教科書の紹介――800ページも何を書いたのか?全部読まなければならないのか?
この記事は、興津征雄『行政法 I 行政法総論』新世社(2023年)の情報記事です。
昨日私の手元に本書の現物が届きました。次のツイート(ポスト)に厚みがわかる写真も載せています。
本書は本文808ページ、目次・凡例・索引等を合わせると総計864ページにもなりました。出版社のサイトに予告が出た当初は、そのボリュームも話題にしていただきました。
特に学生の皆さんは、行政法総論だけで800ページ超えの本を読む必要があるのか、そんなに読み切れるかと、本書を手にすることを躊躇される方もいらっしゃるのではないかと思います。そこで、この記事では、本書がどのような構成で書かれており、読者の到達度や目的に応じてどのような読み方をすればよいかを解説します。それによりボリューム感を少しでも和らげ、効率的な読み方のヒントをご提供したいと思います。
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私が勤務する神戸大学法科大学院では、行政法の教育課程を次の二つの段階に分けて編成しています。
このうち、①は未修者コースであれば1年次(1L)に、既修者コースであれば入学前に、修得することが期待される知識です。②は未修者コース2年次・既修者コース1年次(2L)以降で本格的に展開される内容です。
たとえば、行政処分の附款という概念があります。附款とは何か(概念の定義)、附款の機能、附款の種類などは、①に属します。それに対して、附款の許容性と限界(どのような場合に附款を付すことが許されるか、また違法になるか)は②に属します。
一般的な教科書では、①に当たる部分と②に当たる部分とが明確に区別されず、「行政処分(行政処分)」の章の中に「附款」についての項目を設け、上記に列挙した諸論点を順番に説明するのが常であると思われます。しかし、附款の概念や機能や種類は、個別法の条文を読み解くために比較的早期に知っておくのが望ましい知識であるのに対し、附款の許容性と限界は、個別法の解釈や裁量の踰越濫用についてのひととおりの知識がないと、本来は理解することが難しい論点です。
そのため、そもそも附款とは何かについての基礎的な知識は学部や1Lで学んでもらい、具体的な事例に即して附款の許容性や違法性を検討することを2L以降で学ぶというのが、神戸大学法科大学院の行政法教育のコンセプトです。
附款はほんの一例にすぎません。多くの教科書で明確に区別されていない論点を意識的に①と②に分け、②に当たる部分に法科大学院の教育学習リソースの多くの部分を割けるようにすることが、カリキュラムの二段階編成のねらいです。
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本書は、私自身の神戸大学法学部・法科大学院における教育実践の成果でもあるため、①と②の区別をかなり意識しています。本書第1部「基礎編:行政法を知る」が①に、第2部「実践編:行政法を使う」が②に、おおむね相当します。第3部「基礎編補論:行政法の知識を拡げる」は、①の続編です。(本書の細目次はこちら)
この点に関する詳細な説明は、少し長くなりますが本書から直接抜粋します。
この説明では、附款の代わりに行政立法を例にしていますが、コンセプトは同じです。かなり丁寧に説明したつもりなので、各部の相互関係、とりわけ第1部と第2部の関係は、これで理解していただけるのではないかと思います。
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各部の相互関係が以上のようなものだとすると、行政法の学習者は、必ずしも本書を頭からお尻までいっぺんに読み通さなければならないわけではないことが明らかになります。学習者の到達度に分けて述べます。
1. 初学者の方
本書を使ってこれから行政法を学んでいく初学者の方は、第1部の内容をまずマスターすることを目的にしていただければよいわけです。第1部のページ数は375ページですから、行政法総論の教科書としては際立って多いわけではありません。次の各書と比べると、むしろ少ないくらいです(以下に掲げるページ数は本文のページ数)。
塩野宏『行政法Ⅰ 行政法総論〔第6版〕』有斐閣(2015年)=410ページ
宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第8版〕』有斐閣(2023年)=525ページ
大橋洋一『行政法Ⅰ 現代行政過程論〔第4版〕』有斐閣(2021年)=453ページ
もちろん、これらの各書には、本書第2部・第3部に相当する内容も含まれていますから、単純な比較は禁物です。しかし、本書第2部・第3部には、これらの各書に書かれていないことも含まれていますから(第2部については次に述べます)、それを除くと本書の内容が際立って多い(余計なことばかり書かれている)わけではないといえると思います。
