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涙する息子に捧げるあんずきばっと

なぜだか今、あんずきばっとが食べたい。

たぶん、息子が泣いているからだ。

悲しくなった後で、悲しいと感じた自分の心の動きに戸惑い、不安になっている。そんな彼に、ホッと温まる甘いものを食べさせてやりたい。

あんずきばっと。

口に出してみると、なかなか愉快な言葉だ。外国のおまじないみたいな気もするし、競走馬の名前みたいな気もする。

あんずきばっとは岩手の郷土料理だ。「あんずき」は小豆、「ばっと」ははっとう。粒あんのおしるこ(関西ならぜんざいと言いますね)の餅の代わりにうどんが入っているところを想像すれば、それが「あんずきばっと」。岩手県民でも、私ぐらいの年齢だと、知らないし食べたことがないという人の方が多いかもしれない。

結婚してからも、しばらく子どもができなかった。遅くに帰る夫を待って、ひとり寒いアパートで過ごしていると、夕方にはいったん小腹が空いてくる。そんな時、袋の茹で麺と缶詰のあんこで、あんずきばっとを作って食べた。

甘くて、柔らかくコシのないうどん。甘さと温かさにホッとしてから、ハッとする。うどんを甘いあんこに入れて食べるなんて、伝統をさらに飛び越えて斬新だ。

息子は、涙の理由が自分でとらえられないらしく、いつもは饒舌な彼も今日はおいおいと泣くばかり。小さな頃と違い抱きしめることもできない。

背中をさすってやりながら、その自分の気持ちの揺らぎを超えてゆけと見守る。思春期の入り口にいる彼は、これから色々な場面で心の浮き沈みに翻弄されるに違いない。

でもここは、あんこにうどんが入ってもいい世界。

どんな君だって、歩いていけるよ。

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