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もうひとつの「答え合わせ」

キリンジを嫌いだと言った昔の恋人は元気だろうか。
わたしは、好きだよ。

彼は本当に「波長が合う」という言葉がしっくりくるひとだった。
他愛のない話が尽きなくて、何もがんばらなくても楽しくて、そのうち一緒に居る時間が何より好きになって。
どちらからともなく好きだと告げ合って、付き合い始めてからも何を一緒にするのも楽しかった。素直で可愛いひとだった。彼の好きなアーティストのライブにも沢山行った。一方で、四六時中一緒に居なくても怖くない、お互いの世界を大切にできるのも心地よかった。
唯一合わなかったのは、わたしが好きなキリンジの曲を嫌いだったことだけ。

しかし、ある日わたしは好奇心に殺される。
彼と付き合い始めて3年ほど経った頃、わたしはあまりに美しいひとに出会ってしまって、あまりに欲しくなったのだ。
彼のことを好きじゃなくなったわけではなかった。単に好奇心が勝ってしまっただけ。わたしは一方的に彼に別れを告げて、そのひとと付き合うことにした。

別れてからは、振り回している自覚はあった。わたしは臆面もなく彼を遊びに誘っていた。
だって一緒に遊ぶの楽しいんだもん。繕わないわたしで居られて居心地がよかった。そう、わたしは。
彼が複雑そうな顔をしながら付き合ってくれていたことには、心の片隅で気付いていた。けど、見ないふりをした。身勝手な自覚がありながら、罪悪感はまるでなかった。好きなものは、しょうがなくない?

いつからか、彼とは連絡を取らなくなっていた。
物足りないような気持ちはありつつも、就職で物理的にも距離ができ、いつしか気にならなくなっていた。

月日が流れるにつれ、彼と居た時間を思い出すことが多くなった。
あんなに波長の合うひとは後にも先にも居なかったなと。時折強い後悔に駆られることもあった。波が寄せたり引いたりするように。
わたしの身勝手さにも流石に罪悪感を覚えるようになった。これが大人になるということか。

ある日。仕事の派遣先で見た名簿に見覚えのある名前を見つけた。彼だった。
えっ、あの子もここに来てるの? でも割とよくある名前だし、別人かも知れない。
そう思って顔を上げたら、数メートル先に居る彼と目が合った。ああ本当に居た。しかも手を振ってくれている。なんて屈託がないのかしら。びっくりするほど可愛いな。そういうところが好きだったんだけど。

よく考えたら今日は彼に別れを告げて丁度10年じゃないか。まさかそんな日に再会するなんて。
無神経な高揚感。

その日以来自然と行動を共にするようになった。お昼を一緒に食べに行ったり宿泊先まで一緒に帰ったり。昔のことはもう何とも思っていないんだろうか。楽しく話せるのは嬉しい反面、わたしが一生記憶に深く残る傷になってくれていたらよかったのに、なんて独占欲も仄かに湧いた。でも、そんなことまで? と思うほど些細なことまで覚えていることを会話の端々でお互いひけらかす様は、何かしら特別な関係にあった者特有の会話だなぁ、なんて自惚れもした。

派遣先から帰る日。彼と一緒によくライブに行ったアーティストの曲を聴きながら帰り支度をしていた。
「もう会えないかも知れないよ」
歪んだギターが奏でるロックに乗せてそんな歌詞が響く。
明日からは本当に「もう会えないかも知れない」日々に戻ってしまう。このまま戻っていいの? 泣き出しそうな気持ちになって、逡巡も束の間、わたしは彼に電話をかけていた。

ねえ、観覧車乗りに行かない?

彼はちょっと躊躇した様子で、でも承諾してくれた。まるで10年前と同じ。わたしはろくでもないし彼は優しかった。ひとまずその辺りでいちばんの繁華街へ向かう。
寄り道もしつつ、その街でいちばん目立つ観覧車を目指す。道が思いの外複雑で辿り着かない。でも地図に頼らず行ってみよう、なんてわざと難易度を上げて、ああでもないこうでもないと笑って迷いながら歩くのも懐かしい。

やっとのことで観覧車に辿り着いた。
高く上がっていくにつれて、そんな確率は天文学的に低いのに落ちるんじゃないかなんて怖さが出てきてわたしはきゃあきゃあ言った。でもちょっと楽しい。

ひとしきり騒いで、頂上を越えた頃。
わたしはずっとおもっていたことを口にした。
……きみと居た時がいちばん楽しかった。わたしにとって最高の恋人だったな、っておもうよ。
その言葉には、何だか訳のわからない理由でろくでもないわたしに振られた彼は何も悪くなくて素晴らしい人間なんだってわかってくれたらいいな、なんて烏滸がましい気持ちもあったし、ほんの少しの下心もあった。彼ももう結婚しているということはとうに知っていたけれど。
別れた時何を考えていたかとか、どのくらい引きずっただとか、どのくらい後悔しただとか、10年間お互いに聞けなかった謎の答えをひとしきり明らかにして、ようやく聞けた最後の問題の答え。
「俺にとってもいちばん楽しかった。多分、最高の恋人だった」

「もう会えないかも知れないよ」
彼の好きなアーティストの曲を繰り返し聴きながら帰路に着く。
そうね、もう会えないかも知れない。会えるとしたらまた10年後、偶然にじゃない? それがわたし達には丁度いい。
半分本心で半分強がり。でも「配偶者」にならなかった「最後の恋人」には、それがきっと美しいんだろうな。そうおもいながら、逆方向のホームに来た電車に乗り込む彼を見送ったシーンを、わたしはずっと頭の中で再生していた。
淡い祈りのように「またね」と呟いて。

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所属バンドCAFUNÉLの曲「答え合わせ」の元になったエピソードとは別の、もうひとつの「答え合わせ」の物語を書いてみました(フィクションです!笑)
「答え合わせ」思わず身体が弾む、だけど切ない、最高にいい曲なので是非お聴きください!

"答え合わせ" CAFUNÉL Live at 下北沢ReG 2022.06.01


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