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タイ王国の反政府デモと学生―反政府運動に参加した人々の現在―

本稿とクラファンの説明

私が大学2年後期にゼミで作成した論文です。
・タイの学生運動について半年間調査、インタビューしてまとめたもの
・だいぶサポートしていただいている
・でも至らぬ点はある。成長するから許して。
・団体名はすべて公に公開されている内容なので伏せずにそのまま
・レイアウト変えてる
・大変されど楽しかった
・長いので各段落冒頭だけ読むのもおすすめ
・脚注は最後

5月中旬より東南アジア渡航クラファンをします。渡航後に体験をまとめ、情報発信を行って世に還元します。私の言語化力、思考力、行動力の参考にしてください。

そして、東南アジア文化について学んだものを実物から体感し、アジアの同世代と強く豊かに文化を編みこむことを夢見る学生をどうかご支援していただけますと幸いです。
お金がある人、金銭的に支援していただけないでしょうか。お金がない人、お金のある人に伝えていただけないでしょうか。

では、楽しんで。

はじめに

 タイでは、2020年の2月から現在にかけて反政府運動が行われている。反政府派の要求は、現首相であるプラユットの退陣、政治の腐敗を防ぐための憲法改正、財政管理を含めた王制改革、今回のデモで拘束された活動家の釈放である[高橋 2021a: 52]。デモ活動は学生を中心とする大学での若者の集会から広がり、国内の格差問題に対する不満から、感染症の流行に伴う休校分の学費免除の要請まで、学生は各々が持つ意見を主張した。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う自宅待機命令によって抗議活動は3月に一度収束するが、若者たちはソーシャルネットワーキングサービス(Social Networking Service: SNS)を活用して連帯を維持し、声をあげ続けた。

同年7月以降、再び現地での抗議活動が活発になり、公共の場で学生以外の若者も含めて抗議活動が行われるようになった。加えて、中高生が主体的に反政府運動に参加するようになり、学校の規則に対する反対運動が行われた[McCargo 2021: 6]。その後は10月に政府によるデモの取り締まりが強化された他、12月になると新型コロナウイルスの第2波が拡大したため、現地での抗議活動は下火になった[高橋 2021a: 52]。非常事態宣言は2020年3月26日から間をあけずに延長され続けたが、6月の立憲革命の日に反政府運動が再燃し、反政府派と警察の衝突が相次いで起こった[高橋 2021b: 64]。

 政府や軍の関係者の発言に注目すると、反政府運動を行う若者の意見を積極的に聞き入れる姿勢はあまり見受けられず、決して民主主義的であるとは言えない。陸軍総司令官のアラピットは、若者による反政府運動を嫌国病として表現した[玉田 2020a: 1]。また、チュラーロンコーン大学のティティナンは、反政府運動に参加する若者を否定的にみる層について、若者がSNSに洗脳されていると主張することで、反政府運動を過小評価して見せる努力をしていると指摘した[1]。現行政府は保守的で、若者の意見を取り入れる姿勢を見せておらず、民主主義を名乗ることはふさわしくないといえる。

 玉田は、反政府運動が最も盛り上がったデモの第2波の時期に当たる2020年夏の時点では、今後政府が反政府運動に参加する若者に対して暴力的な弾圧を行う可能性があると指摘している[玉田 2020a: 13]。また、若者によるSNSの活用は今回の反政府運動における特徴の一つであり、首都から離れた地方部でのデモ活動の遂行や学校の垣根を超えた活動の促進につながるなど、デモ参加者にとって重要な役割を果たしたと言っている[同上書: 11]。また、高橋は学生運動について、2020年の11月をピークに停滞しているが、2021年7月に青年解放会がデモ集会を開催するなど、依然として反政府運動は続けられていると言っている[高橋 2021b: 73-74]。しかし、研究は2021年7月までのタイ国内の状況をまとめたものであるため、2021年7月以降の反政府デモについては国内の状況が十分にまとめられていない。加えて、これまで発表された論文は国内の様子と出来事を客観的にまとめた内容であり、運動の当事者である若者の視点を主体とした分析がまだ十分に進んでいないといえる。このため、本稿は反政府デモに参加した若者の現在の状況を学生の目線から明らかにすることを目的とする。

 研究では反政府デモの中で多くの若者をつなげたSNSを活用し、青年解放会(Free Youth)、パリット・チラワク(Parit Chiwarak、通称ペンギン)、マハーサーカラーム大学生民主戦線(Maha Sarakham University Democracy Front: MSUD)の2団体と1人の個人活動家が、2020年11月から2021年12月にかけてフェイスブックに投稿した回数と、それに対するいいね、シェア、コメントの数を分析する。また、MSUDにはフェイスブックを通してインタビューを行い、反政府運動参加者の目から見たデモをめぐる情勢の変化と現状について明らかにする。これらの調査を通して、反政府運動が最も盛り上がった2020年7月から12月のデモ第2波の時期と、学生にインタビューを行った2021年12月の間に起きた、デモ参加者の意識の変化と今後の展望について明らかにする。

 以下、第1章では今回のデモの内容と流れについて、対立関係や出来事を時系列順にまとめて提示する。第2章では反政府運動の当事者に対するアンケート調査と、運動の中心人物に対するインタビュー調査の内容と結果を提示する。第3章ではインタビューとアンケートの分析を行い、タイ国内の情勢と照らし合わせて、それぞれの出来事の再解釈を行う。それをふまえて、反政府運動参加者が自身の意向を政治に反映させるために必要な取り組みと課題を提案する。