本書第1部で行政法の基礎を身につけた後は、第2部で法科大学院・予備試験・司法試験などを見据えた実践的な学習へと進むことができます。それを次に述べます。
2. 初学者を卒業し中級者を目指す方
すでに法学部や法科大学院の1Lで行政法総論を学んだことがあり、本書第1部に相当する知識を身につけている方、すなわち初学者から中級者への階段を上ろうとしている方は、本書第1部は読み飛ばしていただいてかまいません。このゾーンの方は、本書第2部で、上に示した②の段階、すなわち基礎知識の使い方を学んでいただくことが有意義であると思います。
ただし、その基礎にある私の考え方を理解していただくために、本書第4章「要件と効果」および第7章「法の解釈・適用と行政裁量」については、その内容を十分に理解した上で第2部に進むことをお勧めします。それ以外の第1部の章については、クロス・リファレンスを使って、わからないことがあったらそのつど読むという読み方でもかまいません。
実は、このゾーンの方こそ、本書が最も効果的に学習をお手伝いできる方ではないかと考えています。
本書第2部の内容のうち多くのことは、一般的な教科書には体系立てては書かれていません。しかし、本書第2部に相当する内容の理解がないと、司法試験などにおいて事例問題を解けるようにはなりません。
それでは、通常の学習者や受験者は、事例問題への対応をどのようにしていたのでしょうか。おそらく、本書第1部に相当する知識(①の段階)を身につけたら、いきなり問題演習を行っていたのではないかと思います。演習書の解説には、確かに本書第2部に相当する内容(②の段階)が書かれています。
Twitter (X)を眺めていると、行政法の学習については、〈論文式問題への対策としては分厚い基本書を通読する必要はなく、コンパクトな基本書で全体像をサッとつかんだら、演習を通じて実践的に問題の解き方を身につけていくのがよい〉、というアドバイスが目につきます。②の段階に相当する内容が体系立てて基本書に書かれていない状況を前提にすると、①ばかりに詳しくなっても論文式対策としてはあまり効果的ではないので、問題演習をすべしというアドバイスは、理に適ったものです。
しかし、演習書の解説は、問題ごとの解説ですから、これも必ずしも体系だったものではありません。近時、②の段階に位置する参考書である伊藤建=大島義則=橋本博之『行政法解釈の技法』弘文堂(2023年)が注目を集めたのは、この部分のまとまった形での解説が、学習者・受験者に求められていたからではないでしょうか。本書第2部は、その部分を教科書として書いたことに意義が認められるのではないかと、私自身としては考えています。
なお、伊藤ほか『技法』は、現状では橋本博之『行政法解釈の基礎』日本評論社(2013年)と並んで、②に位置する学習者用の解説書としては双璧をなしていると思います。それでも、私は、本案論については、まだなお言語化して説明すべきことが残されているのではないかという問題意識をもっていました。
具体的にいうと、行政活動の違法性主張の方法を要件・効果の観点から定式化し、とりわけ裁量が問題とならないタイプの違法性判断を主題化して取り上げることです。本案論については、どうしても裁量論が中心になりがちなところ、その手前にある問題を可視化することといってもいいかもしれません(詳しくは本書384~385頁をご覧ください)。
本書第2部、とりわけ第15章「個別法の解釈と適用――実体的違法事由(その1)」で、そのことを試みています。もしその試みが成功しているならば、その点でも本書の学習書としての新しさを主張できるのではないかと思っています。
中級者を目指す方にとっても、これまでなら演習書や伊藤ほか『技法』、橋本『基礎』などを用いて学ばなければならなかった事柄を、本書によりワンストップで学ぶことができるとすれば、本書の分量が試験対策としても決して多すぎるわけではない、といえるのではないかと思います。
念のためにいえば、本書はあくまでも教科書であり、実際に問題が解けるようになるには、問題演習は依然として必要です。その段階で、既存の演習書や、伊藤ほか『技法』、橋本『基礎』などは、なお有用でありうると考えます。本書はそこに至る橋渡しの役割を担おうとするものです。
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本書第2部は、本文正味239頁です。まだ第3部が192頁残っています。
それでは、本書第3部はどのように読めばよいのでしょうか。今回の記事はすでにかなり長くなっていますので、第3部の位置づけは、次回改めてお話ししたいと思います。
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