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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】①

【君を信じる】

――この男を怒らせてはまずい
遥か遠い未来の時代からきたトキが驚愕する観察力を発揮する天才、佐々木友哉。

『私と仲間たちの希望』友哉を君主トキが説得する第一話スタート。

【天才児、友哉の少年時代を描いたスピンオフ。中学時代の恋人、浦川夕子は第二部に登場】

【シャーロック・ホームズのように律子の過去を見抜いていく若い頃の友哉。妻、律子との出会いを描いたスピンオフ】

作家の佐々木友哉は成田空港の出発ロビーの椅子に座って、スポーツ新聞を読んでいた。
女優、奥原ゆう子の電撃引退記事が一面を飾っている。
まだ若い国民的人気女優が、パニック障害の体調不良と、「片想いの男性がいるから」、という理由での引退である。パニック障害も辛そうだったが、奥原ゆう子は「片想いの男性」のことを喜色満面に話していたため、マスコミは狂ったように騒ぎ、今、佐々木友哉の目の前を歩くカップルも、その話題を口にしていた。「男は一般人かな」「さあ、片想いだから言えないとか」「そんなに好きなのね。それで引退?」「いや、持病を治したいんじゃないか」と、カップルが詮索するようなお喋りに熱中していた。

『衝撃の片想い』

ワイドショーのコメンテイターがそう言ったのか、瞬く間にその言葉が全国に広まった。

「好きな男性がいて、そのひとがわたしに振り向かないから、花嫁修業も兼ねて、三年くらいお休みさせていただきます」
奥原ゆう子は、マイクに向かい、明るくそう言い放った。
『真剣みに欠けていて、どこかふざけているように見えた。それとも片想いの男性のことで頭がいっぱいなのか』
そんな批判的な記事が載っていた。
「左手薬指の指輪は、彼からもらったのか」「それは誰なのか。一般人か、何歳か」
記者会見の席。マスコミから矢継ぎ早に質問が浴びせられた。
「彼が買ったものですが、婚約指輪じゃありません。Kissもしないし、手を繋いでデートもしていません。そういうことはきっとしてくれない人です。一般人か? 微妙だなあ」
記者会見の場は一瞬、静まり返ってしまった。
「知ってることは、優しい男性ってこと。たぶん、世界一」
惚気が過ぎたのか記者団に失笑されてしまうが、奥原ゆう子は気にせずに、片想いの男の話を続けた。

佐々木友哉は、その記者会見の模様をテレビでは見ておらず、指輪のことも知らなかった。
――見出しは引退になってるけど、パニック障害の治療のために三年間だけ休養するって書いてある。売るための記事だなあ…。
そう頭の中で呟き、まったく興味がなさそうな顔でスポーツ新聞の次の項を捲った。
――体が軽い。
一か月ほど前まで、車椅子だった。リハビリを続ければ少しずつ歩けるようになると医師から言われていたが、杖は一生手放せないかも知れないとも言われた。スポーツもセックスも、もしかすると車の運転も…。何もかもできなくなり絶望していた。それが、今は体のどこも痛くないばかりか、奇妙に軽い。空を飛びそうな感覚だった。
しかし、友哉は安直に喜んではいなかった。
神妙な顔で、息を殺して座っていた。急に不安になり、新聞に書かれている野球の記事は頭の中に入らず、新聞を椅子の上に捨てるように置いた。

