続 香港、サイバーパンクを求めて
前編はこちらから
旺角での夜、断片的に街に散らばったサイバーパンクの欠片を拾い集めた翌日、私は一つの場所でどう写真を撮るかを入念にイメージトレーニングをしていた。
場所は香港一の夜景スポットであるヴィクトリアピーク。
超王道を通り越してベタすぎる観光名所でどうやって自分の求める写真を撮影するか。ずっと考えを巡らせていた。
無論日中もそれなりに街歩きを楽しみつつ撮影は進めていたものの夜景のことを考えるといてもたってもいられなかった。
「ネットは広大だわ」
という有名なセリフがある。
前編でも記したサイバーパンクの金字塔、アニメ映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」のラストシーンで主人公が口にするセリフである。
あのシーンに出てくる風景を、どうしてもヴィクトリアピークで再現したかったのだ。
時間、色温度、色空間、露出、帰国後の現像処理…
そして場所取り。
色々と作戦を練りながら遅い昼、目的地へと歩み始めた。
山頂行きのトラムは物凄い行列で、乗るまでに1時間半以上がかかったがそれも日没までの時間の計算にきちんと組み込んでいた。抜かりはなかった。
トラムを降りたあとも、急ぎ足で展望台へと向かう。
当然のように展望台も人でごった返していた訳だが、それも無論想定内のことでベストポジションである展望台の角へ人をかき分けながらジワリ、ジワリと進んでいった。ここまでくると忍耐勝負である。
いい具合に辺りも暗くなってきている。
そして、ようやくベストポジションを確保、実にトラムの列に並び始めてから3時間以上が経過してからの事だったのもあり夢中でシャッターを切っていた。狙いはバッチリだ。色も多めに緑をのせてみたが映画の雰囲気に近づけられてるんじゃないだろうか。そう思っていたときのことだ。
「あなたのカメラ、設定おかしいですよ」
後ろからいきなりそんな言葉を投げつけられたのだ。
振り向くとそこには歳の若い、学生と思しき中国系の青年が立っていた。
辿々しい英語で何かを一生懸命伝えてくるので耳を傾けたところ
「あなたの設定は間違ってるので正しい答えを教えてあげます」
一瞬何のことかサッパリわからず、長年使った愛機にはまだ隠された素晴らしい機能や設定があったのを見逃したままなのだろうかと思ったが次の瞬間
「色設定を間違ってますよ、青すぎる。何故そんな色で撮るのか」
。。。
大きなお世話である。
普段なら無視を決め込むところなのだが、4時間近くをかけてやっとの思いで撮影していたところでいきなりこんなことを言われたものだからつい頭に血が上ってしまった。そして脳内で流れはじめるスタン・ハンセンのテーマ。
「え?サイバーパンクって知ってます?それっぽい写真撮りたくてわざと青くしてるんですけど何か問題でも??」
不機嫌さを隠しもせずに言い返したところ、
反論されて一瞬ひるんだものの青年もなぜか引かずに
「サイバーパンクは知らないけど一度僕の伝える設定で撮って欲しい、絶対にその方がいい」
と自信満々にゴリ押しをしてくる。一体何なのだろうか。サイバーパンク知らんのかい。ていうかお前は誰だ。
だが完全に頭に血が上り切ってしまっていた自分は売り言葉に買い言葉、押し問答の末「上等だコノヤロー、お前の設定がなんぼのもんじゃ〜」となぜか青年のアドバイス通りに設定を変えてシャッターを切る始末。完全に時間の無駄である。
そうして撮った写真がコチラ、今見返してもピントの合ってなさといい画角の選び方といいやる気の無さがよく表れていると思う。
そして、このポストカードのような、ド正当な色合い。
これはこれで悪くはないのだが求めているものが違いすぎる。サイバーパンクとは程遠いではないか。
さっきまでの怒りのボルテージは何処へやら、カメラのモニターを見た私はすっかり萎えてしまった。
「あ、もう結構です」
そして元の青緑色の設定に戻して撮り直し始めると「何故だどうしてだ」とさらにしつこく青年が声をかけてくるので
「ポストカードみたいなリアルな写真は別に求めてないんで…」
と言い残しその場を立ち去ることにした。完全にテンションをへし折られてしまった瞬間である。
まあもう、ちゃんと撮れてるしいいか…と思いつつも半日近くかけた撮影が不完全燃焼に終わったことが悔しくてその晩は蘭桂坊で独り、ベロベロになるまでヤケ酒を煽って終了した。
写真撮影の締めはやはり「撮ったどー!!」という気持ちで終わりたいものである。
結論から言うと、前編でも述べた通り
「サイバーパンクの世界は自分の脳内に存在する」
のである。声をかけてきた彼の脳内にはそもそもその世界が存在しなかった、只それだけの事なのだ。(サイバーパンク知らないって言ってたし)
見えている景色は同じでも、目指しているものが根本的に異なっていた、という話である。
きっと彼は前で撮影している私のカメラの真っ青なモニターを見て、親切心で声をかけて来たのだろう。慣れない英語で必死に伝えようとしてきた事を今になって振り返ると逆ギレなんて悪い事をしたな、という気にならなくもないがあの時の私には有難迷惑であったという気持ち以外を抱くことができなかったのだ。
こうして短い香港での滞在を終え、帰国の途に着くことになった。
初めて海外での撮影で不完全燃焼した、そんな旅であった。
補足編へ続く。。。
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