教科書の紹介――800ページも何を書いたのか?全部読まなければならないのか?(続)
この記事は、興津征雄『行政法 I 行政法総論』新世社(2023年)の情報記事です。「教科書の紹介――800ページも何を書いたのか?全部読まなければならないのか?」の続編です。
前回の記事では、以下のような観点から、主として本書第1部・第2部について、読者の到達度に応じた読み方をご提案しました。
今回の記事では、残る第3部について、その趣旨や読み方に関する私の考えをご説明します。
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本書第3部は、「基礎編補論:行政法の知識を拡げる」というタイトルがついています。全部で6個の章からなり、ページ数にすると192頁あります。
このタイトルからおわかりのとおり、第3部は、第1部「基礎編:行政法を知る」を補うものです。もともと第1部と第3部とは一体のものとして執筆され、当初は第3部の内容をも第1部に組み込むつもりでした。ところが、そうすると第1部の分量がかなりふくらんでしまいます。そこで、第1部には、法学部の行政法総論の授業で必ず扱われるであろう内容のみを置き、残りは第3部として独立させることにしました。
第1部と第2部は、それぞれ次の①と②の学習段階に対応していることを、前回の記事で述べました。
この図式でいうと、第3部も①すなわち基礎知識に相当します。しかし、基礎知識でありながら、第1部に収録したもの(行政法総論のコアとなる基礎知識)に比べると、重要度・優先度が相対的に劣ると私が判断したものが第3部に収められています。
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では、第3部には具体的にどのような内容が収められているのでしょうか。それらが第1部に比べて重要度・優先度が劣ると判断されたのは、どのような理由によるのでしょうか。
(1)第31章・第32章
第3部のうち、最後の二つの章、すなわち第31章「法令の効力と適用範囲」および第32章「地方自治法上の関与」は、行政法総論の一般的な教科書ではあまり扱われることのない項目です。
第32章は、主として地方自治法のテーマです。本書では、第2章「行政の主体と機関」において国と地方公共団体の関係を説明する際に、関与に触れていますが、詳細な説明を第2章でするとバランスが悪くなってしまうために、スピンオフ的に切り出したものです。行政法総論の教科書において関与の詳細な説明をすべきかどうかには迷いもあったのですが、行政法総論の論点を含む重要判例が関与の仕組みのもとでいくつも出されていること(泉佐野市のふるさと納税訴訟や、沖縄県の辺野古埋立てをめぐる訴訟など)、行政法総論の学習者がすべて地方自治法を学ぶとは限らないこと、予備試験の短答問題において出題されることがあることなどから、第32章において説明をすることにしました。
第31章は、教科書で扱う場合には最初のほうに置かれることの多いテーマです(たとえば宇賀克也『行政法概説Ⅰ』では第2章)。法制執務的なテクニカルな問題というイメージが強く、授業でも飛ばしてしまったり、そもそもこのテーマに触れない教科書も増えています。しかし、法令の遡及適用や域外適用など、重要な解釈問題を含み、中身もどうしてなかなかエキサイティングです。とはいえ、行政法総論の学習としては応用問題になるので、最後のほうに配置しました。私の授業でもここまで言及するのはたぶん無理で、関心のある読者へのガイドの意味です。
(2)第29章・第30章
残る章のうち、第28章「財産管理・民間委託・サービス提供と契約」、第29章「行政情報法」、第30章「公法と私法」は、一般的な教科書でも扱われる項目です。
第29章は制度の説明が多く、ページ数もふくらんでしまったので(65頁は本書の各章の中で最長)、第3部に回しました。授業では「読んでおいてください」と言ってすませそうなところです。
第30章はアクチュアルな内容も含むのですが、「公法と私法」という問題のとらえ方自体があまりはやらなくなってしまったこともあり、第3部に位置づけることにしました。ちなみに、第30章は書いていて理論的な問題に気づかされた章であり、本書の中では第13章「法律による行政の原理」と並んで私の中の自信作です。
(3)第28章
