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未来に生きていくための知識と教養/服飾大学で学び社会で働くこと #自分にとって大切なこと

大学生を取り巻く社会状況・家庭状況の変化

私は杉野服飾大学というファッションを専門とする大学で教員として勤務している。私自身もアパレルメーカー勤務経験があり、大学院に進学後に非常勤講師を10年経験。その後専任教員として7年目になろうとしている。専任教員になって数年後、新設さればかりのコース主任となった。最初に新しいコースを選んでくれた学生はわずか10人だった。既存のステレオタイプのところには行きたくない、新しいことを試してみたいという、個性の強い学生ばかりで、少々苦労した。最初のコンセプトがうまく若い世代にフィットしなかったり、不足する科目があったりと、進めながら修正の連続だった。最初の1期生には申し訳ないことをしたと思うことばかりだ。

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非常勤講師時代は一つの科目を教えるだけだったが、専任教員となると、学業として最後の卒業論文をまとめて就職をさせるところまでが私の任務になるが、学生たちの心のケアも必要となってくる。必然的に彼らと密接に繋がり会話を重ねることになってきて、強く感じるのは私が大学生時代とは明らかに社会状況が違い、彼らの家庭環境の状況も違うということなのだ。つまり、多くの学生が奨学金をもらって学費を払い、生活のためにもバイトは多く入れる。シフトは1ヵ月前に決めるため、何か授業以外の行事を急に決めても日程調整が難しい。また、日本の家庭の離婚率はここ数年低下しているとはいえ、割合としてはいまだ高い比率である。その影響が子ども達にも及ぼしていると感じている。(注:厚生労働省「人口動態統計調査」令和2年度)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/s2020/dl/202004.pdf

教員の経験の中で、学生の家庭が経済的に苦しい、複雑な家庭、母子家庭などのことで、学生から相談されるというケースを専任教員になって初めて知った。親が再婚すると、義理の親が保護者になることもある。新しい家庭で仲良く円滑にいっているケースもあるし、一方で家庭でのコミュニケーションがうまくいかない事もある。数年前のことだが、ある男子学生は、別れて音信不通だった実の母親と、成人して会うことを許されたそうで、「先生!ついにお母さんに会えたんです!」と嬉しそうに語ってくれた。母親からプレゼントでもらった高級ブランドサングラスをかけてみせてくれた姿を見て、私は思わず涙を流してしまった。そういう個人的な事情を友達にはあえて言わないこともあり、大人である私と何回も話しを重ねてきた中で、少しずつ把握ができてきた。さらに、昨今の大学生のメンタル面の不調の増加はどこの大学でも見られ、それは日本の経済が20年前とは違うこと、家庭環境が時代とともに変わってきている要因も関係しているのではないかと私は推測している。こういう子どもたちが未来に強く生きていくために必要なのは、経済力の確立は絶対である。自分の力で働けるスキル、生命力を養うこと、それをサポートしてあげるのが、我々大学教員だとも思っている。

コロナ禍においてファッション業界に就職すること/複数の感性教育

話しを戻すと、本学では高校生の時からファッション業界で働きたい、その関連に就職したいという希望を持って入学してくる学生がほとんどである。専門性をもって卒業をして就職をするという明確な目的があるため、「アセスメントポリシー」には、最終的にどのような職業を目標にするかという事まで書いてあり、その夢を叶えてあげるような教育を目指している。しかし、このコロナの感染拡大ということで、事情は大きく変わってしまった。前年までは専門性のある就職率が非常に高かったが、アパレルを初めとしたファッション業界自体が厳しい、それ以外の業界でさえも新卒採用の減少という事態が、大学生を直撃してしまった。採用方法もオンライン面接が主流となり、前年までの常識が通用しないなど大きく変わった。その対応もサポートしてあげる必要があったが、何よりメンタル面で彼らの不安が大きいことも実感している。前述のように、彼らの取り巻く家庭の環境はもともと不安定であるのに加えて、コロナ禍の影響で経済的に急激に低下することもある。筆者個人としては、このような社会変化の中で、だからこそ、何としても彼らの卒業後の生活の保障をしてあげないといけないと責任を感じている。多額の奨学金の返済は卒業した年の秋から開始されるため、安定した就職は必須なのである。

