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「もうわたしのことは考えないで」と彼女は言った

夢の中で久しぶりに女ともだち3人で集まった。

わたしたちが連絡を取り合うのは「どこかでおいしいものを食べよう」という時だけ。
昨今はコロナで、会って食事をする機会を逸してしまっていた。
それでしばらくのあいだ電話もメールもしないままだったのだ。

集まったのは、白い椅子に白い丸テーブルのイタリア料理の店。
予約のときにアサミがコース料理を注文してくれてたらしい。
「お店で悩むより楽だから、勝手に頼んでたの」と笑いながら言ってくれた。

前菜と、オリーブオイルをつけたバケットをわたしちは食べた。
少しずつ近況を話して。メインの魚料理が出てきたころにアサミが言った。

「ねえ。これからはさ、もうわたしのことなんて考えなくていいから」
どういう意味なんだろう? とわたしは呆然とした。
「だって、あなたが思っているようなわたしじゃないし。だからもう、わたしのことは考えないでほしいの」

もうひとりのメンバーのふう子も何か言いたそうだったが、けっきょく何も言わなかった。

わたしの思うようなアサミではないってどういうことなんだろう?

それからモノクロームの舞台でダンスを踊るアサミの姿がフラッシュバックしたが、それはわたしの知るアサミではなかった。

そして忽然とアサミはいなくなってしまっていて、そこで目が覚めた。

*     *     *

どうしてあんな夢を見たのだろう?
そう思ってしばらくたってから気づいた。

そうか、アサミは数年前、旅行先の事故でなくなってしまってたよね。
旅先の国で荼毘に付され、すべてが終ったあとに、妹さんが連絡をくれた。

わたしたちは何も見てなくて。だからいつまでもわたしは、案外、どこかで生きていうんじゃないかと何度も何度も思ってしまってた。
アサミには、わたしがいつまでもそう思っていることが嫌だったのかも。
そう思ってベッドの中で少し泣いた。

言い訳させてほしい。

アサミが死んでしまったから悲しいのかもしれないけど、でもそれだけじゃないんだよね。
わたしはアサミと定期的においしいものを食べに行くのが好きだったんだよ。
「アサミ、そろそろ電話くれないかな」とか思っている毎日がたまらなく幸せだったんだよ。
自分じゃなかなか電話しないくせに「そろそろ会いたいな」っていうタイミングで、アサミが連絡くれる日々がとても幸せだったんだよ。

だから今でも「また、そろそろ電話くれないかなあ」と思っている。

それはあきらかにわたしの脳の記憶違いだ。
脳がいつまでも記憶の書き換えができないのを許してほしい。

それが、あまりにも幸せな記憶だから、書き換えができないままなんだよ。

アサミがどう言おうと、わたしはまたアサミのことを考えてしまうのだろうけど。
アサミが「もうわたしのことを考えないで」って言ったことも、いつまでも覚えておこうと思う。

まだまだアサミのことを考えていたいわたしを許してほしい。

*      *     *

「死って、生きているなかで一番わからないことだよね」って昔、話したことがあった。
そのときアサミは涙ぐんだよね。

いちばんわからないものが、いつまでもアサミの思い出と一緒にわたしの心の真ん中にはある。

そうやってわたしは今日も生きてく。



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