第28章は、もっとも扱いに悩んだ章です。というのは、第28章の内容は、一般的な教科書では、行為形式(その意味については「教科書の紹介――民法がそこそこ得意な人のために」参照)の一種である「行政(上の)契約」を扱う章の中で取り上げられるのが通常であり、法学部における行政法総論の授業でも触れられることが多いと考えられるからです。そのため、第28章の内容を第1部に位置づけるべきか、だいぶ考えました。
ところが、私は、行為形式の一種として「行政(上の)契約」という章を設けることをしませんでした。「行政(上の)契約」の中には、第28章で扱った公共契約など給付行政で用いられる契約のほか、本書では第12章「行政指導と協定」・第22章「個別法上の権限外の規制手法をめぐる紛争」で扱っている協定(公害防止協定など)をあわせて扱うのが通例ですが、私はこのような扱いが適切ではないと考えたためです。その理由は詳しくは本書317~318頁、643~645頁をご覧いただきたいと思いますが、要するに給付行政上の契約と協定とは、その性質も機能も異なり、行政上用いられる合意であるという以上に共通点を見出せないことにあります。
そして、協定については、行政指導との機能的共通性があるため、任意的行政手法の一種として第1部で扱うことが必要であるのに対し、給付行政上の契約は制度の説明が多く、必ずしも第1部で扱う必要性は高くないと判断しました。しかし、一般的な教科書とは重要度・優先度の位置づけが異なること、第28章の内容から予備試験の短答問題が出題されることもあることには、ご留意ください。
(4)第27章
第27章「公物法」は、ある意味では本書の目玉の一つです。公物法は、伝統的な体系では行政法各論に位置づけられ、現在の主流の体系では行政組織法に付随して扱われることが多く、いずれにしても行政法総論の教科書で公物法が扱われることはきわめて稀であるからです(本書618頁)。
しかし、公物法に関する事例は、行政法でも憲法でもよく出てきます(行政法の著名判例としては、呉市教研集会事件、獅子島海岸占用不許可事件など、憲法の著名判例としては、泉佐野市民会館事件、上尾市福祉会館事件、最近の金沢市庁舎前広場事件など)。したがって、公物法に関する基礎知識があると、こうした事例に対処する際に有用です。
そこで、本書では、第27章として、行政作用法にかかわる(個別法解釈の際に必要となる)公物法の基礎知識を提供することを試みました。さすがに法学部の行政法総論で細かく扱うようなテーマではないので、第3部に置きましたが、学習上の重要度・優先度は、第28章よりも上ではないかと思っています。
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以上を要するに、本書第3部の各章は、「知っておくと有用だけど、初学者のうちは詳細に立ち入る必要のない項目」ということになります。ただし、第28章~第30章、とりわけ第28章は、先生によっては初学者が学んで当然と考えられるかもしれませんので、臨機応変にお考えいただければと思います。
さて、本書刊行前から、一連のnote記事において本書の特徴などをご紹介してきました(記事一覧)。
当初は、800頁超えの行政法総論の教科書など、誰が読んでくれるのだろうというのが不安で、少しでも本書の良い所(と私が考えるもの)を知っていただきたくて書き始めたものでした。ところが、本書の刊行直後からTwitter(X)でご好評をいただいたこともあってか、予想をはるかに上回る売れ行きで、あっという間に増刷まで決まってしまいました。ご購入いただいた方々、ご紹介をいただいた方々には、心より感謝いたします。
この記事をもって、本書を行政法学習に使っていただく方に向けた自己紹介は、ひととおり書き終えたかなと思います。当初は、本書の学問上の意義についても記事を書こうかと思っていたのですが、そちらのほうはまだあまり内容が固まっていない上に、後期の授業が始まってまとまった時間が取りにくくなってしまいましたので、本書に関するnote記事はここでいったん打ち止めとしたいと思います。今後書きたい内容が固まったらand/or時間ができたら、新しい記事を書くかもしれません。
訂正情報と、質問と回答の更新は、続けます。
ここまで読んでくださった方々に、お礼を申し上げます。ありがとうございました。一連の記事が、本書を手に取るきっかけとなったら幸いです。
また、タイトル画像には、板谷隼(Hayabusa Itaya)さんの写真とにょりこさんのイラストを使わせていただきました。ありがとうございます。
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