いまわし電話

年度も変わったし、住所録の粛清を敢行した。とはいえ、元々の登録数が少ないので10件程度である。

そんな折、名無しの権兵衛さんから着信があった。普段なら無視するうえに、かけ直すこともないのだけれども、たまたま駅のホームで座っていたところだったので、出てみた。

相手は男性で、まず「もしもし、もしもし、オレオレ、久しぶり!誰かわかる?」という、耳をつんざくボリュームの声で一方的に喋り始めた。

誰かわからなかったけれども、わかったところで有益なことは何一つなかろうと思い、私は「誰か知らんけど切るで、おつかれさま」と言った。

すると「まって、まって、オレオレ、K!」と名乗った。

彼は何年も前の粛清で、とうに名が消え去っていた人である。ずっと年賀状は来ているが、こちらは返していない。


「何か用?用事ないなら切るで」
「まって、まって。用事無いけどええやんか」
「ええことあらへん。切るで」
「いやいや、まあまあちょっとだけ」


そして、思った通り何一つ有益な情報が得られぬままに5分が過ぎた。


彼は言った。
「また今度会おうや」と。

私は言った。
「嫌や」

「そんなん言わんと、まぁ今度会おうや」
「嫌や。めんどくさい」

私はもうやりとりが面倒になっていた。そこで、仮に会うことになったとしても、彼の行動力の無さを計算に入れた。

「そんなに言うならええで。いつにする?」
「それはまた電話するわ」
「電話は迷惑やからメールにして」
「ほな、電話するから」
「電話は迷惑やからメールにして」


そして、電話は切れた。

ずっと昔、まだ世の中に携帯電話がなかったころ、タモリさんが言っていた。
「俺は電話嫌いなんだよね。こっちの時間に割り込んでくるじゃん。向こうの都合でこっちの用事を中断しなきゃなんないじゃん。図々しいよね」と。


そして、彼からのメールは来ない。

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