第1章 2020年の反政府デモの流れ

第1節 民衆の若者と政府関係者の対立関係

 1章では、1970年から現在にかけてのタイの若者と国内政治の関係性について述べる。図1は、1970年以降の対国内における政治のサイクルを図にまとめたものである。タイ国内での反政府運動は戦後何度も繰り返され、民衆の鎮圧を図るためのクーデタが行われてきた[高城 2015: 4]。運動の目的は時代によって異なるが、主な争点は独裁、汚職、クーデタに対する批判であった。軍事政権のもとで憲法改正が行われて国内の混乱が静まったころに文民政権が復活したとしても、政治の腐敗が原因で軍事クーデタが再発するという流れが続いている。民主主義を掲げる国家であるにもかかわらず、軍事クーデタによって国の鎮圧を図る行為が繰り返されることは消して好ましい状況ではない。また、これまでは前国王のラーマ9世が国民から厚い信頼を得ていたため、国王が政府と民衆の間を取り持ち、国を安定させる役割を担ってきた[2]。しかし、ラーマ9世は2016年に崩御したのち即位したラーマ10世は、金銭問題など複数の問題を抱えているため、以前のように国王の存在があることで国が安定するような安心感はなくなってしまった。

図1 1970年代から現在にかけてのタイ国内政治の流れ
出所:高城 2015: 1-2より筆者作成

 今回のデモは、大学生が中心となって活動が始まった。大学生が主役となって政治活動を行ったのは1970年代が最後であり、今回の学生運動は約40年ぶりに行われたものである[玉田 2020a: 1]。1970年代から現在に至るまでにタイ国内では何度か反政府運動が行われていたが、NGO指導者をはじめとする大人が中心となって行われていた。学生は、若者の支持率が高い新未来党が解党処分を受けたことをきっかけに集会での講義活動をはじめ、政府の権威主義的な行動と王室制度を批判し、格差社会の変革を求めた。7月になると、中高生が抗議運動を主体的に行うようになった[McCargo 2021: 6]。中高生は、学校内の教師と生徒の権力関係に存在する権威主義的風潮を指摘し、頭髪規制に代表される学校のシステム批判を通して反政府運動を行う傾向にある。

 反政府運動を繰り広げる学生に対して、政府や王室は既存の社会制度の温存を望んでいる[玉田 2020a: 2]。プラユット首相率いるタイ政府は、デモが始まってすぐのころは声明を通して忠君意識を基盤とする現行の国家体制の保守を若者に訴えた。しかし、徐々に集会を伴うデモ活動が活発になると、2020年11月ごろから不敬罪と扇動罪で反政府運動の指導者を拘束するようになり、催涙ガスや放水などの武力行使を用いて反政府デモの弾圧を試みるようになった[玉田 2020b: 11]。

 また、現在のタイ国王であるラーマ10世(ワチラーロンコーン)と王室に対して、不敬罪にみられる君主制の政治利用、国有財産が国王の私有財産化、コロナ禍での長期的なドイツ滞在が若者の批判の的になっている[玉田 2020b: 3]。不敬罪については、今回のデモで多くの反政府運動参加者に適用され、運動をけん引した人物が大量に拘束されていることから、政府も絡んだ権力の乱用であるとして問題視されている。しかし、君主制について言及するきっかけとなる演説を行った弁護士のアーノンや、2020年8月10日にタムマサート大学で行われた集会で10項目の君主制改革要求を読み上げたパナッサヤーは、王制批判の目的は君主制打倒ではなく、あくまで君主制に敬意を払ったうえで、今後も国民の心のよりどころとしての君主制を存続していけるようにするための改革要求であることを明らかにしている[同上書: 4]。王室の権威が強いタイにおいて、王室批判は禁忌とされていた話題であるため、社会の一般的な話題になることはタイ国内の大きな変化であるといえる。

第2節 2020年の反政府デモ

 デモ第1波の主な争点は新未来党の解党処分に対する批判である。2020年の2月、同党は不当な解党処分を受け、チエンマイ大学をはじめとする複数の大学で抗議集会が行われた[玉田 2020a: 2]。新未来党は反独裁を掲げ、2019年3月に行われた選挙で若者から大きな支持を集めていた[高橋 2020: 38]。この出来事がきっかけとなり、タイ国内の大学生は群発的に反政府運動をはじめ、現在のプラユット内閣の退陣および特権階級による支配構造の廃止を求めるようになった。タイ政府は反政府運動に対して、声明によるけん制やデモをけん引した人物に対する出頭命令や、精神病院への強制入院を通して若者の学生運動の鎮圧を行った[玉田 2020a: 3]。同年2月からは新型コロナウイルスの流行に伴い3月に反政府運動は減少するが、オンライン上での交流と学生の連帯が進んだ[高橋 2020: 38]。SNSはその後の運動においてもデモに参加する若者の交流に欠かせない手段となった。SNSでは、“#FreeYouth”をはじめとするハッシュタグを通して若者の緩やかな連帯が生まれ、デモ参加者の募集や意見交換、抗議集会の告知や同盟の結成が行われるきっかけとなった [Sinpeng 2021: 3]。

 同年7月になるとデモの第2波と呼ばれる時期が到来し、再びデモ活動は活発に行われるようになった。デモ第2波の主な争点は政治改革であり、のちに君主制改革へと内容が発展した。この時期から学外の公共の場でも抗議集会が開かれるようになり、学外の一般市民も参加するようになった。各地でデモ活動が活発になったきっかけは、2020年7月18日に「脅迫中止、憲法改正、国会解散」の3項目の実現を掲げた集会を青年解放会が主催した出来事であった。デモ活動は首都バンコクを中心に規模を拡大し、2020年の7月から12月にかけて400回以上行われ、2020年から今日まで続く反政府活動の中で最大の盛り上がりを見せた [McCargo 2021: 15]。また、この時期から中高生が主体の反政府運動が増加する。中高生は政府への反対の意思を象徴する白いリボンを着用したり、同年8月17日には全国の高校生が学校と政府に対して一斉に異議申し立てを行ったりするなど、学校の権威主義的なシステムを批判した[玉田 2020a: 10-13]。若者たちはSNSを活用して学校の枠組みを超えた大きな連帯を維持し、最終的には教育相を辞任させるなど、前例のないほど多くの活躍を見せた[高橋 2021a: 59]。

 これに対し、政府は2020年11月ごろから運動の取り締まりを強化し始めた[高橋2021b: 64]。特に、不敬罪の名目での活動家の取り締まりとインターネットでの言論規制が増加し、タムマサート大学のペンギン、人権擁護活動家のパイ・チャトゥパット(Pai Jatupat、通称パイ・ダオディン)をはじめとする多くの活動家が拘束された。また、新型コロナウイルスの感染拡大と緊急事態宣言の発令によって運動は鎮静化し、特に12月から2ヶ月間はコロナウイルスの第2波が広がったため、大きな運動はほとんど行われなかった[同上書: 74]。このような運動の取り締まりに伴い、デモの第2波は12月で終了した。

