見出し画像

『律子と雪絵~命の恩人を好きになったらいけませんか』小説『衝撃の片想い』スピンオフ

カトリック教会に悩める若者が集まり、その苦悩をさらけ出し、神様に『生きる』誓いをする日。

21歳の佐々木友哉は、黒のセーター、黒のジーンズに赤いカジュアルトレンチコートを着て教会に入り、中で待っていた若者たちを驚かせた。
「今日は特別参加の新入りさんが二人います。自己紹介をお願いします」
牧師はおらず、小聖堂の中には常連の若者四人と友哉、そしてすらりとした美女がいた。その女性が椅子から立ち上がり、
「フライヤーを見てきました。喜多川律子です。よろしくお願いします」
彼女は会釈をした後、次の挨拶を友哉にするように目配せをした。すると、常連の小太りの男性が、
「喜多川さん、女性には失礼だけど、ここはすべてを晒す場所…いいえ、すべてを神様に告げる日です。年齢も教えてくれませんか」
と言った。律子が声を詰まらせたら、
「喜多川律子、20歳。西武文化大学。キャンプか登山をしている」
と友哉が言い、律子が目を丸めた。
「え?」
座った途端に、思わず立ち上がる律子。キツネ顔の美女だが、子猫が驚いた目になっていた。
「君のストーカーじゃない。駅で見かけた。帰りの切符を買っていて、そこにある大学までの切符。年齢はあてずっぽう。スニーカーの右側のつま先がとても減っている。右足で踏ん張って、坂道を登り続けているから。そのスニーカー、普段穿いていると足が疲れます」
友哉は律子を一瞥すると、立ち上がり、
「佐々木友哉、21歳。バイト」
とだけ言い座った。
「そ、それでは悩み事をお願いします。まず、田口くん」
小太りの男が指名された。若いのに痛風になっていて、人工透析になるかもしれない悩みを吐露した。結婚もできないだろうな、と最後には涙を零した。不良っぽい若い女性の一人が「自業自得よ」と言ったら、中心人物らしい白いシャツの青年が、
「自業自得とか因果応報とか言ってはいけません」
と彼女を睨んだ。
「じゃあ、食事制限すれば? ベジタリアンになったら間に合うかも」
彼女が反論した。そして、
「痩せている佐々木さんみたいに」
と言った。友哉が黙っていると、彼女が「何か話して」と笑った。
「喜多川さんに睨まれていて声が出ません」
淡々と言うと、律子が、
「ストーカーじゃないけど、観察はしたんですよね。ちょっと失礼ですよ」
と隣の友哉に言う。
「数秒です。またしましょうか」
「どうぞ。わたしの何が分かるの?」
「悩みは恋愛。相手は結婚できない男。ただ、あなたも結婚できない可能性が高いと思い、違う男も探している。それが正しい事かそうじゃないか、話したくなったからここにきた」
図星だったのか律子が言葉を失った。
「指輪を左の中指と薬指にしている。薬指の指輪は古くはないけど傷がある。ずっとはめているから男からのプレゼント。中指の指輪は自分で買った。センスがいい。綺麗だ。男はその手を見て、君を気にする時間が増える。彼氏がいるのかいないのか、美人だからなんとか口説きたいが、彼氏がいると言われたら怖い。男たちはそう考える時間が増えれば増えるほど、その女に惹かれていく。君はそれを狙っている。…僕を睨まないでくれないか。入り口で赤いコートを先に睨んだのは君だ」
「そ、そこまで見ていたの?」
律子は口に手をあてて少し肩を震わせた。
「一瞬で分かる。僕の悩みを聞いてくれる奇特な人はいますか」
「女に冷たくてまだ童貞」
先程の不良女子が笑った。すると、謙虚な男の子が、
「このお兄さんが童貞だったら、僕は赤ちゃんだよ」
と言った。友哉を尊敬するように見ている。そして「すごいオーラ…本当に21?」と呟いた。
友哉の耳に、顔を近づけた律子が、
「わたしが訊きたい」
と重々しく言った。友哉はゆっくりと立ち上がり、
「だいぶ先だけど、小説家としてデビューをします」
と言った。皆が、目を丸めた。
「だけど、一作目が売れないと二作目はないって編集者から言われた。高校を出てからバイトしかしてないから、本が売れなかった後、どう生活していけばいいのか分からない。欲しい車も買えない」
「頭が良さそうなのに大学には行かなかったの?」
律子が声色を変えて訊いた。
「父も母もいないから、姉とバイトをしながら暮らしてきました」
皆が「それは辛いですね」「え?ご両親がいないの?」「まさに、小説が売れなかったら大変ですね」と、ざわざわと話した。
「あと、ペンネームにするか本名にするか迷ってます。そちらをあなたたちに相談したい」
学生服の男の子が、
「どうして悩んでいるんですか」
と訊いた。
「中学の時に、ガールフレンドに本名にするって言った。約束ということです。だけど、蒸発した母が、もし書店で僕の本を見たらどう思うのか。それを想像すると気分が悪くなる」
「なるほど、幼馴染を取るか、いなくなった母親を取るかって感じですね」
男の子が言った。
「蒸発…」
律子が友哉を見ている。
「女は…そう、君も蒸発するでしょう。もし、僕と一緒に暮らしたら」
律子の顔を見ないで言った。すると、
「あなたと一緒には暮らせない。だけど、あなたがいないと生きていけない」
と言った。
「フランス映画…えっと…」
「『隣の女』」
律子はそう答えながら、薬指の指輪を外した。友哉も皆もきょとんとした。
「ここにくる男性は、好きな人はいるかもしれませんが、付き合っている人はいないと思います。この偉そうな赤いコートの男性ももてるようで、彼女はいない。というか女嫌い。わたしは、今日、この赤いコートの男性に告白することにしました。ただ、わたしのスニーカーを買ってくれる事と、わたしの不倫を無しにしてくれることが条件です」
「ずいぶんと自信過剰な女だ」
友哉が苦笑いをした。
「小説家になる人が、フランスの名作の名言を知っている美女を黙って見逃すのですか。車の運転は得意ですか」
「得意です。違反は駐車違反だけ」
「じゃあ、わたしをキャンプ場や登山口の入口まで送迎してください。それがわたしの趣味だと他人に暴露したお礼くらいはして」
律子の話に、口の悪いことばかり言っていた女子が、
「佐々木さんに厳しい条件ばかりですね。不倫もいけません」
と言った。
「わたしが一年前に遭難しそうになった時に助けてくれた自衛隊の男性です。命の恩人を好きになったら奥さんがいた。いけませんか」
小聖堂が静まり返った。誰かが口を開こうとしたら、
「命の恩人を好きになったらいけませんか」
と律子はまた言った。
「喜多川さん、ありがとう。本名にする。僕に本名で執筆するように頼んだガールフレンドは、僕が命を助けた子だ。子供を愛するのを放棄した女のことよりも、愛してくれた女との約束を守るよ」
「わたしとの交際は?」
「僕はどんな女性を好きになったらいいのか分からないけど、車の運転と温泉は好きです。温泉で執筆するんですよ。あなたが大学の仲間と山に行っている間、僕は温泉で待っている。そんな付き合いから始めてもいいなら」
律子が微笑むと、友哉がようやく小さく笑った。
「おかしいな。こんなパターンは初めてだ」
皆が口を揃えて言っている。
「カップル誕生ですか。明るい話題もたまにはいいじゃないか」
覗きにきた初老の牧師が言った。

ここから先は

4,814字

¥ 100

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。