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見えないヒーロー

その功績が顕彰されない影の功労者。歌われざる英雄。(unsung hero)
アンサング・ヒーロー。
それはつまり、評価されることも褒められることもなく、人知れず社会の災厄を取り除く人ということです。
「世界は贈与でできている」より)

先日、歩いて職場へ向かっていた時のこと。横断歩道の真ん中で、作業をしている人たちが見えた。クレーンのようなものに乗り、上へ。2人がかりで何かを持っている。持っていたのは「信号」だ。信号機につけられている、青黄赤の信号の部分が取り外されたもの。どうやら古い信号と新しい信号を取り換える作業らしい。

”信号って取り換えるのか”

そんなことを思った私は、いかに想像力なく暮らしているかに気がついた。信号も電気で動いてる。当然寿命もある。調べてみると、白熱電球の場合は半年~1年で、LED電球の場合は7年~10年程度の寿命らしい。取り換える場面にはめったに立ち会えない、とその記事には書いてあった。

時間の関係で最後まで作業を見ることはできなかったが、そばにいる数名で連携を図りながら、古い信号と新しい信号を取り換えるタイミングを見計らっていた。恐らく、赤信号になったタイミングで素早く交換するのだろう。

考えてみたら、信号が切れたら大ごとだ。ちょっとした横断歩道でも、信号がなかったら大パニックが起きる。至るところで事故が起き、車も自転車も歩行者も、安全に移動することは不可能になるだろう。

人知れず社会の災厄を取り除く人

信号を取り換える人は、まさにアンサング・ヒーローだ。取り換える姿を見かけなかったら、その人たちの功績には気がつかない。信号が正常に作動してることがあたり前すぎて、その裏でヒーローが活躍しているなんて考えもしない。

信号が切れてしまったらヒーローのありがたみに気づくのだろうか。いや、たぶん私たちが感じるのは、ありがたみより怒りなのだろう。「切れる前に変えておいてよ」、そう思って、正常に作動することがあたり前だと、その裏を支える人たちの存在には、一向に気がつかない。

こういうことはきっと、日常の中の至るところにある。街中にゴミがあふれていないのは、ゴミを回収してくれる人がいるからだし、ショッピングモールできれいなトイレが使えるのは、掃除をしてくれる人がいるからだし、スーパーで食品が買えるのは、それを作ってくれる人がいるからだ。

ちょっと想像すると出てくる。でも「想像してみよう」と思わないと出てこない。

だからアンサング・ヒーローは、想像力を持つ人にしか見えません。

ありきたりだけど、想像できる人でありたい。

想像できると、自分が一人だけで生きているわけではないことを心から実感できる。顔も知らない誰かの、見えにくい働きの上で、生きているつもりになっているだけで、実は生かされているのだと。

生かされていると心から感じられたら、今度は心から誰かの「生きる」を支えることができるのだろう。生かし、生かされ、無数のアンサング・ヒーローが存在する世界は、きっと優しい世界に違いない。




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