わたしの歯、大丈夫?50年先も使える歯であるために、30代の暮らしの習慣を考えてみた
「残念ですが‥‥」
先生がしんみりとした表情で言う。
このとき、わたしの口は先生に向かって大きく開いていた。
ぱっくりと、奥歯が2つに割れた。
しかも、割れたところから細菌が繁殖し、膿んでいるのだという。もう抜歯するしかない。
たぶん朝食のパンの耳を噛んだ瞬間が、最後の一打。
日本に帰国するまで耐えてくれてよかった。運がよかったと思う一方で、「この先、大丈夫かな」という考えも頭によぎった。30代にして差し歯になるなんて、早くない?
済んだことは仕方ないにせよ、せめて残り27本の歯がこの先も健やかであってほしい。
仮に長生きするとして、80歳になっても使える歯であるためには、あと50年はがんばってもらう必要がある。
30代は、体の変化が起こる年代。歯も体の一部だから、体の変化の影響を受けることがあると思う。これを機に、50年先も使える歯であるために、今できる暮らしの習慣を考えてみたい。
◇
暮らしのなかで、歯のためにできること。それは歯磨きや定期的な歯のメンテナンスはもちろんのこと、感覚をもっと大事にしたい。その心得が、歯のためにできることにもなると思う。
特に、違和感。
理由は、まだ体が丈夫なのが30代で、なおかつ体の変化の実感が始まるのが30代だからだ。
そもそも歯が割れた原因は、「顎関節症(口を開けると頬の筋肉が痛むなどの症状がある)」によるものだった。
頬が固まり、思うように口が開かなくなったのは、もうずいぶん昔のこと。おかげ様でここ10年以上は、頬が痛くなるような症状はない。けれど、昔の傷は残ったままだったらしい。
噛み合わせが心地悪い、と感じたのはいつからだったか。記憶の足跡をたどると、それが始まったのは歯が割れる1年以上前。なんとなく、変。噛むと歯が「きゅぅっ」と変な圧がかかる感覚があった。
急に頬を腫らし、痛い痛いと泣く人たちを度々見かけていたので「それだけは嫌だ」と、最寄りの歯医者に行ってみた。けれど、違和感の原因となるような、コレといったことはつかめなかった。
「歯が欠けています」と言われたが、それは顎関節症のせいだろうと以前言われたことがあり、目新しい症状ではない。
スッキリしない気持ちで、「何も解決しなかったなぁ」と残念に思った。この後も違和感が取れることはなくて、食事のときに時々「きゅぅっ‥」と奥歯に響くのが気持ち悪かった。
◇
歯が、痛い。
はっきりと感じるようになったのは、歯が割れる約1か月前のこと。夜になると、顔の半分がじんじんと脈打つ。痛みが染み渡る。痛みの震源地がどこなのか定かではないが、とにかく顔半分がおかしい。布団の中でひぃひぃと泣いた。この時、オーストラリアにいた。
この1か月、ラオスから日本へ。日本からオーストラリアへと移動続きであった。ネットで検索すると、歯の痛みは疲れからくることもあるとの情報が。この痛みは、出張の疲れが出ているからなのかもしれない。
でも、もし腫れてくるようなことがあったら‥。海外だし、仕事中だし、絶対に嫌。オオゴトになりたくない。ここで歯を腫らすわけにはいかない。絶対に、ならぬ。
あと2日…。あと1日…。耐えてくれ。
幸運にも祈りが届き、頬は腫れることはなかった。痛み止めで痛みを紛らわせながら帰国。そしてすぐに歯医者へ駆け込んだ。
◇
「歯が割れています。歯の神経に到達しそうなくらい亀裂が深い。それで痛みが出ていたのでしょう。」
前回行ったところは予約が取れなかったので、最寄りで別の歯科医院を予約した。歯を「イーッ」としながらレントゲンを撮ってもらい、今度は口を大きく開けて歯の写真を撮ってもらった。
一通りの検査を終えて、先生がモニターの写真を見せながら「歯が割れている」と解説してくれた。歯はただの骨ではなく(歯は真っ白な骨の塊だと思っていた)3層構造になっていて、中心核に神経があるのだという。後で調べてみたところ、それは歯髄という部分であることがわかった。
確かに、骨の中心には骨髄がある。骨髄は、血液を造る工場のようなはたらきをする部位。そう考えると、同じ骨である歯の中心に血管や神経とあう繊細なものがあることは、すんなりと納得できた。さらにはその神経が歯の強度に関係しているらしく、感嘆した。
よく言う「神経を抜く」というが、この歯髄から抜くってことだったんだ。
先生の説明を聞いて、「へぇ〜」と頷きながら目の前のレントゲン写真を見る。そこに1本1本の歯の中心が黒く写っていた。この一粒大の塊の内側で、日々細胞が動いているのかぁ。
先生から歯の構造の話を聞きながら細胞の動きを妄想しているうちに、歯をリスペクトする気持ちが膨らんでいた。
◇
そこから様々な経過があったが、最終的に奥歯の中央に亀裂が入り、歯は二つにぱっくりと割れた。割れた断面を見ると、レントゲンで眺めていた部分と等しい位置が黒ずんでいた。ここがおそらく歯髄だ。
歯を抜いたことでトラブルの根源はなくなったわけで。あれこれ悩まなくて済み、スッキリしたのは事実。
けれど同時に、1年以上前から感じていた違和感をそのままにしないほうがよかったなぁと、タラレバしたくなる気持ちも事実。だからこうしてnoteを書いているのだが。
「やっぱり気持ち悪くて‥」と、もう一度早めに相談してもよかったのかもしれない。一度で原因がわからないこともあるし‥。ちょっとぐらいなら我慢できちゃう気力と体力がある年代だからこそ、早めの確認と相談って、大事なのかも。
そんなことを考えていると、これは歯に限ったことではないとも思った。
「なんか体がだるい」も違和感だし、「このルールおかしくない?」と感じることも違和感。
それがもっと拡大していくと、病気になるかもしれないし、転職や移住など行動に変わるかもしれない。違和感があるから「選ばない」と考えることもできる。
つまり、「違和感は、行動のスタートライン」。違和感は、暮らしに影響するのだ。
そうかそうかと、ひとり頷く。割れるはずのなかったものがふたつになってみて、染み渡るものがある。それは、いまは痛みではなく、1つの悟り。「違和感を信じること」だ。
30代は、もっと感覚を研ぎ澄ます。
そして、違和感を信じよう。
そうすれば80歳になっても、パンの耳はこわくない。