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小説『衝撃の片想い』シンプル版【第四話】①

【すばる銀行の花、利恵】

日本最大手のすばる銀行本店の駐車場に、佐々木友哉がポルシェ718ボクスターを停めた。
――高い買い物をしたもんだ。
友哉はポルシェを買った直後に、公園で娘と遊んでいて、暴走する車に跳ねられた。
車の運転手は運転中に心不全で死んでいて、友哉は、公園から道に飛び出した娘の晴香を助けたのだった。
それ以来、一年以上、新作は書いていないから、生活が心配になっていた。
――あの小説はどうなったんだろうか…。映画化するとか電話で聞いたが、出版してんのか。
編集者に渡した小説を掲載した雑誌は見たが、友哉は書店に行っておらず、自分の本を見ていない。
――マンションの住所を松本は知らないから、著者献本があったら、律子の方に送ったか。読まれたくないな。
ゆう子が飛行機の中で口にした、死んだ妻を霊場に探しに行く男の物語だ。ゆう子はタイトルを忘れたと言っていたので、雑誌で読んだのだろう。「一冊読んだ」と口にしていたが、一冊と一本の違いなど気にせずに口にする女なのだ。
しかし、友哉にはありえない大金が転がり込んできた。
『テロと戦う報酬は三百億円で私の名前の架空口座にある』
テロリストや巨悪との戦いでは五十億円はあっという間になくなると、友哉の正論を聞いたトキは報酬を、「三年間で三百億」と訂正をして、すぐに銀行に金を入れたと言った。スマホサイズのデバイスのような機器で銀行の画像を見せてくれて、それがここの銀行だった。見せた、と言ってもその画像が友哉の頭の中に入ってきた、ということだ。
金の出どころは、イギリスの資産家の男で財界の大物だが、先日癌のため九十三歳で死んだ。トキがその資産家の元にも行き、事情を説明して資産を分けてもらったらしい。
それこそ正義感の強い資産家の男だったらしい。
友哉はその資産家のインタビューを雑誌で読んだことがあったが、
「金は天国には持っていけない。もっと人のために働いたり、恵まれない子供たちにじかに使ったり、そして私自身ももっと遊べばよかった。お金を使った豪遊ではなく、お金があるからバカンスを取り、細やかな趣味に没頭するようなことだ。長生きはしてしまったが、人生の半分は仕事とお金の無駄遣いだった」
と語っていて、とても印象に残っていた。
彼はトキにも、「金はあの世には持っていけないから、テロと戦うその若者に譲る」と笑って了解したそうだ。血縁者も少なく、寄付をする予定だった金の一部だ。
「死ぬ間際の九十三歳じゃ、トキのあの爽やかな語り口に騙されたのかも知れないなあ」
友哉は苦笑していたが、一兆円近くある資産の一部をもらうことに罪悪感はそれほどなかった。
美人女優、奥原ゆう子は、仕事のための本物の秘書だと判明したし、CIAも狙っているようなテロリストを殺したら、すでに三百億円の価値がある、と自信過剰なほどに納得していた友哉は、成功報酬のそのお金をもらわないとだめだと改めて決意し、しかし、「ま、どうせ、ないだろうな」
と思いながら銀行の駐車場から銀行の店内に向かった。

