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Paperblanksのノートに一目惚れしたオタク、文字を作る

 こんにちは、雪乃です。突然ですが、私には、一目惚れした1冊のノートがあります。

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 paperblanksというブランドのノート。   Hartley & Marksというカナダのメーカーから出ているノートです。東急ハンズで見つけて、表紙のデザインが好みすぎて衝動買いしました。改めて公式で確認したのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの書いたレスター手稿に由来する表紙デザインらしいです。

 1人眺めては悦に浸っていたのですが、やはり使わなければ意味がありません。しかしただ日記やネタ帳として使うだけではもったいない気がしました。言い換えれば、ノート代の元が取れない。普段買っているノートよりも高かったのですよ、このノート。そんな俗の極みみたいな理由から、いっそファンタジーに振り切った、かつ表紙のデザインにもマッチする使い方をしようと決め、こんなことを考えました。

「そうだ、文字を作ろう」

 私は神代文字(漢字伝来以前に日本で使われていたとされる文字。後世の偽作とされる)を小説のネタとしていつか使うべく少々嗜んで(?)おりまして、それを元にしつつ日本語を書き表せる創作文字を自作しようと決意しました。

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 最初に作ったのがこれです。月をモチーフにしたので、月形文字(つきがたもじ)と呼んでいます。月形文字は母音と子音のパーツを重ねて書くことによって日本語の音になるよう作りました。そこで、母音は月の満ち欠けをモチーフにしているんですね。「ア」は新月、「イ」は上弦の月、「ウ」は満月、「エ」は下弦の月、「オ」は新月というように。アからオまでで月の満ち欠けが一周するイメージです。
 忙しくて長らく放置していたのですが、先日文字として本当に使えるかどうか試したんです。今回は、とりあえず万葉集の中で好きな歌を書いてみることにしました。古文の方がカッコよさげになる気がしたからです。2390番歌「恋(こひ)するに死にするものにあらませば我(あ)が身は千度(ちたび)死に反(かへ)らまし」です。(注1)「恋して死ぬんだったら自分はもう1000回死んでるわ」という意味なのですが、ノリがオタクみたいで好き。

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 まず気になったことが一点。

「塗りつぶすのめんどすぎワロタ」

 これです。月形文字は月の満ち欠けをモチーフにした関係で、イ段、エ段、オ段の文字に塗りつぶすという過程が存在します。月の、太陽光が当たっていない部分を表現したかったためです。作ったときは気が付かなかったのですが、これが地味に面倒だということが分かりました。

 あと、なんかこう、絶妙に文字に見えない。実は作った時点で、「この文字、何かに似てるな~」と思ってたんですが、ようやく気が付きました。何に見えるかって、天気記号です。遥か昔に理科の時間で習ったあのマーク。快晴は〇、曇りは◎、雨は●で表されるアレです。
 調子に乗って万葉集に載っている和歌なんて書いたりしちゃいましたが、既視感の正体が天気記号であると気が付いてからは理科の勉強中に飽きて遊び始めた中学生のノートにしか見えなくなってきました。

 そんなわけで、もう一度文字を作ることにしました。

 まず、原点に戻りました。月形文字のパクr……じゃない、発想の元になったは、ヲシテ文字という神代文字です。「ホツマツタヱ」という文献に使われています。ヲシテ文字も、母音と子音のパーツを組み合わせることによって仮名の一文字が表せる仕組みになっています。神代文字の真贋云々は一旦おいておいて、デザインや構造を考えるうえで大いに参考にしました。

 ヲシテ文字は、母音が五つの元素、子音が世界の成り立ちを表しています。ヲシテ文字と自分の月形文字を見比べてみたとき、月形文字に関して「子音のパーツに意味を持たせなかった」ことを思い出しました。これでは子音のパーツが覚えづらいし、せっかくならばここを修正して、もっとこだわりたい。そこで、子音のパーツから考え始めます。
 月形文字のモチーフが月であったように、今回も「宇宙」っぽくしたいと思いました。ただ単に、私が宇宙の話が好きだからです。そこで、星や宇宙に関連した本を引っ張り出しました。(と言っても、3冊しかないですが……)

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 黄道12星座のページを見ていた時に、円周上を小さい丸がぐるぐる回っているイメージが思い浮かびました。そこで、母音を表すパーツを丸い形にして、その円周上に小さな丸を配置すれば、位置によってパターンが作れるし、星に関連した意味も持たせられると考えました。これで大枠は決まりです。

