毒にも薬にもならない話_92

彼女にはなれないから

敬愛する彼女のくれた「待ってるよ」のひと言が嬉しくて、彼女と再び働く未来を夢見ている。

5つ上の先輩である。完璧な女性……そんな印象を与える人。すらりと背が高くてスタイルが良く、目鼻立ちがはっきりしている。お化粧をきちんとし、上質でセンスのいい洋服とアクセサリーを身につけ、茶髪ロングの髪はストレートの時もあればふんわり巻かれている時もある。

見た目だけではない。話し方や立ち居振る舞いも洗練されている。口調はとても丁寧で、「どこに出しても恥ずかしくないとはこういうこと」だと思う。おじさまたちと自然に話を合わせるのも上手で、お酒が好きなこともあり、飲み会の華になる。

仕事だって非の打ち所がない。資料作成は手早く、スライドもわかりやすい。会議では迷走する議論を整理して、一定の結論を導き出す。その力量は当時の課長以上だった。

細かい作業や単純作業が苦手だとか、何もないところでつまづくとか、煮え切らない相手に容赦ないとか、短所がないわけではないものの、少なくとも所属している部署の中では美点の方がはるかに目立っていた。

私は社会人2年めから4年めを彼女と過ごした。私たちのいた部署は、各部門の意見をまとめてそれを経営層に提案する業務がメイン。人と話すことに恐怖心のある私にとっては、各部門との会議も、メール・電話でのやりとりも、経営層へのプレゼンも決して軽くない仕事だった。

彼女はいつも、自信のない私の背中を押して、会議で困り果てた時には誰よりも助け船を出してくれた。感謝しかない一方、彼女に頼らなければ、仕事をこなすことのできない自分が情けなかった。

「彼女のようになることを期待されている」との意識が余計に気持ちをつらくした。実際、入社早々に常務から彼女を紹介された経緯がある。出身大学が同じとのことだったが、当時は部署も違ったので不思議ではあった。3年間ずっとタッグを組んで、彼女の能力の高さを尊敬するにつけ、「彼女の代わりにはなれない」という想いがどんどん膨らんだ。この部署に求められるのは彼女のような人であって、私ではないのだと。

昨年4月に異動で部署を去った時、また戻ることを期待されていると気づいていた。彼女がそうだったように。だから、その運命を振り払おうとこの1年、懸命に次の道を探した。「戻りたくない」と人事や上司に伝えたことも何度かある。私は彼女にはなれない。もう、あの部署では戦えない。

その気持ちが変わったのは、次の4月の人事発令を見たとき。彼女はあの部署で、課長に昇進する。かなりのスピード出世だが納得の人事。

やっぱり私は彼女にはなれない。

だけど、それでいいじゃないか。

あの部署での日々は、確かにしんどかった。いつも怖いものだらけで、ずっと逃げたかった。だけど、異動して1年でわかったことは「私はどこにいても怖がり」ということ。異動すれば叶うと思っていた「人を恐れずにすむ仕事」など、そうそうなかった。

あの部署に戻れば、今よりずっとお役に立てるだろう。敬愛する彼女を支えて、働くことだってできるだろう。私は彼女にはなれないから、彼女を助けることができる。

彼女に向けて送った昇進お祝いのメッセージの最後にこう書いた。

どこにいってもビビリなのはあいかわらずだとわかったので、(前の部署)に戻ってもいい気がしてきました笑

彼女は軽い調子でこう返してくれた。

次はこっち戻っておいでよ
待ってるよ

1年間、かたくなに拒絶しつづけてきた想いがほろりと溶けると、不思議なほどの安心感があふれ出した。人事のことはわからないけれど、きっと近い将来、私はあの部署に戻るのだろう。そんな予感がする。

最後まで読んでくださってありがとうございます! いただきましたサポートは、さらに自分の心と向き合い、表現するための学びに充てさせていただきます。