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『帰途』田村隆一|優しさを願う

帰途


            田村隆一

  言葉なんかおぼえるんじゃなかった
  言葉のない世界
  意味が意味にならない世界に生きてたら
  どんなによかったか

  あなたが美しい言葉に復讐されても
  そいつは ぼくとは無関係だ
  きみが静かな意味に血を流したところで
  そいつも無関係だ

  あなたのやさしい眼のなかにある涙
  きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
  ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
  ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

  あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
  きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
  ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

  言葉なんかおぼえるんじゃなかった
  日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
  ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
  ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

(一九六二年/『言葉のない世界』(昭森社)所収)


読んでいた本の中に紹介されていた詩。

「言葉なんか覚えるんじゃなかった」

その一言が目に飛び込んできた瞬間、
言葉の奥にある気持ちに、
ぐっと引き寄せられた感覚だった。

物事は解釈次第だと言うし、意味を探そうとするから拗れるのだとも言う。

あの時傷ついた言葉。
無意識に傷つけてしまった言葉。
それがあるからこそ、やっぱり優しくなりたいと思う。許せる私でありたいと思う。

「言葉なんて覚えるんじゃなかった」と、
誰かに向けて優しさを向けられている時の感覚のままで。

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