 ノートのデザインが「陽光と月光」なので、そこからは少し外れた星をモチーフにすることに関して一瞬ためらいましたが、月も太陽も平たく言えば全部星なので、そういう迷いとかはこの時点で全部捨てました。

 子音がざっくり決まったので、次は母音を考えます。私は星が好きなのですが、その中でも星の一生が大好きで。星間ガスが集まって星が生まれ、年老いていき、最後は超新星爆発を起こして、次の星を作る材料になる。この輪廻のようなサイクルがエモくて気に入っていました。というわけで、母音はこの星の一生をざっくりと5段階に分け、それぞれあてはめることに。
 アは星が生まれる前の星間物質、イはガスなどが収縮する様子、ウは星が完成した姿、エは星が次第に膨張する様子、そしてオは超新星爆発の様子を象ることにします。
 3パターンほど考えましたが、最終的には次のような形に落ち着きました。

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 イからオまで、円の中にある五角形や菱形を、と呼ぶことにします。

 母音が完成したら、また子音に戻ります。子音は上記のように、母音の円周上に小さな丸を配置することは決定していました。
 最初は小さな円を10か所に配置する位置で子音を作ろうと思っていました。しかし、問題が発生しました。

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 紛らわしいにもほどがある。

 「サ」と「タ」とか、もうどこが違うんだよ。ここだけ見たら、文字というより数学のテストで全選択肢を手当たり次第に試した痕跡に見えますね。高校生のときによくやりました。
 律儀に1個の丸で10パターンを乗り切ろうとしたがゆえに、位置の微妙な違いが読み取りづらくなってしまいました。このままだと考えた本人が書いてる途中にキレる気がしたので、考え直すことに。

 ここで母音ウを表す核に五角形を使っていたので、その各頂点に丸を配置する方法を試してみることに。しかしそのままでは5パターンしかつくれないので、5個の丸から2個を選んで10パターン作りました。

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 図のように、五角形のすべての頂点の中から2つを選ぶ場合、その組み合わせは(a・b)、(a・c)、(a・d)、(a・e)、(b・c)、(b・d)、(b・e)、(c・d)、(c・e)、(d・e)の10通りあります。これをア行からワ行までに当てはめました。まさか数学でやった組み合わせの考え方をここで使うと思いませんでした。高校時代の数学の教科書を何かに使うかもしれないと思って保管しておいたのですが、まさかこのタイミングで日の目を見るなんて、教科書もさぞ驚いていることでしょう。

 そして、丸の配置をア行からワ行まで対応させたのがこちらになります。

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 これで子音も決定。あとは母音と子音を重ねるのみ。実際に表にしたものがこちらです。

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 現代ものに使う可能性があることも考慮し、「ん」も入れました。また、「ヰ」や「ヱ」、仮名文字では書き表せないヤ行のエも書くことが出来ます。
 すべてのパターンが完成したところで、もうひとつ、月形文字での欠陥を修正しました。それは、小文字と濁音・半濁音の表現です。月形文字における「ゃ」「ゅ」「ょ」「っ」などの小文字、および濁音と半濁音は、仮名と同じように表記することにしていました。しかし、これもせっかくならばと新たに表記方法を考えることに。

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 そして、小文字は核の中央に丸を配置することに。濁音は子音を表す丸を2つとも黒丸にし、半濁音は時計回りに見て2番目に来る丸を黒丸にしました。実際試したら、これくらいの面積だったら塗りつぶすのもあまり手間ではないし、ビジュアル的にも分かりやすくなった……かな?

 せっかくサンプルとして万葉集の歌を使うことにしているので、思い切って上代特殊仮名遣いにも対応させようと思います。
 
上代特殊仮名遣いとは、万葉集など奈良時代ごろの文献にのみ見られる、万葉仮名の特殊な書き分けのことです。全ての文字に書き分けがあったわけではなく、「キ・ヒ・ミ・ケ・ヘ・メ・コ・ソ・ト・ノ・モ・ヨ・ロ」に存在します(モの書き分けがあるのは古事記のみ)。

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 上代特殊仮名遣いは甲類・乙類の2グループに分けて解説されることが多いので、本記事も甲類・乙類の呼称を使います。現段階では、とりあえず乙類の仮名にのみ、核に縦線を引くようにしてみました。