 反政府デモに参加した学生や団体の中には、青年解放会やタイ学生連盟(Student Union of Thailand: SUT)など、規模が大きく他団体への影響力が強い組織が存在する[3]。これらの団体は、SNSを用いて集会の告知や退散の指示をしているため、より多くの若者を集会に集めることができるだけではなく、当局が集会の排除に乗り出した際も参加者へ瞬時に情報を与え、参加者を速やかに撤退させることができる。とはいえ、SUTや青年解放会はすべての抗議活動を主導したわけではなく、これらの団体の活動に共感した学生たちが各大学の有志による抗議活動を展開することで学生運動が拡大した[4]

 また、学生団体が主催する集会には活動家や反政府運動に関連する著名人が招かれ、集会を盛り上げた。ラッド(Rap Against Dictatorship: RAD)は、ブーラパー大学やトラン市内の公園で開かれた集会に参加し、反独裁的な内容を表現したラップを披露した[玉田 2020a: 5-6]。同グループは、個人で活動しているラッパーが2017年に集って結成されたラップユニットで、今回の反政府運動が始まる以前からタイ国内の独裁政治を糾弾する内容の音楽作品を発表していた[5]

第3節 2021年の反政府デモ

 2021年2月以降の反政府運動では、不敬罪で逮捕されたデモ参加者の釈放が大きな目的となった[高橋 2021a: 52]。同年2月9日に「人民党2020」の名が冠された集会の中核を担うペンギンや、王室批判のタブーを破った弁護士アーノンを含む4名が扇動罪と不敬罪で再逮捕され、デモ活動が再燃するきっかけとなった。デモに参加する若者は不敬罪の廃止と逮捕者の釈放を求めたが、デモ活動のリーダー的存在を失ったことで結束力や目的の統率力が低下した。不敬罪はデモの中心人物以外の運動参加者にも適用されるようになり、デモ第2波の時期に当たる2020年7月18日から翌年6月末までに695人のデモ参加者が起訴され、そのうち100人以上が不敬罪を適用された[6]。タムマサート大学の学生であるペンギンは活動家のアーミーらとともに拘束中にハンガーストライキをはじめ、反政府デモに関するSNS投稿を控えることや王室への侮辱を控えることを条件として5月に釈放されている[7]

 4月に入ると、2006年に赤シャツと黄シャツとして反政府運動に参加した大人たちが学生との連帯を試み、プラユット首相の退陣を共通の目的として掲げて反政府運動を行うようになった[高橋 2021b: 64]。赤シャツとは、2008年に当時のタックシン大統領が解党処分を受けて第2党である民主党のアシピット政権に移行した際、反独裁派として反政府運動を行った人々のことである[高城 2015: 17]。それに対し、黄シャツは同時期に反タックシン政権を掲げて王室を支持していた人々のことである。また、彼らは1970年代に学生運動が行われた際に主体となって反政府運動に参加していた人物や、1992年にクーデタと権力の温存を図ったスチンダー首相を退陣させた運動の参加者など、過去の政治運動の担い手も含まれている。2006年の政治対立の際、赤シャツと黄シャツは当時のタックシン首相の支持をめぐって対立関係にあったが、当時の騒動の犠牲者が発起人となってシャツの色を問わず連帯を促し、今回のデモではプラユット退陣を共通の目的として掲げて協力を試みている[高橋 2021b: 64-66]。彼らは若者との連帯も試みたが、王制批判がタブーの環境で生まれ育った世代であることや、黄シャツ派は本来王室を支持する派閥であり、王政批判や運動形態で世代間ギャップが存在するため連帯は難しいとみられている。

 7月以降は、タイ政府の新型コロナウイルス対策に対する批判が反政府デモで多く訴えられるようになる[高橋 2021b: 73]。青年解放会がデモを初めて1周年に当たる7月18日には、プラユット首相の無条件辞任、新型コロナウイルス対策のための予算見直し、質の良いワクチンの提供の3項目を要求するデモが、同団体とその他14以上の団体によって行われた。8月になるとデモ活動がさらに活性化し、複数の反政府デモの中心人物が再び拘束された[8]。同年5月に釈放されたペンギンおよびラームカムヘーン大学の学生であるパーヌポーン・チャートヌーク(Panupong Jadnok、通称マイク)も再び拘束され、ペンギンのツイッターとフェイスブックの更新は逮捕直前の2021年8月8日で止まった[9]。また、8月16日には抗議集会に参加していた15歳の男性が頭を打たれ、2ヶ月間昏睡状態に陥ったのち、10月に死亡した[10]。11月10日、タイの憲法裁判所は反政府デモでの王政改革要求に対し、立憲君主制国家の転覆を狙った憲法違反に当たる行為であると指摘し、デモ参加者に対して皇室批判を直ちにやめるよう要求した[11]。反政府派の若者は裁判所の判決が間違っていると主張し、同月14日に抗議運動を行った[12]。このように、今回の反政府運動は、学生が主体、皇室批判の広がり、ラーマ9世の不在という、これまでの反政府運動とは異なる環境下で行われたのであった。現在はピーク時より鎮静化した状態にあるが、著名な活動家の拘束などの出来事が起こると、時折デモ活動が活性化する状況が続いている。


第2章 反政府派の中心人物の活動状況

第1節 パリット・チラワク

 著名な学生活動家の1人であるペンギンは、王室制度の改革も含めた急進的な政治改革を求めており、全国各地で活発に反政府運動を行っている。[玉田 2020a: 7-14]。2020年6月には自身の先導の下で労働者と学生約20名とともに政府官邸前に集まり、非常事態宣言の解除と新型コロナウイルスの蔓延に対する給付金の支給を求めたほか、同月30日には同じタムマサート大学の学生であるパナッサヤー・シッティチラワッタナクン(Panusaya Sithijirawattanakul、通称ルン)とともに警察署前で出頭命令書を破り捨て、注目を集めた。なお、ペンギンのフェイスブックにおけるフォロワーの数は4万6,232人である[13]

