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見えない白線


彼女は、それを "見えない白線" と呼んでいた。

あたしにとっての 白線 は、体育の時の土の上の石灰でしかなかったからよくわからないけど、彼女からしたらわたしの悩み事はどうやらそれと同じらしい。

「だからさ、別に簡単に飛び越えたりもしちゃえるわけ。」

脳内では、小学生のあたしが校庭に引かれた一本のラインをぴょこんと無邪気に跨いでいた。

「その線は、誰が引いたかもわかんなければ、なんのために引いたかもわかんない。」

うん、
あたしの声は空気を震わせただろうか。
頷いただけだったかもしれない。

「その、きみのいう お友達 っていう人達は、その白線のそばに立ち入り禁止の看板でも添えてた?」

お友達 たちはいつも華やかで、煌びやかで、違う場所に住んでいるみたいだった。

「その線、誰が引いてるんだろうね。飛び越えたら嫌な顔をされるかもしれないし、飛び越える前から嫌な顔をしてるのはきみだったりしてー」

語尾を伸ばしておどけたように振る舞う彼女は、少し前を歩いている。
いつもより少しだけ歩調が穏やかで、アスファルトと靴の擦れる音が聞こえる。


「人は、」

そういって彼女は立ち止まった。
追い越しそうになったあたしは、慌てて立ち止まる。
彼女は斜め上の方をじっと見ている。何かを見ているというよりは言葉を探しているのかもしれない。

「あ、鳥。」
そういって突然右上を指差した彼女。
夕日に照らされている鳥は、あたしたちからは真っ黒に見えて、なんの鳥かもわからなかった。
彼女の言葉の流れをせき止めたくなかったから口をつぐんでいた。
けど、彼女はそんなあたしをよそに、
「えっと、今なんの話ししてたっけ、」
っていつもみたいにケラケラと笑ってた。

いつもと変わらない彼女の姿に、あたしも思わず笑った。

人は、に続く彼女の言葉はなんだったんだろう。
でも、なんとなく、
いや、結構、わかった気がした。

#コラム #エッセイ #小説 #女子大学生 #大学生

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