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『水路をひらく』(真野陽太朗)をよんで

ご無沙汰してます。
今年はnoteから離れていましたが、文フリで出会った歌集の感想をどうしても書きたくて。
真野陽太朗さんの第一歌集『水路をひらく』です。

こちらの歌集は、SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSと左右社の筒井さんによる「短歌を詠んだら歌集を編もう。SPBS THE SCHOOL 歌集編集ワークショップ」制作コースを通じて制作された歌集とのことで、デザインや編集にプロの方々が関わっているというなんとも羨ましい歌集なのです。

11/11の文フリ東京で手にする前にSNSで書影を拝見していましたが、実際手にとってみて歌集の丁寧な装丁と可愛らしいサイズ感に心惹かれました。そして家に帰り、中身を読み出したところ、小ぶりな歌集から溢れ出すような真野さんの言葉の熱量に驚かされました。

構成としては1ページに一首の配置で文字も小ぶりなのですが、余白が多いぶん一首一首の世界観にじっくり入りこめる感覚がしました。真野さんの丁寧で優しい言葉遣いの余韻がその余白に響きわたるようで心地よかったです。
また一冊を通じて伝わってくる、主体の、世界や周りのものとの独特な距離感のようなものにそれがマッチしていてとても興味深かったです。

特に好きだった歌を数首引かせていただきます。

くちびるをあわせることをゆるされてはじめてしったやわらかい他者

猫の名を春と名付けて三年目、いつの季節も春と居ります

カーテンをつける数だけ街を知り、外す数だけ街を忘れる

新しい水路をひらくみたいですあなたに好きと伝えることは

『水路をひらく』

一首目と三首目は歌集になる前から真野さんの作品として知っていてとても好きだった歌です。特に一首目はこの歌集の冒頭に置かれていてとても嬉しかったです。
二首目と四首目、真野さんならではの丁寧な口調に好感がもて、「猫」や「あなた」との関係性に心温まります。「あなた」に伝えたい思いがとめどなく溢れる主体の内面が、静かな語りによってより一層伝わってきます。

さて、先に”独特な距離感”と書きましたが、この歌集では「ネット」や「ハサミ」や「カーテン」など、ものや空間を包んだり切り離したり遮ったりするアイテムが登場します。セーターをやさしく洗うネット、悲しみと悲しむ人とを切り離すハサミ、街との出会いや別れを象徴するカーテン…

一冊を通じ、他者との関わりを様々な角度から見つめ続ける主体ですが、一歩踏み込んだときに確かに感じる見えないベールのような境界の存在が、この距離感につながっているように感じます。

それでも、ひとりごとを呟いたり、痛みを感じたり、認められたり、愛したりして、他者とのかけがえのない繋がりを探求し続ける主体に共感せずにはいられません。
冒頭に置かれた「くちびるを…」の一首と、「水路をひらく」というタイトルがそれを物語っていると気づきハッとさせられます。

短歌という言葉をツールとして、もっと深く豊かに他者や世界とつながろうとする主体の切なる願いがこの一冊に込められている気がしました。

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