 図2は、2020年11月から2021年12月にかけてペンギンがフェイスブックに投稿した回数をまとめたグラフである。2020年12月の投稿数が最も多く、その次に2021年6月の投稿数が多くなっている。2020年12月から2月にかけての数値の減少はデモ第2波の収束と連動している。6月を頂点とする数値のピークは、同月の立憲革命記念日や7月の青年解放会による集会1周年記念にともなうデモの活性化と連動している。ペンギンは青年解放会などの団体と異なり個人でアカウントを運営しているため、集会の主催に関する情報や自身の関連グッズの販売情報を発信していない[14]。主な投稿形式は、テキストやコラージュ画像を用いた政治的意見の発信や、自身が参加した反政府集会の写真を中心に投稿している。また、楽器の演奏など反政府運動と関連性が薄い日常的な内容も時折投稿されている。

図2 ペンギンのフェイスブック投稿数(2020年11月-2021年12月)(単位:件)
出所:Facebook " Parit Chiwarak (เพนกวิน)"(https://www.facebook.com/paritchi, Accessed February 18 2022)より筆者作成

 図3は、2021年7月から12月にかけて、ペンギンがフェイスブックに投稿した内容に対する反応の数をまとめたものである。2021年の3月、4月と9月から12月は、ペンギンが拘束されていたため投稿がなく、数値が0になっている。特に投稿数が多い月は2020年の12月と2021年の6月であり、図2の投稿数のピークと一致していることから、デモ活動の活性化に伴って反応の数も増加したと考えられる。各月の内訳に注目すると、数値の高い2つの月以外はいいねの数と比べてコメントやシェアの数が減少しており、日常的な話題よりもデモに関する投稿のほうが拡散されやすく、反応の数が増加する傾向がある。

図3 ペンギンの投稿に対する反応(2020年11月-2021年12月)(単位:千件)
出所:Facebook " Parit Chiwarak (เพนกวิน)"(https://www.facebook.com/paritchi,Accessed February 18 2022)より筆者作成

第2節 青年解放会

 青年解放会は、チュラーロンコーン大学の学生であるフォードが代表を務める若者の団体である[玉田 2020a: 7]。同団体は7月にデモ第2波の皮切りとなる集会を主催し、多くの人々が青年解放会の政治活動方針に賛同するなど、タイの若者に対して大きな影響を与えた[同上書: 8]。また、同年10月に主催した「人民党2020」という反政府集会の名称は全国各地に拡散し、同じ名前の集会が様々な団体によって開かれた[15]。青年解放会のフェイスブックにおけるフォロワーの数は204万3,919人であり、その規模ゆえに多くの小さな学生団体を繋げ、団体の垣根を超えた活動を可能にしている[16]。10月の人民党2020に関する集会の際は、青年解放会に所属する学生をはじめとする多数の活動家が政府に拘束されたが、集会に参加していた他団体がSNSを通してデモの継続を呼びかけたことで集会の中断は免れた。青年解放会は政府に対して憲法改正などの政治改革を求めているが、ペンギンとは異なり君主制改革についてはあまり積極的に要求していない[玉田 2020a: 14]。2021年2月には、青年解放会からリデム(Restart Democracy: Redem) と呼ばれる派生団体が誕生し、SNSでの投票を通した行動決定の下で社会民主主義の実現と格差の縮小に特化した活動を行っている[高橋 2021a: 54-55]。Redemの活動告知は青年解放会のフェイスブックアカウントで合わせて行われている。

 図4は、2020年11月から2021年12月にかけて青年解放会がフェイスブックに投稿した回数をまとめたグラフである。もっとも投稿数が多い2020年11月の投稿は、反政府デモの最中に現地の様子を写真とともに発信する内容が多く見受けられるほか、現地の中継が行われており、現在もそのアーカイブが残されている[17]。また、2021年の投稿数をみると、3月と7月を頂点とする2つの山が存在する。両期間には青年解放会が主催したデモが行われており、告知、集会が開催される近辺の地図、反政府運動の実況が多数投稿されていた。このうち3月のデモは拘束された活動家の釈放が主な目的であるのに対し、7月の活動は同団体が2020年7月に本格的な反政府運動を始めて1年がたったことを受けて、集会が活性化したものであるとみられる。12月と1月の投稿数の減少は非常事態宣言に伴う大規模なデモの減少が原因と考えられる。また、4月から6月にかけての投稿数の落ち込みは、赤シャツや黄シャツがデモ活動に合流したことから、それまでの若者中心のデモとは異なる方向性で反政府デモが実施されたために生じた。また、デモの有無に関係なく、すべての期間を通してテキストやコラージュ、イラストを用いた画像と政府への批判を文章にまとめた内容のものがほぼ同じ割合で投稿されており、10月以降の投稿数が大きく減少した期間においても内容は大きく変化しなかった。

図4 青年解放会のフェイスブック投稿数(2020年11月-2021年12月)(単位:件)
出所:Facebook "เยาวชนปลดแอก - Free YOUTH"(https://www.facebook.com/FreeYOUTHth, Accessed February 18 2022)より筆者作成

 図5は、2021年7月から12月にかけて、青年解放会がフェイスブックに投稿した内容に対する反応の数をまとめたものである。全体を通して3つの山が存在するという点と、2021年10月から12月の3か月に数値が最も低くなるという点で図4のグラフと共通しているが、2021年11月の数値が高いという点で投稿数のグラフと異なる。2021年11月は憲法裁判所が反政府運動での王室批判を違法であると指摘し、それに対する批判が原因でデモ活動が発生したが、それまでの反政府集会と比べると規模が小さく、デモ活動が連鎖するようなこともなかった[18]。しかし、1か月前に当たる10月には8月に頭を打たれて昏睡状態にあった少年が死亡したという出来事が起きたばかりであった[19]。10月もデモ活動が収束していたものの、憲法裁判所の声明によって反政府派の不満が再び昂じたことで、青年解放会の投稿に対して多くの共感が集まったものであると考えられる。反応の内訳に着目すると、11月を除く数値が高い3つのピーク時にシェアの数が増えている。このことから、青年会崩壊の投稿の中で特に拡散されやすい情報は、反政府集会の実施に関する内容のものであるといえる。

