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環境省退職時の思い Facebookポストより

2020年2月の環境省退職時のポストをほぼそのまま以下に掲載します。


本当に悲しいことですが、2月末で環境省を退職します。

2019年4月から6月と、一旦復帰しましたがまた11月から2020年1月末までは、うつ状態と診断され休職していました。継続して通院していますが、2月頭からは有休消化中という扱いです。

直接お世話になったお礼を言いたい人が本当にたくさんいるのですが、どう頑張ってももう一度福島事務所にも環境省本省にも足を踏み入れる勇気が出ず(職場にある私物の引き取りも、誰にも会わない土曜の早朝にひっそりやったのに動悸息切れめまいが止まらなかった)、この場で知ることになる方々には本当に申し訳ないです。

でも、この3年間で出会った皆さんに本当に感謝しています。省内だけでなく、福島で出会った色んな人たち(仕事つながりだけでなく飲み屋で出会ったみたいな人も普通にいる笑)みんなです。

環境省での約3年間は、毎日が楽しくて仕方ない日々でした。

1年目は廃棄物と福島関係の局の窓口として、国会の準備(と言っても中身ではなく資料のコピーとかですが)や各省・部局とのつなぎ役(やたら偉そうだけど他に良い表現が浮かばない…笑)など、

2年目は福島事務所に赴任して、除染で発生した土壌等を一時的・集中的に保管する中間貯蔵施設に関連する会議の運営や県庁などとのつなぎ役、報道機関の問合せ対応、現場の事故対策など、

3年目は引き続き福島で、除染で発生した土壌のうち、放射性物質濃度の低いものを再生利用することの理解醸成のための広報などを担当しました。

中間貯蔵施設の工事で死亡事故が初めて発生したとき(24歳のお誕生日の前日だった…)、
結構考えた企画がメタメタに直されたとき、
言いたいことがうまく伝えられなかったときなど、もちろん悔しいときもあったし、
毎日のように8時半出勤の午前3時帰宅で純粋に睡眠不足が辛いときもありましたが、
毎日がやりがいの連続で、どんなに会議の資料組みで徹夜していようと「こんなことするために環境省に入ったわけじゃない」と思ったことは一度もありません。

そして、私のやってきた仕事は、小さいながらも意味のある仕事だったと今振り返っても思っています。(自分になんのスキルが残ったのかという視点になると何も言えなくなりますが苦笑)

それでも辞めるのは、私のメンタルがもたなくなってしまったからです。
私の出会ってきた上司や先輩は皆素晴らしく、自分の仕事にしっかり責任を持つ人たちで、一緒に仕事していて本当に楽しかったのですが、
同時に彼らも私と同じかそれ以上に忙しく、彼らから見たらおそらく本当に小さいことでつまづいて悩んでいた私のことを救い出す余裕がなかったのだと思います。
というか、彼らの手立てが私のところに届く前に私が潰れてしまいました。誰かが悪いのではなく、オカルトっぽいけど星の巡り合わせだと思います。

わたしは引き続き福島の原発事故からの復旧・復興に関する仕事したいし、将来的には法律作りとか、ワシントン条約の交渉官とか、クールビズ並みの影響力のあるエシカルファッションに関する施策とか、やりたいかつ環境省(あるいは国家公務員)でしかできない仕事はたくさんあります。

そしてこの思いがあれば、環境省という風通しの良い組織で、全部でなくてもいくつかは叶えられただろうなとも思います。

とはいっても、身体がダメになって出来ることはひとつもないので、決断までものすごく時間がかかりましたが、辞めることにしました。

もちろんもっと長い期間休んでみてから復帰するとか、とりあえずどこか他の組織に出向させてもらうとか、他の選択肢もあったと思いますが、環境省と関わるだけで辛いという段階までいってしまったので、無理だと判断しました。

「身体が資本」って言葉上はわかっていても、本当に壊れてみないと実感が湧かないですね。スーパーのレジの人にすら会いたくなくて(しかもこの会いたくなさが普通の1人になりたい感情とは全く比較にならないくらい強大。)出かけられなくしまったら、そりゃ仕事なんて無理です。

今月くらいからようやく物事をある程度割り切って考えたり、友達に会ったり、知らない人のいる場に出かけたりもできるようになってきました。

そして今は1人でミャンマーにいます。新婚だけど夫を放置して1人で1週間海外という暴挙もできるようになりました笑

3月からはマザーハウスという会社で、途上国で丁寧に作られた可愛すぎるバッグやジュエリーやストールや服などを売る人になります。
↓本当に可愛いから是非見て!
https://www.mother-house.jp

まずは心身を回復させるため、正社員ではなくバイトで週2〜3回、6時間程度の勤務からのスタートです。
まずは心身の回復が最優先なので、自分に対して期限つきの目標は定めないようにしていますが、
将来的には正社員になって、コーポレート部門でマザーハウスのスタッフたちが働きやすい環境を作ることに全力を注ぎたいという思いもあります。

あんなに頑張って勉強して国家公務員試験受かって、面接も突破して第一志望の環境省に入ったのに、実績として語れるようなことはまだない段階で辞める決断をしなくてはいけなかったことは、私の人生初めての挫折経験です。

でもマザーハウスはマザーハウスで学生の頃からずっと好きな会社だし、国家公務員の仕事のダイナミックさとは質が違うかもしれないけれど、エシカルファッションに直接関わる仕事が出来ることは本当に楽しみです。

マザーハウスをやってる人の哲学がよくわかる本はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/Third-Way-第3の道のつくり方-ハフポストブックス-山口絵理子-ebook/dp/B07WMG98RK

仕事のフィールドは変わっても、少しでもみんなが生きやすい世の中にしたいという気持ちは全く変わりません。
これからも、引き続き飲みに行ったり遊びに行ったりしてもらえると嬉しいです。

こんな長い文章読んでくれてありがとうございます。ミャンマーの素敵な景色もぜひ見てください。

以上

参考記事


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