『あなたを超人のような体にした以上、その体を持てあまされても困るから、私が頼む仕事をしてください』

トキと名乗る『自称』未来人がそう言った。
介護士が帰った部屋で寝ていたら、突然、彼は現われた。驚いたが、体が動かせない友哉は、「強盗か。殺すなら殺せ」と言った。ところがトキと名乗った彼は、ペンの形をした容器をスーツにあるポケットのような穴から取り出した。
それはまるでダイヤモンドで作られたかのような硬質な透明の容器で、その先端を友哉の足に突き刺すようにして置いた。ダイヤモンドと見間違うその容器が緑色に輝き、そして、
「これであなたの足は治りました」
と笑った。その笑顔はとても慈愛に満ちていて、優しかった。謙虚な微笑みだった。ただ、爽やかさもなく、どこか瞳は悲しげで友哉から目を逸らすと、途端に目力がなくなる。
何かに苦悩しているのかと、友哉は印象を持った。そう、「隙がない」と思ったゆう子とは違う印象だった。
「友哉様、落ち着いてください。私から頼みがあります。しばし、落ち着いてください」
トキはそう敬語で念を押すように言った。友哉は足が動かせるようになったことに驚いたが、トキが頭を下げる勢いで「落ち着いてください」と繰り返すので、そのままベッドで寝ていた。
「上半身は起こすけど、いいか」
「いいですよ」
友哉が上半身をベッドの上で起こし、枕を背中に入れて、動くようになった足を触ったり、持ちあげたりしていると、
「何か訊くことはないのですか」
とトキが怪訝な表情を見せた。
「夢ではない確認はした。君が強盗じゃないことも分かった。玄関のドアは介護士が閉め忘れたのだろう。管理人が下にいるようなもっと良いマンションにすればよかったが、職を半ば失っているのでね」
友哉が淡泊に言うと、
「思ったよりも重症ですか。他人や世の中に興味を持つお仕事なのに、私のこの銀色のスーツ、私の素性に無関心ですか」と言った。
「NASAから来た無名の科学者が、俺をモルモットにしたとか」
「無理に言わなくてけっこうです。大麻、抗鬱剤、興奮剤らと同じ効果がある光を差し上げましょうか」
青年トキはそう不機嫌に言いながら、人差し指にはめているリングを見せた。プラチナに見えるが、もっと硬質で輝いていた。
「光を? それも極秘に開発した技術? 世界の大成功者はすでに使っているとか」
「女がいなくなって蝉の抜け殻のようになったことは仕方ないとして、お仕事である人間観察や考える力を捨ててもらっては困ります」
「今、なんて言った?」
友哉が目つきを変えると、
「私は何も言ってませんよ。友哉様が腑抜けになったとは言いましたが」
とトキがおどけてみせたが、彼も目を怒らせていた。
「分かった。俺を怒らせる作戦だな。前、付き合っていた女の得意技だった。だけど、君は女じゃない。作戦の意図を訊こう」
「女がいなくなって腰抜けになった友哉様をどうするか。まずはそれが先決だと今、考えています」
「蝉の抜け殻、腑抜け、腰抜け…。もう一度、悪態を吐いたら殴る。きっと、君の魔法か何かで俺がやられるんだろうけどな」
「ボクシングをやっていたようなので、私が負けます。では雑談をしましょう。私の世界では事情があって格闘ができません。それにも興味がないと思いますが、私から聞きます。ボクシングはなんのためにやっていましたか」
「いいことを聞いてくれた」
友哉が声を少し上げたのを見て、トキが思慮深い目付きで彼を見た。
「太らないためにしていたけど、結果的に娘をストーカーから守る機会が増えた」
「ダイエットのためにボクシングを始めたのに、ケンカのために練習しているようで気持ち悪い状態ですね」
「そうそう。恋人や娘を守るために始めたような気がしてきたが、そんなサバイバルな男はいないはず。記憶が混乱している。事故のせいかな」
「友哉様がボクシングを始めたのは、そのほっそりとした体形を維持するためで間違いはなくて、途中で目的に変化が出たのでしょう。よくあることです」
「ほう、よくあることか。娘や恋人にストーカーが次々現れるのも」
「……」
「君もか」
「違います」
「分かってる。娘のストーカーが父親に殴られにわざわざ来る事例はない。で、なんで俺がボクシングをしていたのを知ってるんだ?」
再び、目尻を釣り上げてトキを見た。
――さすが、友哉様。言葉を間違えるとまずい。
トキは友哉に分からないように唾液を飲み込み、
「友哉様は有名人なので、この時代の監視システムでも過去を調べることは可能だと思いますよ」
と穏やかに言った。