図5 青年解放会の投稿に対する反応(2020年11月-2021年12月)(単位:千件)
出所:Facebook "เยาวชนปลดแอก - Free YOUTH"(https://www.facebook.com/FreeYOUTHth, Accessed February 18 2022)より筆者作成

第3節 MSUD

 MSUDは、マハーサーカラーム大学の学生によって運営されている学生団体である。同団体は2020年の2月から抗議活動と学生運動を続けている[20]。団体の方針は、タイの権威主義体制を強化する軍事派とエリート層が支持する政治体制を改革し、民主主義と福祉を平等に推進することである。今回の反政府運動では、新未来党が憲法裁判所から解党処分と10年間の政治参画の禁止を要求された際に抗議運動を開始し、2021年7月にはカーモブと呼ばれる車を用いたパレード形式の反政府集会を主催し、多くの人々が参加した[21]。なお、MSUDは10万6,433人のフォロワーを抱えるフェイスブックアカウントを運営している。  

 図6は、2020年11月から2021年12月にかけてMSUDがフェイスブックに投稿した回数をまとめたグラフである。2021年1月から2月にかけての投稿数が突出して多くなっている。2020年の11月から12月は第2波の時期であるため、運動の盛り上がりが投稿数に反映されている。2021年の1月と2月は、非常事態宣言下においてもSNS上で反政府運動の勢いの保持を試み、2月には拘束者の釈放を求める運動が高まったことが理由となって数値が高くなったのだと考えられる。2021年7月から8月にも小規模な数値の上昇がみられるが、2021年4月から12月には大きな数値の変動は見られない。7月は同団体がカーモブを主催し、その告知や順路を示した地図、当日の実況が投稿されたため数値が上昇した。8月は他団体においても反政府集会が活性化した時期であったため、MSUDにおいても同様に反政府運動が盛んになり、投稿数が増加したものであるとみられる。

図6 MSUDのフェイスブック投稿数(2020年11月-2021年12月)(単位:件)
出所:Facebook " แนวร่วมนิสิตมมส.เพื่อประชาธิปไตย - MSU Democracy Front "(https://www.facebook.com/MSUDemocracyFront, Accessed February 18 2022)より筆者作成

 図7は、2021年7月から12月にかけて、MUSDがフェイスブックに投稿した内容に対する反応の数をまとめたものである。数値が高い時期は図6のグラフと重なっているが、7月の数値が極めて高くなっている。カーモブ関連情報が多くの人々に拡散され、大きな反響があったことが読み取れる。また、投稿数が7月とほぼ同じであった8月は、反応の数が極端に減少しているため、投稿者が主催するデモ活動関連情報の需要の高さがうかがえる。デモ第2波にあたる2020年の11月から12月、反政府運動の保持を試みた2021年の1月、拘束者の釈放をもとめた2月は投稿数が多いため、それに伴い反応の数も多くなっている。特に、1月は非常事態宣言の延長によって集会活動が制限されたにもかかわらず、前の2か月と大きく変わらない反応数を維持しており、SNS上での情報拡散を盛んに行うことで活動を維持しようとした団体の努力がうかがえる。その他の月の反応の数は50件から700件の間で推移しており、あまり大きな数値の変化は見られない。

図7 MSUDの投稿に対する反応(2020年11月-2021年12月)(単位:件)
出所:แนวร่วมนิสิตมมส.เพื่อประชาธิปไตย - MSU Democracy Front|Facebook (https://www.facebook.com/MSUDemocracyFront, Accessed February 18 2022)より筆者作成

 MSUDの学生に対するインタビューでは、デモ第2波と現在の反政府運動を取り巻く状況の違いと、学生運動の情報に触れた学生の心境の変化が明らかになった[22]。デモ第2波の時期と現在で大きく異なる点は、人々をけん引する政治団体の数が増加し、反政府運動を行う団体が地方を含む全国各地に組織されたことである。タイの若者は、2020年から現在にかけて実際にデモに参加したり、反政府運動に関するニュースに触れたりする機会が多くあった。その結果、若者たちは反政府運動の促進活動を行う必要性に気付くようになり、反政府運動を各地で行わなければならないと考える人の数が増加した。2021年1月現在、タイ国内の反政府運動は2020年と比べて減速傾向にある。しかし、MSUDは反政府運動を続け、デモ第2波の時のような盛り上がりを再びとり戻さなければならないと考えている[23]。そのためには、多くのタイの若者による学生団体の支援が必要である。勢いが衰えながらも反政府運動がここまで続けられてきたという事実を踏まえると、多くのタイの若者は現行政府を支持しておらず、今後もMSUDのような反政府派の主張を支持し続けるだろう。

第3章 反政府デモに参加した若者がタイ社会から受けた影響の考察

第1節 情報発信者の関係性

 この節では、第2章で分析したグラフの傾向を分析し、学生運動の中心人物の役割を考察する。3者のグラフの傾向は、タイ全体の反政府運動の勢いを反映しつつ、傾向の違いがある時期は他者との運動の補完関係がみられる。3つのアカウントの投稿数とそれに対する反応数の共通点は、2020年11月から12月と2021年7月から8月に数値上昇のピークが認められることである。前者はデモ第2波の終盤にあたる時期であり、どの団体も2021年の数値が低迷する時期と比べて高い数値を記録している。また、後者はデモ第2波から1年が経過し、政府のコロナウイルス対策批判がテーマのデモが増加した[高橋 2021b: 73]。8月はペンギンを含む個人活動家が再び拘束されただけでなく、少年の被弾事件が重なり、反政府運動がさらに盛り上がった[24]。3者のフェイスブックは、反政府運動の盛り上がりの波を投稿数と反応数の上昇という形でとらえていたといえる。

