Lulu

蜘蛛の女の子はきれいなものがだいすきでした
桜の季節には
花弁の薄紅色が映えるような巣を張ったり
梅雨になると
雨の雫で宝石のカーテンを編んでみたりと
だれにも作品を壊されないように
だれの邪魔にもならないように
ひっそりと小さなしあわせに感動するのが趣味なのです


季節は夏
彼女にとって初めての季節です
大きな太陽と涼やかな風鈴の音、蝉の歌
それから、出会ってしまった運命を変える存在

世界が鮮やかに感じるのは
夏の日差しのせいだけではないような



数日前のことです
彼女の目の前を
それはそれは美しい蝶が通り過ぎていきました

(わぁ、なんてきれいなの)

その蝶は右の羽根が少し縮れていて
多少飛びにくそうではありましたが
そんなことはまるで気にする様子もなく
ひらりひらりと優雅に舞うのでした

その姿を見かけた日から
いつも決まった時間にやってくる蝶を
目で追うようになりました

空を飛ぶってどんな感じ?
花の蜜ってどんな味?

いつか聞いてみたいなと思いつつも
水たまりに映る自分の姿を見ては
ため息をこぼして
チャンスが訪れても木の葉の陰に隠れてしまうのでした

(わたしもあれくらいきれいだったらよかったのに…)



今日もまた同じ時間に
花の蜜を探してあの蝶がやってきました
蜘蛛の女の子はいつものようにその姿を見つめていました
最近はおしゃべり好きなミツバチと
よく会話をしているようです
花々はあまりミツバチをよく思ってはいませんでしたが
仕方なく会話を聞いているのでした

「そういえば君、とてもきれいな羽根なのに
随分ふらふらと飛んでいるね」
ミツバチが言いました
「右の羽根が不自由なんだ、ほらね」
そういって蝶は縮れた羽根をそっと動かします
「それならなおさら、
この辺に来るときは気を付けたほうがいいね
蜘蛛の巣が沢山あるんだ」

蜘蛛の女の子はドキリとしました
その会話は彼女にしっかりと聞こえていました

「蜘蛛?」
「知らないの?
ぼくらは人の目を楽しませたり、蜜を集めたりするけれど
蜘蛛は透明な巣を張って
獲物をひっかけて食べてしまうだけの怖くて醜い虫だよ」

彼女にとってそれは
消えてしまいたくなるような言葉でした
もう二度と
蝶はこの場所に現れなくなってしまうだろうと思うと
悲しくてたまりません
花々は蜘蛛の女の子を心配そうに見つめていました



しかし、それでも蝶は毎日
同じ時間に花の蜜を吸いにやってきました
時々こちらに飛んでくると
蜘蛛の女の子は息をひそめて
去っていくまでこっそりと木の葉の影に隠れていました
間近で見るその姿も、縮れた羽根すら完璧なようで
ただうっとりと見惚れてしまうのでした

わたしもあんなふうに、と思った瞬間
ふとひらめいた様子で
彼女は身近な素材をかき集め、編み物を始めました
繊細で小さな作品をひとつ完成させたかと思えば
また新しいものを編み始めるというのを
何度も繰り返します
出来たパーツを巣に飾っては
あれが必要、これが足りない、と
せっせと手を動かします
眠るのも
食べるのも忘れて

夏の日差しはますます強くなるばかり



数日後
「あれ、また来たのかい」
花々の影に隠れるようにして
遠くを静かに眺める蝶に、ミツバチが話しかけました
「ここは危険だって言ったのに」
「でも、ここはとてもきれいなものが見られるから」
「きれいなもの?この花よりも?」
「毎日違う景色に見えるんだよ」
「ふうん、変わり者だな君は」
呆れた様子のミツバチの言葉は
ぼんやりどこかを見つめる蝶には届いていないようでした

その日も蜘蛛の女の子は集中して
小さな作品を作り続けます
花々は時々自分の花びらを一枚彼女に差し出して
作品作りを手伝いました
彼女はうれしそうにそれを飾り付けるのでした



その夜、
町の明かりはいつもより早く消え
人々は足早に家路につきました
なんでも「流星群」が見られるのだそうです
蜘蛛の女の子も夜更かしをして
ずっと晴れた夜空を見上げていました
すると、金色の光が空を駆けていきました
次から次へと、ヒュンッと音を立てて
線を引いては消えていきました
胸がいっぱいになるほどの美しさに
あの光をこの巣に飾っておければいいのにと思いました

それから、流れ星に三回願い事!

「どうか願いを叶えてください」

その夜一番の光を携えて
星が流れていきました



次の日の朝
その場所には人だかりができ
子供から大人まで口々にきれいねぇと言って
一日中、人が途切れることはありませんでした

いつもと違う様子に気付いたミツバチも、
ほう、とため息をもらして感心しています
「どうしたの?」
あの蝶がたずねました
「見てごらんよ、すごいだろう」
ミツバチの視線の先は
いつも蝶が見つめていた場所でした

そこには蜘蛛の巣をキャンバスに
左右非対称の蝶の羽根が
七色の糸で編まれていました
花と、雨の滴と、糸の刺繍
巣の一番端にはluluという文字
真ん中には疲れて眠る蜘蛛の女の子
まるで本物の蝶のよう

蝶はうれしそうに微笑んで
巣に近付いていきました
「だめだ、あれも罠かもしれない
近付いたら食べられてしまう」
ミツバチが慌てて蝶を引き止めましたが
蝶はふわふわと飛んでいき
いろんな角度から一枚の作品を見つめました

「ありがとう、とても素敵
また明日も来るからね」
眠る蜘蛛の女の子は
蝶の夢を見ていました



次の日
蝶がいつもの場所にやってくると
巣の主は留守にしているようでした
次の日も、そのまた次の日も
そこに蜘蛛の女の子の姿はありませんでした
少しずつあの美しい巣の形も崩れていきましたが
それでも毎日、蝶は同じ場所にやってきました
一度、蜘蛛の女の子と話をしてみたかったのです

それから一週間が経過しても
その場所に蜘蛛の巣が張ることはありませんでした

毎日のようにやってくる蝶を見かねて
近くの花が口を開きました
「あの子はもうここにはいないの
あのね、内緒のつもりでいたんだけど…」



「あの子、
あの流星群を見た日から
毎日花の蜜ばかり吸って
蝶になろうとしていたのよ」





おしまい


#物語 #童話 #lulu #text #創作

#私の作品紹介

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?