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短編小説【梅雨】

雨が降っている
普段は意識しない家の形を
雨粒の音が教えてくれる
窓を開ければしっとりとした風が
部屋の空気と気だるげに絡み合った

「あの」

どこかから声がした
鈴を鳴らしたような 澄んだ声
開いた窓際に座り耳を澄ます
雨の音 木々が揺れ 葉がざわめく音

「あの」

鈴がまた鳴る
親しみやすいようでいて どこかこの世のものとは思えないような 不思議な響きだ

闇夜の中から聞こえるその得体の知れない声に
果たして返事をしていいものだろうか
雨粒が家の形を教えるように
返事で存在を認められたそれが
形を持ってこちらに来やしないだろうか
悶々としていると ふたたび声が響いた

「あの   洗濯物」

ハッとして物干し竿を見ると
風で竿の隅に追いやられたTシャツが一着
淋しげに雨に打たれていた
あの声は干しっぱなしの洗濯物を気にかけ
自分に声をかけてくれていたのだった
これは申し訳ないことをした

「何度もお声がけいただいたのに すみません」

Tシャツをたぐり寄せつつ
姿の見えない親切な心に感謝をした

「もう一度洗濯しなくちゃな」

取り込んだTシャツをそのまま洗濯機に放り込み
ガタガタと揺れ始めるのを確認して居間へ戻る
終わったら部屋で干すことにしよう

「干す場所…」

カーテンレールに結び付けていた
太い縄を解いた

無性におかしい気持ちになって
泣きながら笑い転げる

雨雲の合間から
弱々しげに月が顔を出していた

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