 一方で、団体である青年解放会およびMSUDと個人活動家のペンギンの2つのグループに分けたとき、互いの状況の変化が他方のグループにも影響を与え、各アカウントのグラフに違いを生み出している。2月にペンギンが拘束されたとき、青年解放会とMSUDの投稿数と反応数が高くなっている。当時、反政府派は拘束された活動家の釈放を求める集会を活性化さており、SNSの投稿にもその状況が反映されている。また、8月にペンギンが拘束された際も運動は収束せず、青年解放会を中心にSNSでの情報発信と集会が続けられ、反政府集会の盛り上がりが維持された。同様の補完関係は団体同士の関係においてもみることができる。2020年12月から翌年3月あたりまでの投稿数に注目すると、12月から1月にかけて青年解放会の投稿数が減少するのに対し、MSUDの投稿数は上昇している。また、2月から3月にかけて青年解放会の投稿数が上昇するが、MSUDの投稿数は減少する。単純に他団体の投稿数を踏まえて互いに投稿数を調整しているわけではないが、反政府派全体の状況や特定の団体の活動量が低下した場合でもそれを補いあうことができる関係性が読み取れる。

 また、投稿数の起伏に着目すると、MSUDのような学生団体と青年解放会のような大きな団体の活動の違いが読み取れる。4月以降MSUDの投稿数は低い値で推移しており、7月や8月のデモが活性化した時期に関しても1月のような高い数値になっていない。それに対し、青年解放会は投稿数が多く、7月と8月の投稿数はMSUDの約3倍である。これは団体の規模がそのまま反映されており、1つの大学を拠点として活動しているMSUDには、学校の垣根を超えた大きな組織である青年解放会と同じように頻繁に集会を主催し、情報を発信し続けることが難しいことが考えられる。MSUDがインタビューで答えたように、大学の学生団体と同程度の規模の団体が今後も活発に活動を続けるためには、反政府派の人々の支持が不可欠である。このように、3者は反政府派の大きな活動の流れを踏まえつつ、自然と活動を補い合うような形で反政府運動の勢いを保つ努力をしている。

第2節 学生運動参加者の現在

 学生運動は全盛期の第2波の時期と比べて停滞傾向にあるが、反政府デモに参加していた若者は中心人物に近い者であるほどデモへのモチベーションを現在も保つことができていると考えられる。2020年から今日まで続くデモを通して、タイの若者たちは同世代の人間が既存の社会制度に立ち向かう様子や、反政府運動の輪が徐々に広がっていく様子を目の当たりにしてきた[25]。2020年の10月以降は政府による反政府運動の取り締まりが強化されたが、反政府派の中心人物の逮捕や、新型コロナウイルスの感染拡大状況の悪化など、大きな出来事が起こった際は反政府運動が復活した。反政府派の若者は、権威主義的で自分たちの主張を行いにくい環境下で生活しつつ、断続的に運動を行うことで反政府派としての主張を続けてきた。しかし、SNSでのデモ関連投稿や、それらの投稿に対する反応が減っていることから、タイ社会に生きる若者の反政府運動への関心は確実に下がってしまっていると考えられる。一方で、デモの話題に触れて実際に参加した若者の中には、自発的に社会に対する意見を発信し、行動を起こすことの大切さを理解した者が存在する[26]。このような若者を連鎖的に増やすことで、反政府派の社会に対する影響力はより強固なものになるだろう。

 また、SNSの活用は単に情報を拡散するだけではなく、運動を主宰し、反政府派の吠え組の役割を果たす団体を地方に作ることができるというメリットがある。1970年代から今日まで、反政府デモは首都バンコクを中心に行われてきた[高城 2015: 9]。今回のデモでは運動の参加者がSNSを活用することで地方部にも反政府運動の輪が広がり、これまでよりも多くの人々が比較的場所の制約にとらわれずに自分の意思を主張できるようになった。地方部にも団体としてのデモ活動の場が作られることで、タイ社会の中で政府に反政府派としての主張を確認しあえる仲間を見つけやすい状態が構築されつつある。このような流れは、大学生と比べて学校外の同世代の人間と交流をする機会が少ない中高生が連帯し、反政府運動に積極的に参加していることからも読み取ることができる。

 一方で、反政府派は時間がたつほど団結力を失いやすく、次第に意見を主張する力を失ってしまう可能性がある。それだけでなく、MSUDのような学生団体は運営者が大学の関係者に限られるため、支持者がいなければ活発に活動を続けることが難しい。タイの権威主義的な風潮や既存の王室制度は長い歴史の下で成立しており、王室派の人々に反政府派の意見を聞き入れてもらうことは非常に難しい。中高生に関しては親の庇護下にある人が大学生よりも多く、権威的な社会構造の中ではまだ弱い立場であるため、王室制度が当たり前の社会の中で育ってきた親や教師の世代に反政府的な意思を抑えられてしまう可能性がある。また、政府は新型コロナウイルスの拡大に伴う緊急事態宣言を延長することで反政府派の集会の阻止を試みており、反政府派にとって現地でのデモ活動を行いにくい状態が続いている[高橋 2021a: 52]。若者たちはSNSを駆使して反政府派の人々のつながりを保っているが、時間がたつにつれて投稿に対する反応や反政府運動に関する情報が減少しており、反政府派に対する民衆の関心が低下していると考えられる。反政府派の意見と学生運動を行う気力が自然消滅してしまう前に、より多くの人々に反政府派の意見を広め、タイ国内の政治勢力の1つとしての地位を確立させる必要がある。

第3節 運動参加者の目標達成のために必要なこと

 今日まで続く若者を中心とした反政府運動の中で、若者は集会などを通して権威主義体制に対する反対意思を主張している。それに対し、政府は陰謀論を用いて若者をたしなめたり、不敬罪をはじめとする現行の権威主義体制の中で政府が合法的に反政府派を鎮圧したりするなどして、若者の主張に耳を傾けず本質的な議論を回避している。政府は君主制改革に対する意見の主張を全面的に却下しており、民主主義的ではない強制的な表現で若者たちの考え方を否定してしまっている。現行の権威主義的な社会体制の下では、学生たちの意見より政府や王室関係者の意見のほうが圧倒的に尊重されやすい状況が作られてしまっているため、反政府運動においても政府の意見の影響力および権力のほうが反政府派の学生よりも勝っているといえる。権威主義という体制が存在する限り、王室が政府より、政府が民衆より大きな力を持つという権力関係は変化しづらい。また、政府が用いる上記のような概念を支持する年長者の層が存在する限り、現行政府を支持する人が多く存在することになるので、反政府派の若者たちが求めるような政治改革は実現しにくい状態が続くだろう。

