫たちにとって寝心地がよくないらしく膝が不評だ。膝の上を行ったりきたりされては仕事に集中できないので、最初から猫に膝の引っ越しを許すべきではない。

この結婚相談所は猫好きが集まる相談所である。猫を飼ってなくてもいいが、猫飼いを許容できる人のみの入会を推奨している。しかし、実態は会社の設立の経緯から両家の子息令嬢が集う結婚相談所と化し、庶民は従業員にも何でも屋一人。いや、拾われた猫たちばかりとなっていた。

「けちじゃないんで、引き継ぎ準備一生懸命しているんですよ」

「いやあ、担当替えは嫌だって人ばかりだから。僕の指導は長引くと思いますよ~」

目の下の隈がひどい。が、声が耳心地よく会話は軽妙。将来有望な猫飼いだ。会社員としてはよくわからない。何でも屋自身が組織に不適合な人間だから、判断できない。

「なるほど、人間が引き継げないなら。猫を引き継いでくれると助かるんですがねえ」

何を好き好んで独身の人見知りを結婚相談相手に指名するのかと思うが、それが客の要望なら仕方がない。新規は受けないでくれと所長に頼んでいるからしばらくすれば落ち着くだろう。そのしばらくがいつかが問題だ。

「猫は自然界かっら引き継ぎました。もう手一杯です」

「ー住んでいるところはペット禁止でしたね」

「土曜に引っ越しを済ませましたよ。するとすぐに運命の出会いというものがありました。そこで相談があるんですが」

「断ります」

「まだ、何も言っていません」

「断ります。ここは結婚相談所です。猫の相談は受け付けていません。」

運命の出会いは人間と果たしてくれたらいい。

「実はですねえ」

何でも屋が二度断りを入れると、新入社員はくるりと椅子を回して依頼人に水を向けた。

「何ですか」

「いえ、電話が来たので昼休憩の時にお願いします」

環境に慣れ始めた頃というのが一番充実しているのかもしれない。そばにいるどの猫にもろくに触らせてもらえないと嘆いていた新人も話題は今後の話題は自宅の猫の話に移るのだろうか。
猫の釣り書きから人間の釣り書きを作成に移ると途端に作業がはかどるようになる。人間は自分で自分のことが話せるが、猫がどんなプロフィールを持っているか、それが拾った猫になると想像は尽きない。

果たして新人が持ち込んでくるのは、拾った猫についてののろけ話か悩み相談か。夕方の依頼は今度もペットシッターだろうか。集中できずにとりあえず手だけパソコンのキーを打ったり、耳だけ電話に傾けたりしているうちにあっという間に1日が終わり、あれこれ頭の中をめぐっていた予想は全く外れていたとわかった。

「栗ご飯に白和え、出汁巻き卵に鱈の味噌漬けにぬか漬けもしてるんで、口に合えばぜひもらってください。おやつには栗のパウンドケーキも焼いてます」

「わあ、美味しそう。いただきます」

「いただきます」

週末になり、何でも屋は依頼人と新人の新居に訪れた。
2LDKの賃貸マンションのオートロック。置き配できる郵便ボックスがうらやましいが、姉と二人暮らしの千葉住まいならまずまず堅実といったところだろうか。本人曰く、猫可の物件ですぐ入れるところがなかなか見つからなかったということだ。拾った猫は姉がちょうど動物病院に連れていっており、不在。
食べ物をこうして人前に並べられてうれしいとほくほく顔の新人の趣味は料理。いつか自分の店を持ちたいが、家族に反対されており、自分でも和食は難しいのかもしれないと悩み中なんだとか、新人の長話に料理に興味がある依頼人すらげんなりしてきたところで、何でも屋が促して新人はやっと本題に入った。

「拾った猫、避妊手術がしてあったんですよね。以前から東京は無理だとわかっていたからこのあたりに住みたいなって見にきていたんですよ。野良猫が多いのは薄々わかっていました。地域猫活動しているのかなって思っていたんですが、違うみたいで」

拾った猫は大変人懐っこいが、もしや誰かが飼っている猫なのだろうかと新人は気をもんでいた。誰かが外飼いしているなら、外に離さなければならないと思うものの、今は冬。寒そうだから、冬の間は保護していたいという。
何でも屋が猫の保護活動をしていると誤解していた新人に相談されて、適切な猫の保護活動に詳しい結婚相談所の所長に相談した。
保健所に拾った猫と似た猫を探している届がないか確認したところ、該当の猫はいなかった。猫を保護したことをSNSやブログで毎日発信しており、1週間連絡はない。これは飼い主はいないのではないかと日々愛着が湧く中でつい期待している。

「自分から近づいてきたのがこのぶちだけだったんですよね。あとはぴゅーッと逃げていきますよ。でも、やっぱり気になって。地域猫活動している人がいるなら、参加したいなって思うんですよ。まだ猫何匹飼えるかわかりませんからね。拾ったぶちがいつまで健康かもわかりませんから」

写真を見せたくてたまらなかったのか、机の中央に差し出されたスマホ画面をのぞき込むとフォルダいっぱいに撮り溜めてあった。確かに写真の猫は江戸時代から何世代にもわたっていた日本猫のようには思われない。座る姿が正座した狸ではなく洋猫だった。長毛の白毛に黒の斑が入った見た目の可愛い健康そうな猫。これまで到底飼い猫でなかったなどとは信じられなかった。

「あ、これ、三毛ですね」

依頼人が声をあげて、思わず三人顔を寄せてスマホを覗き混む。
言われてみれば、確かに耳の周りと背中の尻尾の黒斑に茶色が混ざっているようだ。綺麗な長毛の三毛は珍しいのか否か。少なくとも、野良の健康体なら珍しいのではないか。

桜猫のように耳カットしていないので、地域猫なのかどうか見た目で判断がしづらい。果たして、TNR活動をしている人がいるのかいないのか。引っ越してからますます野良猫を見かける気がしてきになる。子猫がいないのはそういう時期なのか。はたまた。
本題の話は小一時間ほどで流れ去り、それにも関わらず、3人は新人の姉が帰宅した夕方までずっと話していた。人間と人間のお見合い。猫と人間のお見合い。猫と猫のお見合い。話は終始行ったり来たり。
しかし、話題は何度も新人が拾った新入り猫に戻った。
飼うべきか飼わざるべきか。
保護すべきかしないべきか。
果たして飼い主はいるのか。

愛着は秒刻みで増していく。出会ったばかりはまだ別れる時のことにばかり思いが及ぶ。生き物を迎えるということは不安定の中に安定を飼うということかもしれない。命に愛着を持ちたいのだ。

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