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今年の就職状況を経験して感じたことは、採用で決定するためには、学生のコミュニケーション能力が非常に高いことや特別なスキルがあることが大前提であり、オールドノーマルな常識や方法は通用しないということだった。具体的にいえば、アパレル業界の店舗は明らかに減少している。それはコロナの影響だけでなく、大量生産・大量消費の終焉の結果であり、ニューノーマルな社会において、ファッションの役割が変わってきたことは明らかである。結果として販売員の採用は減少している。また、ライフスタイルが変わっていく中で、ファッションを購買するということが根本的に変わってきている。リモートワークの定着や、デジタル化した社会の中で、スーツ需要は減っているし、ECで購買をすることに抵抗がなくなってきている。そうした中で、店舗の販売員によるSNSやでのライブコマースも多くみられた。これは今後も続いていくと私は推測している。そのことは、販売員のインフルエンサーとしての役割として、別途書いている。つまり、今後のファッション専門教育はそうしたことも含めて教えていく必要があるといえる。自分自らがSNS発信できるような、デジタルスキル度は必須であり、専門性は一つだけでなく、写真の撮り方から始まって、デジタル度も加えて複数の「感性」を養うことが必要となってくる。このことを、学生たちには強くメッセージとして伝えている。

服飾学生に伝えていくこと

大学教育は今後はさらに変化していくと考えている。今までのように大学卒業資格だけでは社会で通用しない。また、大学側も研究者としての方向性と、実学教育とは分けていく必要があり、企業側もジョブ型採用に変わるのであれば、さらにそれは加速化していくであろう。その事はすでに2015年の段階で、富山和彦氏によって文部科学省に意見されており、実際、大学は機能別グループ分けの方向性にある。

こうした方向性を鑑みて、筆者自身は自分のコース内では、社会で活躍する実務家による講義を数多く取り入れている。ECやSNSを外から見て評論をいくらしたとことで、彼らのスキルにはならない。従って、私は自分に手で実践する授業方式にしており、ネットで実際に販売してみる、ネットにブログを書いてみる、Instagramで投稿をしてみる、などを体験させている。なぜネット上で反応がないのか、逆に反応が良かったのかを自分で分析すること、そうした結果をフィードバックして考えることが、スキルになっていくのではないだろうか。また、私は2年から専門性のあるバイトやインターンを可能な限り入るように推奨している。「企業」や「社会の仕組み」は教科書には書いていないのだ。それは体験しないとわからないものであり、失敗や経験から、自分の方向性は決めるべきだと考えている。今年度の傾向として、企業側がバイトやインターン生からの採用が多かった。面接をしただけよりもミスマッチは少なく、少ない採用枠の中でリスクが低いのは明らかでである。そのことも学生には強いメッセージとして伝えている。

下記は、2020年1月の日経新聞社による記事であるが、「服飾学生の意見」という内容で取材していただいた。学生はまだ当時2年生3年生であったが、AIを活用した未来のアパレル業界の方向性まで考えた発言をしてくれた。コロナ前の話しであるにも関わらず、すでにデジタルスキルの必要性を理解をしていたことが、教員としては大変嬉しかった。

最後になるが、「自分にとって大切なこと」は、若者たちが未来で活躍できるように育てること、それが私の天から与えられた使命であり、天職だとも思っている。私たち世代はオールドノーマルで育ってきたため、未来のニューノーマルの社会を作っていくのは一部の人かもしれない。しかし、若者たちには、この先何十年も生きていく中で明るい未来への希望を忘れてほしくない。大学で教える知識と教養が彼らの生きていく原動力になってほしい。間違っても、経済の低迷が原因で、自ら命を絶つような若者が出てこないようにすること、彼らを社会に力強く送りだしてあげること、それが私にとって大切なことだと強く思っている。数日後に、今年の卒業式を迎える学生にも、そうした希望を送る言葉として伝えてあげたい。



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