 一方、若い世代にとって不利な状況であるにもかかわらず、若者たちはデモ活動を通して自分たちの意見を主張し、学生運動を全国の若者に広げて政府に対抗するための大きなつながりを作りつつある。かつて反政府運動や政治運動に参加していた大人たちも学生たちの支え役として加わり、プラユット首相の退陣を目的とした若者たちの運動は、学生運動が始まったばかりの2020年2月と比べて規模が拡大し、単に都市部の運動に学生に影響を受けただけではなく、個人が自発的に政治運動を行う重要性が少しずつ認知されつつある。しかし、反政府デモに関する話題のSNSへの投稿数の減少から読み取れるように、学生運動は流行性の出来事であり、参加者の運動に対する熱意が熱しやすく冷めやすいという側面を持つ。学生たちが対抗する政府や親王派は、長年にわたって存続された上で文化として定着した王室制度や社会構造を支持しているため、支持者が離れにくく勢力が衰退しにくい。長期的な視点から見ると、これまでのような形で若者の意見に対して政府や王室制度の支持者が耳を傾けないのであれば、反政府派は次第に疲弊してしまうと考えられる。

 反政府派の若者たちは、現行の社会構造を利用しつつ、長い時間をかけてできるところから政治改革を要求していく必要がある。若者たちは2020年から続けられてきたデモを通して、タイ国内に存在する政治腐敗や王室の権力的な問題を公に引き出し、タイ国民や他国の人々にその存在を知らせることができた。国の制度を変化させるためにはより多くの人々の自発的な支持が必要であり、それを促すためにはタイ国内の問題を自分事としてとらえ、それぞれにできることを考えて実行する人をほかの世代にも増やすことが重要である。そのためには、現在でも活動に参加している層の世代に年齢が近い層から運動に巻き込んでいくとよいだろう。加えて、人々にタイの政治問題についてより深く知ってもらうために、政治に対する関心が薄い層が抵抗感を示すようなデモ形式の反政府運動だけではなく、対立する者同士が冷静に話し合う機会をこれまで以上に増やすべきである。

 デモの中心人物として反政府運動をけん引する若者たちの中には、君主制を尊重しつつ改革を要求するなどして、対立勢力と冷静に対話をする準備ができているものも存在する[玉田 2020b: 4]。しかし、政府に対する怒りや不満を持った人が誰でも落ち着いて対話に臨めるわけではないので、このような対話の姿勢をほかのデモ参加者に広げることは難しいことである。時間をかけて、個人が社会の空気を変えるためにできる小さな行動をより多くの人々が認知することができたならば、既存の権威主義を保持しようとする政府関係者にも比較的意見受け入れるようになるだろう。

おわりに

本稿は反政府デモに参加した若者の現在の状況を学生の目線から明らかにすることを目的とし、研究を進めた。2020年の2月に始まった反政府デモは、緊急事態宣言の延長に伴う外出規制に阻まれながらも多くの学生によって続けられてきた。学生は暴力的行為ではなく集会などの平和的な手段を中心に反政府運動を行っていたが、学生運動の規模が拡大すると、2020年秋ごろから政府が不経済や扇動罪の名目でデモを武力的に鎮圧するようになった。反政府派の学生運動は、主要人物が次々と拘束されるようになり、暴力的な手法を用いたデモ活動が増えたことで統率力が低下し、2020年秋をピークに勢いが衰えていった。現状はこれまでの王政を尊重したうえで政治改革を求める学生に対し、政府は権威主義的な社会構造を崩さない姿勢を保持しており、学生の意見が洗脳や陰謀論によるものであるとして全く聞き入れられていない。

 反政府派の学生は積極的にデモ活動の音頭をとり、SNSで反政府運動の関連情報を発信することで、非常事態宣言下においても反政府運動を継続させた。2021年以降、ペンギンなどの個人活動家を中心に反政府派の人物が扇動罪や不敬罪の名目で政府に拘束されることが増えた。そのため、情報の更新が途絶えてしまっているアカウントが存在するが、反政府派の若者は、団体のSNSアカウントを中心に互いに運動の勢いをつなぎあうようにして運動に関する情報を発信し続けている。特に、団体が主催する集会型の反政府運動に関する情報は需要があり、反政府派のネットユーザーに拡散されやすく、大きな影響力を持っている。MSUDはその一例であり、彼らの活動はタイ国内の各地に広がり、反政府運動関連団体の拡大につながった。

 2021年以降、これらの人物は扇動罪や不敬罪の名目で政府に拘束されることが増え、情報の更新が途絶えてしまっているアカウントが存在するが、団体のSNSアカウントは互いに運動の勢いをつなぎあうようにして運動に関する情報を発信し続けている。2022年2月時点では、学生運動に強い興味を持つ若者であるほどでも活動へのモチベーションを維持できているが、そうでない若者の関心は徐々に失われつつある。また、政府が現行の保守的な政治体制を改革する気配は見られず、MSUDと同等の規模の学生団体は、青年解放会のような大型の団体よりも活動が失速しやすい。これまでと同じ形でデモ活動が行われるのであれば反政府派の消耗が進むため、社会を担う層の世代交代がない限り大きな政治改革を行うことは難しいと考えられる。反政府派の学生は現行の社会構造を利用しつつ、対話を通して政治改革派を支持する人の数を少しずつ増やし、タイ社会の人々がより自発的に政治に対する意見を主張できるような環境を作るべきである。そうすることで、一過性の運動よりも確かな土台をもつ政治勢力として政治改革を要求できるようになると考えた。