 このようにして、日本語の音はすべて表せるようになったので、また月形文字と同じように、万葉集の2390番歌を書いてみました。

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 「恋(コヒ)」の「ヒ」及び「死にするもの」の「ノ」、「我が身」の「ミ」が乙類なので、こちらでも乙類を使っています。(注2)

 比較的覚えやすくなった気がします。また、上代特殊仮名遣いも表せるようになりました。知らない民族楽器の知らない楽譜に見えなくもないですが、これは文字です。作った本人が言うんだから間違いないです。

 また、現代語を表記した場合のサンプルとして、とりあえず自作の口語短歌を書いてみました。以前にnoteにも載せた「気が向いたときにログインするようなノリで人生やっていきたい」という、ほぼツイートみたいな歌です。

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 何回も見ているうちに、だんだんと文字に見えてきました。「なかなか良いんじゃね」とすら思えてきます。よく読むと「気が向いたときにログインするようなノリで人生やっていきたい」って書いてあるんですけど。

 新しい文字は、星形文字(ほしがたもじ)と呼ぶことにします。 

 無事に文字が完成したので、次は世界観設定です。なぜこれを考えるのかと言うと、月形文字にも設定があったからです。

 月読命の神話が少ないのを良いことに、月読命が興した王朝が存在し、その王朝で使われていたのが月形文字であるという、ギリギリ「月刊ム◯」に載ってそうな設定を考えていました。

 新しい文字は星がモチーフなので、それに応じた設定をつけることにします。星の神を信仰していた一族が古代日本に存在したが、朝廷に従わなかったために討伐されてしまい、しかしその信仰や歴史は星形文字で書き表されることで密かに伝えられた……みたいな感じで行きます。
 土蜘蛛とか所謂「まつろわぬ民」系の神話が好きなんですよ。しかもちょうど日本書紀にはアメノカガセオという星の神が討伐される対象として登場してるので、これ幸いと使わせていただきました。
 ここから派生させていけば、「実は異星人との交信のために使われていた文字である」みたいなギリギリ東◯ポに載ってそうなエピソードも作れそうです。あと上代特殊仮名遣いにも対応させたので、ない古代日本史を錬成できる。

 さて、ようやく本題です。この文字を使って、書く。本来の目的を達するときが、ようやく訪れました。
 しかしここで、ある事に気が付きます。何を書くか、全く決めていなかったのです。
 さっそく案を出し始めます。せっかく文字そのものにストーリー性を持たせたことだし、小説を書こうかな。いや、七五調の方が雰囲気が出るかな。あるいは自分の短歌を書いたりしようかな。いっそ長歌でも良いかもしれない。ああ~~~でもどうしよ~~~!!

 ……こんな感じで、一文字も書けないまま2時間が経過。一旦休憩をはさみ、改めてノートと向き合い、こんなことを思いました。
「『こんなに時間をかけたんだから』や『元を取る使い方をしなきゃ』とか、そんな考えに囚われるあまり、空回りしていないだろうか」
「私が書きたいこととは、いったい何だろう――」
ノートの上は本来、自由のはずです。非生産的なことを書いても良いのです。私がこのnoteでやってきたことを、今度はアナログでやれば良いのではないか。そう思いました。

 よし、書くぞ!!!!!

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 ッシャオラアアアアアアア!

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 書いた。

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 「ワッフル食べたい」と書いてあります。これが、私が本当に書きたかったことです。

 このノートには、私がやりたいことを書くことにしました。それが、一番自分のためになる使い方だと思ったからです。文字から自作したがゆえに、私は大事なことを忘れていました。ただ自分の思ったことを、思ったままに書く。ノートを使う上で、これ以上大切なことがあるでしょうか。

 文字を作ったことで、ノートに書くという行為の本質に気が付くことが出来ました。ありがとう、星形文字。ありがとう、paperblanks。

 長くなりましたが、本日もお付き合いいただきありがとうございました。

注1:書き下し文は『新編日本古典文学全集8 萬葉集③」より引用
注2:当該歌の甲乙は『新校注 萬葉集』を参照

参考
小島憲之・木下正俊・東野治之『新編日本古典文学全集8 萬葉集③』小学館 1995年
坂本信幸・毛利正守『万葉事始』和泉書院 1995年
『ポケット版 学研の図鑑⑥ 地球・宇宙』学習研究社 2002年
井手至・毛利正守『新校注 萬葉集』和泉書院 2008年
椙山林継監修『日本の神々完全ビジュアルガイド』株式会社カンゼン 2010年