【読書】「速すぎたランナー」増田晶文

1990年代に日本屈指のスピードランナーとして長距離走で活躍した、早田俊幸選手のことを長年にわたって追ったノンフィクションです。2000年に小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した「フィリピデスの懊悩」という作品に追加取材と改稿を加えて2002年に発行されたのが、この本です。

私は自分が趣味で走るのは好きですが、スポーツ観戦にはさほど熱心ではありません。早田さんのことも、詳しいことまでは存じ上げなかったのですが、この本を読み、日本の長距離界を担うとまで言われた才能を持ちながらマラソンで勝ちきれなかったという苦悩や、それでもスピードを生かした自分の走りを貫き続けたいという強い思いを持ってマラソンに挑み続けたランナーだというその姿が伝わってきました。

また、早田さんより1世代前にあたる瀬古利彦さんや中山竹通さん、ほぼ同世代の森下広一さん、金哲彦さんをはじめ、当時の日本を代表するマラソン選手のコメントや走りに対する考え方などがたっぷりと出てくるのも、とても面白いところでした。発行から20年近くたったタイミングで読むと、日本の男子マラソン界が五輪でメダル争いに関わっていた頃からじわじわと世界との差を広げられていく時期にかけての記録としても、興味深く読むことができます。おそらくは選手に対するコーチや所属企業、果ては陸連の締め付けが今よりも強かったであろう時代に、型にはまることをよしとしない早田さんのような選手がいた。そのことが、たとえ当時は悪目立ちしたとしても、歳月を経て大迫選手や設楽悠太選手のように「自分流」の走りをする選手が活躍する余地を生むことにもつながったのではないだろうか、なんていうことも感じました。

全体的な内容はこれぐらいにして、ここからは私がランニングをするうえで参考になりそうだと感じた本文中の記述を書いていきます。著者はランニングの専門家などではないようですが、選手からコーチまでさまざまな人を取材して書かれた本なので、素人の役にも立ちそうな点がいくつもありました。

「インターバルトレーニングは、急走のとき心拍数を一分間180近くまで追い込み、ペースを落としたら心拍数が120になるまでジョギングを続け、心拍数が落ち着いた時点で再び急走を開始する。一般にマラソンレース中のランナーの心拍数は170程度と言われているので、このトレーニングの疾走時はれーすよりきつめの設定だ。スピードを要請するだけでなく、持久力の指標となる最大酸素摂取量の強化にも役立つといわれる。」
<感想>
心拍数は人によって違うものだとは思いますが、トップ選手でもマラソンレース中は170ぐらいまで心拍数が上がっていると知れたことは、私にとってひとつの安心情報でした。

「ゆっくりと長い距離を走れば脚部の毛細血管が発達するといわれている。太く丈夫な血管は、42.195キロを戦い抜くだけの酸素や栄養素を心臓から脚部に送り込んでくれる。」
<感想>
LSDの効果、ということですね。

「瀬古はマラソンを制するためにピッチ走法を推奨する。『ピッチだとスピードを調整しやすいんです。ペース配分を歩数で計算できますからね。だから僕に限らずピッチで走っている選手は成績のでこぼこが少ないんですよ。ストライド走法で走る選手はツボに嵌まれば本当に怖いけど、脚の負担が大きいからどうしてもダメージの回復が遅れ、戦績にムラが出てしまう』」
<感想>
ピッチ走法の方が脚への負担が軽いというのは感覚的にもわかりますが、一流のランナーは歩数でペース配分を計算するのですね。私にはとてもそこまで出来ていませんが、それができるようになれば、ランニングウオッチに頼る度合いを少なくすることができそうです。どれほど難しいのか、あるいは慣れればある程度歩数からペースをつかめるようになるのか、走るときに試してみようと思います。

「ジョギングは強い運動ではないが、心肺機能を高めるだけでなく、疲労回復の効果もある。マラソンランナーは"休養日"であっても、ジョギングだけは欠かさない。」
<感想>
多少疲れていても、膝の痛みなどが出ていたりしなければ素人ランナーでもゆっくり走った方がよいということでしょうか。

「靴の重さが10グラム軽くなるだけで、ランナーの負担は265カロリーも軽減される。瀬古がロス五輪で履いたのは190グラム、宗兄弟が140グラム、有森裕子はやや重いシューズが好きで135グラムのを愛用していると言う」
<感想>
ここは興味深い記述ですが、ちょっとよくわからない箇所でもありました。まず、265カロリーの負担が軽減されるというのがどれだけの距離に対してなのかということが記されていません。ランニングでは、移動1kmあたりに体重1kgにつき1kcal(1キロカロリー=1000カロリー)を消費するとよく言われますので、それを基準に考えてみます。シューズが10g軽くなるというのが「片足分」なのか「両足分」なのかも書いてありませんが、フルマラソンを走ることを考えると、1kmにつき10カロリー(両足分で10gの軽量化)あるいは20カロリー(片足で10gの軽量化)の負担軽減となりますので、それが約42kmとして420カロリー、あるいは840カロリーの負担軽減となります。265カロリーとは結構違う数値ですね…。いずれにしても、シューズが片足(あるいは両足)で10g軽量化されると、フルマラソンにおけるカロリー消費の軽減は1kcalに満たないという試算になります。では、1kcalとはどれほどのエネルギーなのか。「簡単!栄養andカロリー計算」というサイトで調べたところ、レーズン(干しブドウ)1粒当たりのカロリーが1.8kcalとありました。だとすると、シューズ10g, あるいは20gの軽量化によるカロリー負担の軽減は、レーズン1粒から得られるエネルギー摂取よりも少ないということになります。こう考えると、シューズ軽量化の効果をカロリー消費の軽減という視点で論じるのはあまり説得力がない気がします。私は素人ですが、自分の感触からすると、シューズ軽量化の効果はむしろ、脚の回転を速めやすくなるとか、脚の筋肉の疲労が幾分抑えられるとか、そういった点にあるのではないかと感じます。

ついでに書くと、有森さんのシューズが、本文に記された3人の中で最も軽いものであるにも関わらず「やや重いシューズが好き」とされているのも、「あれ?」と感じた点でした(女性ランナーにとっては135グラムは重いということなのでしょうか)。

もちろん、この本は趣味で走る人に向けたHow to本ではなく、早田俊幸さんというトップランナーのことを追ったノンフィクションなので、素人が走るうえで参考になる情報を載せようという意図などは持たずに書かれたものだと思います。それを知ったうえでもやはり、全くの自己流でランニングを続けている身としては、幾らかでも参考にできそうなことが書いてあるとそこに目が留まってしまいます。

ですので、著者にとっては些細なことかと思われる点についても幾つか細かく感想を書いてしまいましたが、全体としてはノンフィクションとして純粋に面白く、また、走ることについてのヒントにも触れてある、そんな1冊でした。


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