 今回の研究の最も大きな課題は、アンケートの運用方法である。選択形式の設問を増やすなどして回答者が答えやすいアンケートづくりに取り組んだが、質問内容の絞り込みやアンケートの拡散が不十分であり、回答者を得ることができなかった。仮に今回の研究の中で反政府運動参加者からの回答を得ることができていたならば、より細かな現地の事情や運動当事者の心境の変化を知ることができていたかもしれない。次にアンケート調査を行う際は、拡散する媒体や回数をむやみに増やすのではなく、対象者の文化圏のSNS事情をある程度把握し、回答者がリーチしやすい媒体や時間帯を選んだうえでアンケート調査を実施したい。

参考文献

高城玲. 2015. 「タイの政治・社会運動と地方農村部─1970年代から2014年までの概観」『神奈川大学アジア・レビュー』第2巻 pp. 4-39

高橋勝幸. 2020. 「タイの反独裁フラッシュモブ:ビサヌローク県の民主化デモを中心に」『タイ国情報』第54巻2号 pp. 38-46

高橋勝幸. 2021a. 「不敬罪起訴に挑むタイの民主化運動(2021年2月~3月)」『タイ国情報』第55巻第2号 pp. 52-61

高橋勝幸. 2021b. 「異床同夢の立憲革命の日:タイの民主化運動(2021年4月~7月)」『タイ国情報』第55巻第4号 pp. 64-75

玉田芳史. 2020a. 「学生の反政府運動:なぜ、いつ、どこで、誰が、何を?」『タイ国情報』第54巻第5号 pp. 1-17

玉田芳史. 2020b. 「若者の政治改革要求と君主制」『タイ国情報』第54巻第6号 pp. 1-16

Aim, Sinpeng. 2021. “Hashtag Activism: Social Media and the #FreeYouth Protests in Thailand.” in Critical Asian Studies. Vol. 53 pp. 192-205

McCargo, Duncan. 2021. “Disruptors’ Dilemma? Thailand’s 2020 Gen Z Protests.” in Critical Asian Studies. Vol. 53 pp. 175-191

参考ホームページ

日本貿易振興機構(https://www.jetro.go.jp/)
日本放送協会(https://www.nhk.or.jp/)
Bangkok Post(https://www.bangkokpost.com/)
CNN(https://edition.cnn.com/)
Datareportal(https://datareportal.com/)
International Federation for Human Right(https://www.fidh.org/en)
Prachatai(https://prachatai.com/english/)
Rap Against Dictatorship(https://rapagainstdictatorship.com/)
Twitter(https://twitter.com/)

脚注
[1] Bangkok Post (online edition), 28 August 2020 “Why Thai Student Movement Can't Exist”
[2] 日本貿易振興機構「続くタイの政治混乱 : あぶり出された真の対立軸(2020/1)」(https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Analysis/2020/ISQ202010_001.html、2022/2/18最終閲覧)
[3] 日本貿易振興機構「立ち上がるタイの若者たち:「法の支配」の実現 を目指して(2020/10)」(https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2020/ISQ202020_027.html、2022/2/18最終閲覧)
[4] 同上
[5] Rap Against Dictatorship (https://rapagainstdictatorship.com/bio/, Accessed 10 November 2022)
[6] Bangkok Post (online edition) 24 May 2021 “Pandemic Shows Need for New Approach to Protest”
[7] Thai PBS World “Thai Anti-establishment Protest Leader ‘Penguin’ and Activist ‘Ammy’ Granted Bail (11 May 2021)”, (https://www.thaipbsworld.com/thai-anti-establishment-protest-leader-penguin-and-activist-ammy-released-on-bail/, Accessed 15 February 2022)
[8] International Federation for Human Rights “Thailand: Arbitrary Detention of Eight Pro Democracy Activists (https://www.fidh.org/en/issues/human-rights-defenders/thailand-arbitrary-detention-of-eight-pro-democracy-activists, Accessed 10 February 2022)”
[9] Twitter “เพนกวิน - Parit Chiwarak” (https://twitter.com/paritchi, Accessed 31 December 2021)
[10] Prachatai “Teenager Shot at Din Daeng Protest Dies after 2-Month Coma (29 October 2021)”
[11] CNN “Thai Court Rules Protesters Sought to Topple Monarchy as Kingdom Defends Royal Insults Law at UN (https://edition.cnn.com/2021/11/10/asia/thailand-student-protest-insult-monarchy-intl-hnk/index.html, Accessed 10 February 2022)”
[12] 日本放送協会 「タイ バンコクで大規模抗議デモ 王政改革要求に違憲判断で(2020/11/15)」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211115/k10013348031000.html、2022年2月9日最終閲覧)
[13] Twitter “เพนกวิน - Parit Chiwarak” (https://twitter.com/paritchi, Accessed 31 December 2021)
[14] 同上
[15] 日本貿易振興機構「立ち上がるタイの若者たち:「法の支配」の実現 を目指して(2020/10)(https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2020/ISQ202020_027.html、2022/2/18最終閲覧)
[16] Facebook "เยาวชนปลดแอก - Free YOUTH" (https://www.facebook.com/FreeYOUTHth, Accessed 18 February 2022)
[17] Facebook "เยาวชนปลดแอก - Free YOUTH"(https://www.facebook.com/FreeYOUTHth, Accessed February 18 2022)
[18] CNN “Thai Court Rules Protesters Sought to Topple Monarchy as Kingdom Defends Royal Insults Law at UN (https://edition.cnn.com/2021/11/10/asia/thailand-student-protest-insult-monarchy-intl-hnk/index.html, Accessed 10 February 2022)”
[19] Prachatai “Teenager Shot at Din Daeng Protest Dies after 2-Month Coma (29 October 2021)”
[20] MSUDへのインタビューより(2022/1/9)
[21] Facebook " แนวร่วมนิสิตมมส.เพื่อประชาธิปไตย - MSU Democracy Front "(https://www.facebook.com/MSUDemocracyFront, Accessed 18 February 2022)
[22] MSUDへのインタビューより(2022/1/9)
[23] 同上
[24] Prachatai “Teenager Shot at Din Daeng Protest Dies after 2-Month Coma (29 October 2021)”
[25] MSUDへのインタビューより(2022/1/9)
[26] 同上

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