給料を降ろしにきた客とすれ違うよくある日常に、巨額の金がここにある非日常がまるで見えない。
――ゆう子が勝手に食事を買ってくるし、このままでは奥原ゆう子のヒモになるな。三百億円はないだろうし、副作用がない時にまた執筆するか。
友哉は、ゆう子のマンションから出て、いったん横浜のマンションに帰っていたが、昨夜は、今日の打ち合わせのために新宿にあるゆう子のマンションにいた。
「三百億が本当にあったらどうなると思う?」
「んー、まず、国家権力がやってくるね。わたしにはどちらの偉い人が血相変えてくるかわからないけど」
「警視庁捜査二課か普通に国税局のネクタイ」
「さっすが先生」
ゆう子のマンションにはマスコミが張っていたが、近くの高級スーパーとゆう子のマンションの駐車場とマンション、その三つが直径していて、車をマンションの駐車場に入れたら、友哉やゆう子の友人たちは、マスコミに見られず、
駐車場→スーパー→マンション
を繋げている屋根付きの歩道を行き来できた。
有名人御用達の高級マンションだ。
――ゆう子はどこか魅力的な女らしさがある。
君は俗ではない、と彼女に言ったが、まさにどこにも凡庸な様子がなく、奇妙な言葉遣いもジョークも良い個性に思えた。
――少々、お喋りがうるさいが、あれは昔を思い出すのが嫌でふざけてるんだろうな。
ゆう子の事を考えながら銀行員の女性たちを見ていたら、目眩を感じ、構内が歪んだように見えた。
――例の副作用かな。ゆう子に聞くか。
今日、ゆう子は親の住む家に行っているが、そこからAZを使い、友哉のフォローをすることになっていた。
一人暮らしの父親がいると言っていて、場所は東京の郊外だった。一戸建てなのか賃貸なのか話してはくれない。
母親は亡くなっていて、ゆう子は一人っ子。出身地は福岡。母親は沖縄の人で、父親が福岡と言っていた。それくらいしか知らなかった。
「この鞄にちょうど一億円入るはずなんだけど、これが通帳と印鑑です」
目眩が収まったから、案内係りの古参の女性に告げると、別段驚いた様子もみせずに、「ここに記入してください」と記入台に行くように促した。
トキは通帳も印鑑も用意をしていたが、どうやって作ったのか分からない。彼が一人で何もかもやっているはずもなく、ずっと仲間がいて動いてると友哉は考えていた。
例えば、自分は日本からポーランドまでの転送に体力が必要で、失敗すると仮死状態にもなるのに、トキが一日でそれをやったのが不思議だった。日本からイギリス。また日本に戻り、自分とゆう子の住むマンションに行った。
未来人なら何もかもできるとは限らない。ゆう子の持っているAZでガーナラに関する記述を読むかぎり、それがないとごく普通の体力しかない人間だと思われた。
友哉は、『ササキトキ 佐々木時』と記入し、トキが作った架空の住所と電話番号も記入し、それを受け付けに出した。
友哉があらかじめ、その電話番号に電話をかけると、番号は使われていて、だが誰も出なかった。ただ、住所の場所は賃貸マンションだった。大家に訊ねたところ、佐々木時は住んでいることになっていて、だが友哉が見た日には誰かがいる気配はなかった。
数分後に名前を呼ばれた友哉は、若くて質素な雰囲気の女性がいる窓口に向かった。『宮脇』と書かれた名札を胸に付けていた。
「いったん出して、またお振込なら、何に使うか、ここに書いてください」
綺麗なハスキーボイスだった。鳴き過ぎた子猫のような声。彼女は別の用紙を友哉に渡し、その場で記入するように言った。
税金。と嘘を書く。
その時、奥に座っていた中年の男性社員が慌ただしく駆け寄ってきて、「ササキ様。佐々木時様ですよね。お金の用意ができるまで、応接室にきていただけませんか」と、テラーの宮脇の後ろから言った。
友哉は少しだけ驚いたが想定内で、むしろ、テラーの宮脇がびっくりしている。まさに、見たことがない玩具に驚いた子猫のような目をした。
――ほう。かわいいな。
「いいですよ。この女性に案内してもらいたい」
深い意味はなかった。なんでもふっかけてやる、と事前に決めていた。

――佐々木時?
宮脇利恵は、用紙に記入された名前を見て首を少し傾げた。
――わたしがこの前まで担当してた口座開設の席に来た佐々木時さんは、こんな顔だったかな。
思わず、目の前の男を見たが、彼は銀行の中を神経質に見ていた。
――なんかオーラ。だけど警戒してる。うーん、怪しいけど、どっかで見た事がある顔。
急に利恵の後ろから、男性社員が走り込んできた。
「佐々木様。佐々木時様ですよね。応接室に来ていただけませんか」
「この女性に案内してもらいたい」
――え?なに言ってんの、この男。淳子は……あ、有給か。有給女王で社長の愛人を疑われてるけど、今、上にいないなら違うのか。良かった。
「応接室に社長がいるんですよね。行きます。わたしか淳子じゃないと、こちらの方に失礼な気がします」
男性社員が頷くと、利恵は立ち上がり、友哉の顔をチラリと見た。
――イケメン。この人が運命の人ならいいな。でも、超怪しい。こんなに知性的なイケメンで、世界は俺が回してるぜ、か。超IQ低いか逆に天才的になんかできるタイプ。
利恵は静かに笑い、佐々木時と名乗る男とエレベーターホールに向かった。
本当は、

半年以上前に会い、交際している佐々木友哉と一緒に歩いてた。

……続く


普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。