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ヒデのネットアウトリーチ

「リスカしてること先生に話したら、親にバレてもう最悪!」
深夜23時、スマホの画面に小学生六年の子のSNSでのつぶやきが目に入る。今日はセンターで深夜のアルバイトの日だ。中学時代からこのセンターの夜の居場所に通いはじめて気がつけばもう五年がすぎた。うちは母子家庭で自分と母の二人暮らし。母親が病気がちで家に一人にしておけず学校もよく休んでいた。そういうのは今、ヤングケアラーって言うらしいけど。結局、高校を中退してから行くところもなく、センターにずっとお世話になっている。あ、先月の活動報告会ではこっちがお世話する側で大変だったけど。もう二十歳になっているのだから働かないといけないのはわかっているけど、よその施設の就労支援とかいうのに何度かチャレンジしてみたけど、結局どれも長続きしなかった。去年の夏、このセンターで「深夜のネットアウトリーチ」という活動をしているから、そこでバイトしないかって誘われた時は正直、うれしかった。
 
「マジで。そのパターンやと親と先生の手首チェックがはじまったやろ」「なんでわかるん?」
「ま、自分も経験者やからな」
先ほどの小学生とのやりとりがはじまった。深夜のネットアウトリーチの仕事は、スマホを使って、SNSで家や学校がしんどいとつぶやく子どもたちに、話しかけておしゃべりする仕事。「この活動は相談活動じゃないから、子どもたちと楽しいおしゃべりを心がけてね」隣で控えているソーシャルワーカーのスタッフからいつも言われていること。この活動では、隣にソーシャルワーカーのスタッフがいてくれるので、何か困ったことがあったら相談して対応することもある。年末、深夜の2時に公園にいるっていう高校生のつぶやきを見つけた時に、たまたま京都の子やったので、ソーシャルワーカーと相談しながら対応して、その子に朝一の電車でセンターに来てもらったこともあった。
 
「そろそろ眠くなったし、明日の朝は日直あるし寝るね。そういえば、今夜は手首を切らなかった」
気がつけば小学生と三時間近いやりとり。最初はリスカや学校の児童会での愚痴やったけど、途中からアニメの話で盛り上がってもうこんな時間。「今日は楽しかったし、話せて良かった」笑顔マークの絵文字が並んだメッセージに思わず「またね」とうちかけて、メッセージを消した。深夜のネットアウトリーチは今日が最終回。今日の活動の前にセンターの代表が「ゴメン、来年度の助成金に落ちてしまったから今月末でこの深夜のネットアウトリーチは一度お休みにするし。とりあえず今、寄付金集めているのと、別の助成金を申請しているところなんや。寄付も助成金も結果が出るまで時間かかるけど待ってて」と頭を下げてきた。このバイトは深夜の仕事なので一晩で一万円近い収入だった。ということは来月からの生活費も切り詰めないといけない。けどいつも金欠のセンターを頼っていても申し訳ない。そろそろ自分でバイトを探さないといけない時がきたのかもしれないな。

【解説】

この物語は2022年6月より、京都新聞(滋賀版)にて月一の連載としてはじまった「こどもたちの風景 湖国の居場所から」の前半部分の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。

さて今回の主人公は前回と同じく、二十歳を超えているひきこもりの若者ヒデが主人公。こどもソーシャルワークセンターは活動をはじめて十年経ったこともあり、気がつけば小中学生だった子たちが青年期に突入しています。こどもソーシャルワークセンターは制度に基づいた支援をしているわけでないので、利用する年齢制限は特にありません。ということでしんどい子どもたちはしんどい若者となってセンターに通い続けています。そのような若者たちを三年前からセンターで雇用することにしました。若者たちの得意なことを仕事にする。そのような就労支援活動の中で「深夜のネットアウトリーチ」が誕生しました。

今回の物語にあるように、当事者経験を持つ若者たちが今、しんどさを抱えてSNSなどでのつぶやきを見つけて声をかける活動は一定の成果を出しながら、民間助成金に頼った運営であったため活動を休止し、何とか新年度から新たな助成金を獲得したものの今までの1/10の金額であることから、活動日数も以前のように確保出来ない状態です。

うちに限らず、コロナ禍に現場で奮闘していた現場系NPOが最近助成金に採択されにくくなっているように思えます。NPOまでもが自助を求められる時代になってきているのではと思うとあまりに悲しくなりますが、悲しんでいても目の前のしんどさを抱える子ども若者がいなくなるわけではないので、矛盾を抱えながら、活動と平行して寄付金集めや自主事業として講演活動に追われています。

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