ミュージカル「生きる」観劇感想

 こんにちは、雪乃です。今日は新国立劇場に行ってきました。新国立劇場に行くのは2015年のブロードウェイミュージカルライブ以来なので、なんと8年ぶりです。


 今日観たのは、ミュージカル「生きる」。


 というわけで感想です。ネタバレありなのでお気をつけください。










 原作は黒澤明監督の同名映画「生きる」。映画の公開年と同じ1952年──戦争から復興してゆく、その途上にあった時代を舞台にしています。
 主人公は市役所で働く定年間近の市民課長・渡辺勘治。事なかれ主義・縦割り行政・前例踏襲が基本のお役所の世界で、ただ仕事を淡々とこなしながら生きています。
 彼は胃がんになり、自身が余命わずかであることを知ります。そんな中出会ったのが、同じ市民課で働いていた女性・小田切とよ。溌剌とした彼女の何気ない一言によって「地元に公園を作る」という夢を見つけた勘治が、最後の夢のために残された生涯を捧げる──というストーリーです。
 今回一番書きたいのが、この小田切とよというキャラクター。過去の上演では唯月ふうかさん、May’nさんによって演じられてきたこの役を今回演じているのは、音楽座の高野菜々さんです。
 最初キャストが出たとき、それはもう驚いたんですよ。まさか音楽座の高野さんをホリプロの舞台で拝見する日が来るなんて思っていませんでした。
 私にとって、高野菜々さんといえば「シャボン玉とんだ宇宙までとんだ」の折口佳代役でお馴染みの方でした。

 そして、今回のとよ役!

 本当に、本当に最高でした。
 最初に市民課に出勤してきたシーンから、とよが登場するだけで、その場がパッと明るくなるのが分かりました。「溌剌」という言葉のそのものを、全身で体現する舞台姿がとにかく素晴らしくて。瑞々しい生命力に満ちたとよが、とにかく眩しくて眩しくて。

 とよを見ているだけで、自分もこんなふうに生きてみたい、と自然に思うことができたんです。だから1幕の終盤、勘治がとよに伝えた「1日でいいから、君のように生きてみたい」という台詞がするりと心の中に入ってきました。

 そして忘れてはならないのが、とよが歌う「ワクワクを探そう」。制作発表で披露された曲ですが、この制作発表の動画の再生回数の10分の1は私なんじゃないかというほどに聞きまくった大好きなナンバーです。

 とよが市民課の同僚につけているあだ名が次々と披露されるナンバーですが、そんなとよが上司である勘治につけていたあだ名はなんと「ミイラ」。初演版の歌詞では同僚に「木偶の坊」というあだ名をつけていたりもするとよですが、そんなふうにあだ名を考えていることもまたとよの魅力として映るのは、脚本や楽曲、演出に演技に歌と、とよを作り上げたすべての要素の賜物。「小田切とよ」という太陽のような人間を作り上げたすべてが、とにかく素晴らしかったです。

 今回は1階席から観たのですが、2階席との違いは、オーケストラの振動を肌で感じられること。オーケストラピットは舞台より低いところに作られているので、足に直接音が振動という形で伝わってくるんです。

 「生きる」の舞台は戦後間もない日本。公園を作って欲しいと市に要望する地元民の、足元から湧き上がってくるような生きたエネルギーが、足元を震わせる音楽と重なって聞こえるようでした。一方助役たちのシーンや勘治の息子・光男が感情をぶつけるようなシーンは音楽まで重力に引きずられるような重さを感じました。

 2幕ラストでは客席からすすり泣く声が聞こえるなど、「生きる」はとにかく泣く作品。私はまず1曲目の「ある男の話」の、狂言回しでもある小説家のパートで泣きました。早い。該当のシーンは下の動画で見ることが出来るのでぜひ聞いてほしいです。

 生きながらにして死んでいたような勘治が真に「生きる」ことを決意する1幕ラストナンバー「二度目の誕生日」や、勘治が公演を作りたい理由を語る「青空に祈った」、前述した2幕のラストシーンなど泣けるシーンが多いのですが、個人的に刺さったシーンは勘治の葬儀です。勘治は公園の開園式を前に、彼の悲願だった公園で息を引き取ったことが語られます。葬儀の場で息子の光男が、助役たちに「父がご迷惑をおかけした」とひたすら頭を下げる、そんな描写がありました。
 生前ずっとすれ違っていた勘治と光男。しかし勘治が亡くなった今、光男はただひたすら父の上司に頭を下げ続ける。この「頭を下げる」という行為はもう、大人の宿命なんですよ。親の葬式で親の上司に頭を下げるこの状況、もう光男の心は限界だったと思うんです。そんな、「大人」だからこそ描写できる、いや描写せざるを得なかった、「大人の痛み」が詰まっていたシーンでした。

 この感想を書いている間、劇場で購入したCDを聞いているのですが、なんとこのCD、カーテンコールと追い出しが収録されています。海外のミュージカルの音源だとわりと収録されているカーテンコールと追い出しが日本のCDに収録されているのは、私が知る限りかなり珍しいはず。カーテンコールは作品の中でも良い曲を集めたメドレーになっていて聞きごたえがあるので、収録されているので嬉しいです。また老田氏に対する拍手まで収録されているの、あまりにも私の需要に応えてくれていて泣いてしまう……。

 重い内容に見えてコミカルなシーンもあり、テンポも良く、ダンスシーンも多く、ミュージカルとしても楽しい作品でした。あともう1回観られる予定なので楽しみです。

 本日もお付き合いいただきありがとうございました。

この記事が参加している募集

おすすめミュージカル

舞台感想

おすすめミュージカル