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ヘミングウェイを原文で読んでみたい

ワタルが帰ってきている。

俺が出張先の札幌から2日ぶりに家に帰ってくると家の様子が違っていた。
長男のワタルが留学先のアメリカのニューヨーク州から帰ってきていた。特大のキャリーケースが二つもリビング横の和室に広げられている。普段俺がそこで寝ているのに妻は敢えてその場所を解放したのだろう。

「あぁ、ごめん。すぐ片付けるよ」
旅疲れの顔に一層疲労感を現した俺を見てワタルが言った。
コイツは本当によくできた息子だ。ものの道理を判っている。うちの会社の若い社員よりよっぽどしっかりしているし、仕事を任せても悪いようにはしない安心感がある。

「昼には帰ってきたんだけど、何やかやで片付けまで手が回らなかった」
と言ってすぐに荷物をまとめ、「はい、お土産」と言ってビーフジャーキーを差し出す。酒のつまみとして乾き物では最高クラスだ。

俺は国内の出張でぐったりしてるのにコイツは20時間も飛行機を乗り継いできたのにあっけらかんとしている。若いって素晴らしいな。海外に行くときも、ちょっと行ってくるよ、てな感じで、側から見てる限りお気軽に行ってしまう。

「向こうは寒かっただろ。ネットであっちの天気見たけど最高気温が−10度だったぞ」と言いつつ早速気のきいた土産をつまみながら俺はビールを開ける。
「晴れた日の気温はもっと低いけど意外と大丈夫だよ。耳は痛いけど」と言いつつワタルも俺から受け取った缶ビールを開ける。

「もう英語ペラペラか?」
「いや、全然」
「全然って、あっちで生活してんだし、授業も英語なんだからそんなことはないだろ」
「いや、まじで。慣れたから何とかなってるレベル」
「そっか、でもせっかく向こうにいるんだから、ワンオクくらい歌えるだろ?」よくわからないことを言ってる俺。
「いや、ワンオクの発音は並じゃないよ。全然無理💦」
「へぇー、そうなのか。でもヘミングウェイを原文で読めるようになったら楽しいだろうな」
「それも楽じゃないと思うよ」と言いつつ”USED”とラベルが貼られた、いかにもアメリカ的ペラペラな冊子を俺に差し出す。「IN OUR TIME」。
なるほど、こいつもチャレンジしたのか。
パラパラと本のページをめくりながら、こりゃ挫折したんだな、と思う。

「読んだからあげるよ。読んでみて」
読めたのか、、、しかし俺にとっては平安の随筆より難解だぞ。
微妙な表情の俺をみて笑う息子。
「楽じゃないでしょ?」


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