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教科書の紹介――民法がそこそこ得意な人のために

この記事は、興津征雄『行政法 I 行政法総論』新世社(2023年)の情報記事です。

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本書の「はしがき」に、「本書では、法解釈学としての行政法を、筆者なりに描き出すことに意を用いた」と書きました。端的にいうと、民法がそこそこ得意(※)という学生が、行政法につまづいてしまうことにないようにしたい、行政法を民法と同じ法解釈論として理解できるようにしたい、という思いが込められています。
(※)「そこそこ得意」というのは、「抜群に得意でなくてもいい」という含意です。抜群に得意であればそれに越したことはありませんが、以下で述べるように《要件→効果》の構造が理解できている程度に得意であれば、行政法との関係では「そこそこ」か「抜群に」かは重要ではないので、このように表現しています。

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「民法は法律学の女王」といわれたり、「民法を制する者は司法試験を制す」といわれたりすることがあります。これは、民法が法律学(法解釈学)の代表であって、民法を学ぶことによって法解釈学の基本的方法や基本的思考を身につけることができるからだと思います。したがって、民法がそこそこ得意である学生は、法解釈学の基礎が身についており、論点の発見や論証(答案)の構成がしっかりしているので、他の法律学においても大崩れしない可能性が高いのではないかと思います。
しかし、私は、民法がそこそこ得意であるにもかかわらず、行政法の論証(答案)の型がボロボロという学生を過去に何人も見てきました。「行政法も民法と同じ実定法なのだから、まずは民法と同じように書いてみたら?」と言ってみたりするのですが、そのような学生は「行政法と民法が同じ」ということが信じられないようです。そのような学生の相手をするうちに、私は、「行政法も民法と同じように、《要件→効果》の構造で分析することができる」という基本的な前提が、伝わっていないのではないかと思うに至りました。

《要件→効果》の構造とは、法の定める法律要件に該当する法律事実が存在する場合に、法の定める法律効果(法律関係の変動)が発生するという、民法あるいは法学入門の初歩で教わる話です(※)。
(※)ただし、私自身は、このことを明示的に教わった記憶がありません。こうした法律家にとっては当然の前提となっていることを、きちんと言語化して教えることは、法学教育全体の課題だと思っています。

民法をはじめとする実定法の事例問題は、与えられた事実を法律要件に該当するものとそうでないものとに選り分けて、法律要件に該当する事実からどのような法律効果が生ずるかを分析することで、論証(答案)を組み立てていくわけです。
どのような法律要件が存在する場合にどのような法律効果が発生するかは、各法ごとに異なっているので、それを身につけるために各法ごとの制度と解釈論を勉強する必要がありますが、基本的な構造は変わらないはずだと私は考えます。民法がそこそこ得意である学生は、この構造が理解できているがゆえに、他科目でも大崩れしないのだろうと思います。
にもかかわらず、そのような学生が行政法(だけ)につまづくことがあるとすれば、それは行政法も《要件→効果》の構造で分析できることが伝わっていないからではないかと私は考えました。

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それは無理からぬことでもあります。現在主流の行政法の教科書(基本書)が、《要件→効果》の構造で書かれていないからです。もちろん、「処分要件」という言葉はふつうに使われますし、「要件裁量」と「効果裁量」の区別が語られるように、行政法においても要件と効果の区別があることは意識されています。
しかし、現在主流の行政法の教科書が採用している体系構成の方法論は、「行政過程論」または「行為形式論」と呼ばれるものです。これにつき詳しくは以下の回答をご覧いただきたいと思いますが、簡単にいうと、現在主流の教科書は、行政法を、行政が行政目的を実現するための道具や手段に重きを置いて記述しており、《要件→効果》の構造、およびそれと表裏一体をなす法律関係の変動の観点から記述していない、ということです。

もちろん、主流の教科書がそのような記述の方法をとることには理論的な意義があるのですが、長くなってしまうのでここでは書きません(本書のCOLUMN 4-1「行為形式論」をご覧ください)。
ここで確認しておきたいのは、そのような教科書で行政法を学んだだけで、いきなり事例問題を示されて、「さあ、《要件→効果》の構造を分析して、民法と同じように答案を書きましょう!」と言われても、習っていないのだからいきなりできるようにはならない、ということです。傾向としては、民法が得意であればあるほど、民法と同じように考えられなくて悩んでしまう人もいるような気がします。

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本書は、現在の主流の教科書のこのような限界を補うために、「行政過程論」「行為形式論」といった方法論は採用せず、行政法を《要件→効果》の構造で分析することを試みました。第4章にそのものズバリ「要件と効果」と題する章を置き、その後の章も、どのような要件が存在すればどのような効果が生ずるかという観点から一貫して書かれています。
民法がまったく得意でなくても心配いりません。《要件→効果》の構造がどのようなものかは、第4章で不法行為と契約を例に例解していますので、初歩から学ぶことができます。本書を学習することで、民法の学習にも相乗効果があるかもしれません。

予備試験や司法試験のためにこれから行政法の勉強を始める人に向けたアドバイスとして、「とりあえず薄手の基本書や予備校本で全体像をつかみ、後は演習書でひたすら問題を解きまくれ」といわれることがあります。その理由は、上に述べたとおり、現在の主流の基本書が行為形式論を基調に書かれているため(※)、《要件→効果》の構造による法解釈論的な分析手法は、事例問題を通じて実践的に身につける必要があると考えられているからでしょう。
(※)村上裕章『スタンダード行政法』(有斐閣)、櫻井敬子=橋本博之『行政法』(弘文堂)、中原茂樹『基本行政法』(日本評論社)など、受験生に人気のものも基本的にそうです

しかし、本書は、《要件→効果》の構造による分析手法を、まず教科書(基本書)で体系的に学ぶことができるという利点があります。もちろん、実際に問題を解けるようになるには、本書で分析手法を学んだ後で問題演習を行う必要はあります。しかし、演習書の解説に断片的に書かれていることを、ひとつにまとめた意義はそれなりにあるのではないかと自分では思っています。

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本書の分量が注目を集めており、受験生はその分厚さにおののいて本書を手に取ることを躊躇してしまうのではないかと心配しています。しかし、「はしがき」に次のように書いたとおり、コスパはそれほど悪くないのではないかと思います。特に民法がそこそこ得意なのに行政法に苦手意識を感じている方には、ぜひ手に取っていただけると幸いです。

司法試験の論文式問題への対応を考えると、一般的な教科書と事例演習書の解説に書かれていることを一書にまとめればおそらくこれくらいの分量は必要となるはずである。〈コスト・パフォーマンスは意外と悪くない〉と読者に思ってもらえることを念ずるばかりである。

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