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結婚後の誤算

一緒に暮らして5年近くが経ったお正月、
二人で暮らす家に夫の家族が初めてやって来た。
当時はまだ籍は入れていなかった。

義理父、義理母、義理姉夫婦二組。
初対面の皆さまを愛想良く、出来る限りのおもてなしをした。

帰る際に夫に「いい子だね」と口々に言っていたそうだ。

そりゃそうだ。
最上級の気遣いをしたのだから。
私は人付き合いは苦手だったが、
ずっと接客業をしていたこともあり、
言ってみればお客様対応だと思えば苦はない。
私は自分の仕事を褒めてもらえたかのようで誇らしかった。

次に会ったのは翌年のお正月。
また例のメンバーが我が家にやって来た。

その時に近々入籍すると伝えた。

喜んでくれた。
この感じであれば義理家族付き合いも大丈夫だと思っていた。

入籍したら、お正月とお盆に会う程度。
そういったあまり継続的ではない、単発的な付き合いであれば、得意の接客精神でやっていけると思っていた。
現に、自分の実家にさえ年に一度帰るくらいなのだ。

しかし、その考えはあまりにも甘かったらしい。

義理家族が帰ったあと、義理姉と義理母からメールが届いた。

単純に祝福メールではあったけれど、
私はメールアドレスは教えていない。

すると夫が、

「教えてって言われたから教えといたよ。」

ちょっともやっとした。

夫は、私が人付き合いが苦手で友達も少ないということを知っていた。

めったに友達と遊びに行く事もないし、友達と電話でおしゃべりする事もないし、私がメールを打っているところもあまり見た事はないと思う。

なんなら、自分の親兄弟とさえほとんど連絡をとらないのだ。

そんな私が2回しか会った事のない人達、しかも義理家族と連絡を取り合うという事は、私にとって負担になるということを想像も出来ないのか。

おそらく、私の最上級の接客態度を見て、本心から義理家族と上手くやれそうだと勘違いしてしまったのだろう。

それでも、年に一、二度連絡を取り合うくらいなら大丈夫だろうと思う事にした。

けれど、そこから私の日々は変わっていった。

もともと夫一族は繋がりが強く、
頻繁に連絡を取り合い、頻繁に会っている人達だった。
それでも、独身だった夫は実家に帰るのは年末に一度くらいだった。
それを見ていたから私はこの程度なら大丈夫だと思ったのだ。

それがだ。
入籍を伝えたとたん、
私の携帯に義理母、姉からのメールが届くようになり、夫が教えた家の電話にもしょっちゅう電話がかかってくるようになった。

夫が仕事の日や、夫がとうてい帰宅していない時間帯にかけてくる。
つまり、私あてにかけてきているのだ。

たいてい、いや全て、電話をするほどの内容ではない。メールで1回やり取りすれば終わる話。
それどころか、私にしてみればやり取りする必要もない話ばかり。
つまり、ただ世間話がしたいだけなのだ。

当時私は週3~4の仕事をしていた。
転職し、接客業ではなく事務職だったのだが、
専門的知識も必要で、勉強をしながらの仕事。
かなり頭と神経を使う仕事で、
私は少し精神的に疲れていた。

帰宅後や休みの日は大事なリフレッシュタイム。
誰にも邪魔されずに犬とダラダラしながら、大好きなテレビを1日中見続ける。

夫は平日休み、私は土日休み。
一緒の休みは平日1~2日。
それ以外は私のひとり時間。

ひとり時間が必要なタイプの私にとって理想的だった。
たっぷりひとり時間があるからこそ、
リフレッシュができて、夫との時間を笑顔で過ごせる。

そのひとり時間が義理母、姉によって侵食されてきた。

私はリフレッシュ出来ないどころか、新たなストレスが溜まる事になる。

ある日曜日、珍しく外出した私が昼過ぎに家に戻ると、家の電話の留守電が光っていた。
義理姉の伝言が入っていた。

「またかけます。」

我が家の家の電話は簡易的なもので着信番号が表示されない。
けれど、基本的に誰にも教えていない番号なので、かかってくるとしてもイタズラや営業電話。
ほぼ鳴ることのない電話だったのだ。

帰宅してまもなく再度電話がなった。
私は出なかった。
急用ならメールしてくればいいのだ。

その後、一時間おきに電話がなった。
私は頭がおかしくなりそうだった。

なんなんだこの人たちは。
電話に出ず、折り返しも無いならそれが今出来る状態ではない、もしくは出来る気分ではないという事だってあるだろう。
なんでもう少し待てないんだ。

そういう想像が出来ないのだ。
だって自分達は電話が大好きだから。
おしゃべりが大好きだから。
人と繋がっているのが大好きだから。
みんながそうだと思っている。

誰だっておしゃべり好きでしょ?
ひとりでいるより、誰かと繋がっている方が楽しいでしょ?

そう信じて疑わないのだ。

何度目かの電話に意を決して出た。
やはりたいした用ではなかった。

そのうち、私の携帯に電話がかかってくるようになった。やはり、夫が教えたのだ。 

「家の電話にかけてもなかなか出ないから教えてって言われたから教えておいた」

本当になんなんだ…この人たちは…
もう、それしか言えない…

少しずつ、夫に対しても不満が溜まっていった。

義理実家や義理姉の家にもしょっちゅう行かなければならなかった。

お正月、お盆のほか、義理父、義理母の誕生日、迷惑な事に私や夫の誕生日までお祝いするからと呼ばれる。

多い時で毎月のように義理実家に行っていて、
ある時2ヶ月ぶりに行くと

「久しぶりね」

と言われた…。

少しずつ、私の接客精神はもたなくなっていった。
義理実家から帰る時の車の中では、私は疲れ果てて、しばらくひとりになりたかった。

夫はいつもと変わらず車の中で歌を歌ったり、お気に入りのCMのフレーズを何度も繰り返し言ったりして、私は余計イライラして黙っていた。

そんな私に夫は、

「なんでずっとだまってんの?なんでそんな機嫌悪いの?俺がなんかしたの?すっごい嫌なんだけど。」

と、私の気持ちを推し量る事もなく、ただただ、自分の前で明るく楽しく笑っていない私を責めるだけだった。

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