「そうか。他に知ってることは?」
「友哉様の好きな女性」
「好きな女? いないよ」
「一年前までいました」
「ほう。驚いたな。その女の名前を言わずに今の職業をこっそり言って、当てたら君の条件を飲む」
「条件?」
「足を無償で治すはずはない」
「調子が出てきましたね。それほど頭は重症ではなかったようです。アイドル歌手です」
「!」
友哉が目を丸め、無言になった。
「彼女とのデートというのですか。ディズニーシーという場所で、こんなに楽しいことがあるのか、と思わず口にして彼女と手を繋いでいました」
「ディズニーシーで女と手を繋いで歩いているところまで、君が知ってるのが奇妙すぎる」
語気を強めた。
「怒るのは約束違反です。友哉様が言えと言った。条件、その他、提示していいですか」
「そうだな。いいよ。その前に…」
「なんでしょう?」
「人間観察が出来ない奴とバカにしたが、君が何かで悩んでいることを、いきなり俺に晒したのは気づいている。カウンセラーを紹介しようか」
「けっこうです。私の悩みは、あなたですから」
友哉は言葉を失った。それを見たトキは、少し勝ち誇ったような顔をした後、話を進めた。
「今、友哉様に与えた薬のような栄養素で足は治りましたが、そのうちに副作用が出ます。友哉様の精神力ならその副作用に苦しんで自殺することはないと思いますが、怖いのなら、もうひとつ、今のクスリを無くしてしまう光も持ってきましたがどうしますか」
トキと名乗る男は、「光」と言いながら、自分の左手のリングを友哉に見せた。リングは無機質だが、やはりダイヤモンドのように硬質に見え、透明感はない茶色がかった色には艶があった。
「足がまた動かなくなる?」
友哉は動くようになった足を愛しそうに擦りながら、彼を見上げた。
「はい。視力なども回復させましたが、それも元の近視に戻ります」
「そういえば、急によく見える。副作用があっていいよ。まさに夢のようだ。まさか、胃痛や関節痛もなくなるとか」
「無くなりますが、繰り返し言います。副作用があります。これからある女性と私が会ってきます。その女性の指示に従って、テロリストや凶悪犯と戦ってください。その女性が副作用に効く特効薬も持っているので」
友哉は、スパイ映画にあるようなそのビジネスの話を大雑把に聞いた最初は難色を示したが、さらに現金の報酬もあることを聞き、トキを見ながら生返事で了解していた。
現実味がなく、冗談かも知れないと思ったが、動かなかった足は急に元通り、動くようになり、部屋にあったモデルガンを彼に渡すと、トキに頼まれた買い物をしている間にそのモデルガンが部屋に置かれていて、重さが変わっていた。少し軽くなっていて、右手に吸い付くように収まり、とても手に馴染んだ。
「久しぶりに銀座を歩いた。感動したよ。金持ちからもらった指輪やブランド鞄を質に売ってる女の子たちを見てね」
「それは感動なのですか」
「アイロニーってやつだ。アイドル歌手の彼女は無欲だった。無欲の美しさに勝るものはあまりない」
「太陽の光は無欲ですね」
「お、気が合うな。だが、太陽を崇拝したら、それ以上はないから、女も汚く見えてしまう。花々も」
「女性はあなたから見てさほど美しくない?」
「約束を破る。だから昔にな、決闘の約束を破らない男たちから見て、女は軽蔑されていた。百年くらい前だ。フェミニストたちが時代を変えたが、女は今も約束を守らないものだ。先生が教えてあげようか。女のすべての短所を」
「けっこうです。私には好きな女性がまだいるので」
「それは運が悪いな」
皮肉を連発する友哉をトキが少し睨んだが、友哉はそれを気にせずに、淡々とした顔つきで手に持っていた銃を部屋の壁に向け、引き金を引いた。銃口から赤い光線が発射され、その光線の火の弾は壁の手前で消失した。
「躊躇なく撃ちましたね。もし、銃弾や私が埋め込んだ特殊な武器が発射されたらどうするおつもりでしたか」
「俺が指を引く前に、君に止める気配がなかった」
友哉がそう言うと、トキと名乗る男は彼の目を神妙に見た。
ーーガーナラ……UKも与えたし、怒らせるとまずい。この時代の人間だと油断したら危険か。しかし、この方を信じないといけない
「俺が君を信じたってことだ。男同士はそんなもん。君も俺を信じた。武器を渡して丸腰なんだから」
間髪入れずに、自分の感情を指摘されたトキは思わず目を丸めてしまった。

…続く

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。