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ファンダメンタル分析と将来業績:キャッシュフロー計算書を用いた企業のライフサイクル

財務諸表と言われたら何を浮かべますか?

貸借対照表と損益計算書を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

今回取り上げるのはキャッシュフロー計算書です。

日本では2000年3月期からキャッシュフロー計算書の作成が義務付けられました。今では貸借対照表や損益計算書と並んで重要な財務諸表とされています。

利益は出ているのにキャッシュがないから倒産する・・・

いわゆる黒字倒産です。

キャッシュフロー計算書の意義は利益ではなくキャッシュの状況を明らかにできることです。

本日は以下の書籍の5章「キャッシュフロー情報による企業ライフサイクルの識別と将来の収益性への含意」をレビューします。

財務諸表を用いた企業のライフサイクルの識別

財務諸表を用いて企業のライフサイクルを識別する方法を最初に提示したのはAnthony and Ramesh (1992) です。

なお、企業のライフサイクルとは「企業は財務的資源や経営上の能力といった内部要因, および競争環境やマクロ経済的要因といった外的要因の変化によって栄枯盛衰をたどる実体である。この, 企業の栄枯盛衰を意味する用語が企業ライフサイクルである」(上記の書籍, 76頁) とされています。

ライフサイクルには「導入期→成長期→成熟期→淘汰期→衰退期」と示すのが一例です。Dickinson (2011) で示されています。

Anthony and Ramesh (1992) は売上高成長率, 配当性向, 社齢で企業のライフサイクルを識別しようと試みました。そして成長産業と考えられる産業 (例えばソフトウェア) の配当性向が低く, 売上高成長率が高く, 社齢が若いという結果が得られました。これはライフサイクルの分類の妥当性が高いことを示唆します。

Dickinson (2011) は営業キャッシュフロー, 投資キャッシュフロー, 財務キャッシュフローの符号に基づいて企業のライフサイクルを導入期, 成長期, 成熟期, 淘汰期, 衰退期の5つに分類しました。

例えば導入期は営業・投資キャッシュフローが負, 財務キャッシュフローが正になると予想します。導入期の企業の営業キャッシュフローが負を示すのは顧客基盤がないからです。一方, 競争企業が市場に参入することを阻止するために早期に投資を行うことが予想されます。その原資を外部からの資金調達でカバーします。

成長期の企業はいかがでしょうか。売上が順調になり営業キャッシュフローは正を示すと考えられます。そして投資活動にも引き続き積極的でしょう。資金調達もまだまだ必要です。そして成熟期に移行すると投資額が減少し, 次第に資金調達額も減少していくものと思われます。営業活動で得たキャッシュをむしろ返済に充てるかもしれません。この場合, 成熟期の財務キャッシュフローは負になると考えられます。

淘汰期を経て衰退期に差し掛かると営業キャッシュフローは負を示すようになります。その補填として設備売却をするのであれば投資キャッシュフローは正になります。それでも足りない場合は外部からの資金調達を必要とするかもしれません。

まとめると以下のようになります。

導入期:営業CF(ー)投資CF(ー)財務CF(+)

成長期:営業CF(+)投資CF(ー)財務CF(+)

成熟期:営業CF(+)投資CF(ー)財務CF(ー)

衰退期:営業CF(ー)投資CF(+)財務CF(+)

淘汰期:それ以外のパターン

日本企業の証拠

Anthony and Ramesh (1992) によるライフサイクルの識別方法を日本企業を対象に適用したのが須田・渡辺 (2010) です。そしてライフサイクルごとに利益情報に対するキャッシュフロー情報の増分情報内容の有無ならびに利益情報とキャッシュフロー情報の相対的情報内容を検証している。

永田 (2010) は経営破綻企業を対象に営業CF, 投資CF, 財務CFの組み合わせが経営悪化企業に特徴的な傾向を示すことを明らかにしています。

分析結果

上記の書籍の5章ではDickinson (2011) の手法で企業のライフサイクルを識別し, それが将来の収益性にどのように関連しているかを検証しています。

サンプルは2000年~11年の所定の要件を満たす28,637企業・年度です。

結果の要約は96頁に整理されていました。

・成熟期にある企業の将来の収益性は他のライフサイクルにある企業のそれよりも有意に高い。

・成熟期にある企業の収益性の高さは将来 (少なくとも5年) にわたって継続する。

成熟期にある企業の将来の収益性が高いという事実は, 成熟期から淘汰期・衰退期に移行するのではなく成熟期が継続する, あるいは成熟期から再び成長期へと移行とする企業が少なからず存在することを示唆します。

企業のライフサイクルは「導入期→成長期→成熟期→淘汰期→衰退期」という一般的な流れに移行するとは決して限らないということでしょうね。

本書のサンプルでも当期に導入期にある企業の6割近くが次期に成熟期・衰退期に移行していることが報告されています。

キャッシュフロー計算書の情報を用いた企業のライフサイクルの識別はまだまだ改良の余地があるものと思われます。




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